Interlude 02.
石畳の街並に調和する土色の、切妻壁のホテル。
柔らかい照明は、温かさに慣れない少女に不安を覚えさせた。
さらには、藤生氏の格好はいつものTシャツにワークズボン。少女の格好も隅っこがほつれ古くなって白さを失ったワンピース、そして小汚い茶色のリュック。アットホームさを演出するエクゼクティブ・ホテルのゲストとしては、彼らの格好は不釣合いのようだ。
白と黄色の花で彩られた入り口から細長く伸びているフロント・デスク。
藤生氏がなにかを待っているすぐ横で、観光客とおぼしき日本人老夫婦がもめている。日本語スタッフがちょうど出払っていて、老夫婦も若いスタッフも、意思が通じず困っている。
「クレジットカード番号をもう一度確認させてほしいそうですよ」
藤生氏は木の香るフロントにもたれかかりながら、そうアドバイスした。
老夫婦ともども藤生氏に向き直る。そして藤生氏に質問する。
「はじめにカード番号は教えたんだがね」
当然の疑問だろう。
藤生氏は素早くスタッフを問いただす。的確を期してとのやりとりは現地の言語を使う。
「番号がクレジットカード会社で拒否されたそうです。間違ってうかがった可能性があるので確認させてほしいと」
ようやく婦人は納得した。
"Herr.FUJI-O."
年かさの禿げたスタッフがジュラルミンのボックスをかかえてやってきた。
少女は興味深そうにボックスを覗き込む。
……ブロンズの十字架と赤く小さな冊子。
たったそれだけだった。十字架は精巧な細工が施されていたが、金目のものには見えない。
少女はつまらなそうにボックスから目をそらし、口笛を吹いた。
「以上です」
「ども、ありがと」
「小さなハイキングはいかがでしたか?」
「よかったよ。また、おすすめよろしく」
短く答えて、藤生氏はエレベータホールに向かう。
フロント向かいの植栽を弄って遊んでいた少女は、あわてて藤生氏を追っかけた。
「君! 助かったよ」
背後から、かの老夫が声をかけてきた。
「どういたしまして。何階ですか」
婦人の答えたとおり、藤生氏は『4』を押す。
少女は自分の降りるべき場所を確かめた『5』……最上階らしい。
「新婚旅行かな」
「はあ」
と、かなり適当に返答する藤生氏。
若いねぇ、国際結婚かね、と老婦人が盛り上がる。
間もなく、エレベータがかくんと振動し止まった。おたがいにお辞儀を交わすと、老夫婦はエレベータを降りていった。彼らを見送りドアがゆっくり閉まるのを待ちながら、藤生氏は軽く、ため息をつく。
「カイ、あの人たちはなにを言ってたの?」
藤生氏は答えなかった。
そのかわり、俺も大人になったなぁ。と、うかつにも現地語でぼそぼそつぶやく。少女は大笑いした。