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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
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03.幽霊船を考察する〔2〕

 ある夜、日付が変わる頃。

 苅野市でも北のほう、田園と山あいの地域。

 原付で家路へ向かう四〇代のサラリーマンは、芽衣川堤防横のカエルの合唱の中に人の声を聞いた気がした。


 ―――えいや、えいやあ。


 言葉自体は威勢のいい掛け声だった。しかしその声音は、絶望の叫び。


 ―――えいや、えいやあ。


 声は耳元で木霊した。遠いようで近い。カエルの歌は何処へ消えたのか。

 そのサラリーマンは声を振り払おうと、スピードを上げ、顔を上げた。そのとき……芽衣川堤防の上に、白いものが見えた。

 白い布。

 中央に棒のようなものが見えた。

 マストだ。

 あれは、船?

 刹那のことだった。暗澹たる静寂。

 そして、彼の耳には聞きなれたカエルの合唱が戻った。




「それって、呑みすぎで見た妄想やないの」


 素直に認めるのもアホな気がするので、批判的態度をとってみる。


「確かに、暑くて死にそうなときはセミしぐれも壊れたテレビの音に変わるけどね」

「ほかには」

「新苅野駅からウッディプラザに上がる道で、芽衣川と交わるやん。あのへんで」


 新苅野駅は田園の中にある。ウッディプラザは、せりちゃんたちと行ったイタリアンカフェのお店がある、ニュータウンのショッピングモール。芽衣川を渡って登り坂を1キロ。

 確かに新苅野駅周辺は田舎だ。しかし、ウッディプラザ周辺のニュータウン住民が大阪に通うには、この駅を利用することが多い。結果、市街の中心にある苅野駅と朝の乗降客は変わらない。おそろしくベッドタウン的な駅だった。

 そういう背景があるから、


「目撃談、多いんちゃう」

 と期待するのだが、

「そうでもない。時間帯が終バス後になるから」

 甘かったか。

「けどさすがに複数の証言がある。一番面白い話をすると」




 今度は二〇代の看護婦さんの話。

 新苅野駅・ウッディプラザ間には苅野市民病院がある。彼女はそこの看護婦だそうだ。

 彼女は病院から駅に向かっていた。終電は深夜一時半。急いでいた。


 ―――どおおん。


 芽衣川に近づくにつれ、打ち上げ花火のような音がした。

(こんな夜中に花火大会? 花火職人でもいるのかな)

 と、そんなことを考えながら坂を下る。

 芽衣川を渡る歩道を早足で進むと、川の上流がわが何やら霞がかっている。

 注意を払う。霞は白く、霧でもなく、光が見える。

(火が)

 本格的に花火か。


 ―――うちかた、ようい。


 声が聞こえた。

 ささやくようで、叫ぶよう。相反する表現だが、そうとしか言いようがない。


 ―――うちゃれい!


 どおおん、と破裂音。身体を駆け抜ける重い衝撃。

 彼女はそのとき見た。

 巨大な物体が川面に浮かぶ。

 光を放つ朱い楼閣。楼閣の下部側面から突き出た無数の棒……。なんてどハデな船だ、と彼女は思った。

 そして次の瞬間、その威容は消えていた。




「久瀬くんちょい待ち」


 私は疑問を投げかけた。


「なんでしょう」

「光っててなんで船が朱色て分かるん」

「ツッコミ入れなさんな。世の中には説明できんことがあるのだよ」

「それ言われると」


 私は首をひねる。


「納得できへんか」久瀬くんは苦笑しながら続けた、「原理を科学的には説明できへんけど、それを超越した論理ってもんはある」

「藤生氏が風を呼べるのは、魔法が使えるから、みたいな」

「幽霊だから朱色の船と判別できた、みたいな」


 上手いこと言いくるめられた気がする。

 それにつけても、朱色の楼閣。

 なんだかにぎやかだ。

 ボートや漁船を想像してはいけないだろう。『巨大な物体』というくらいだから。神戸港に泊まってるタンカーは黒と朱色だ。でも客船のルミナス号は白っぽい。

 そういえば、せりちゃんがこの前言っていた。


「木造に鉄板」

「木造?」


 すかさず久瀬くんは聞き直す。


「このまえせりちゃんが言うててん」


 木造に鉄板張ったみたいなヘンな船。

 確か、そう話していたはず。


「……昔」

「むかしあるところに」

「船はよう分からん」


 だから図書館で調べよう。

 久瀬くんは私のボケを無視して、静かに空のカップを置いた。

 私は、残るチーズケーキを急いで食べる。


「んなハムスターみたいにほおばらんでも。図書館はまだ閉まらへんて」


 怒るぞ。

 私がにらもうと顔を上げたら、久瀬くんはニコリと笑った。

 彼はサギ師かホストになったら大もうけじゃないんだろうか。そんなことを、ふと思った。

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