02.無罪証明〔2〕
「タチバナ・モトイって、だれよ」
私は戻ってきたせりちゃんに、誠心誠意、弁明をしなければならなかった。
そんな奴は知らん。
聞いたこともない。
私は確かに鹿嶋くんと久瀬くんとは友達だ。だがこの前の花火大会での再会も卒業式以来。その花火大会に『タチバナ・モトイ』なる者は存在していなかった。
こういう仮定は考えられないか。
鹿嶋くんと久瀬くんが私のことをネタにしていたとしよう。
同じバンド仲間というのなら、そのタチバナ・モトイとやらが名を知っていても不思議ではない。ネタを聞いているうちに、空想がふくらんで、そんで。
やだ。
絶対やだ。
ストーカーと紙一重としか思えん。美少年だかなんだか知らんけど、痛すぎる、カンベンしてくれってのが偽らざる本心。さりとて口にもらすとまたひと波乱。自重だ。
「本当に知らへんの」
と再度、せりちゃんは確認した。
私は知らないと答えた。だが神の名において証言したところで、客観性には欠けている。無罪の証明にはならないわけだ。
「そんなら、直接あたろっか」
「え?」
かのんはキョトンとした顔で次の言葉を待つ。
が、聡明なるせりちゃんは意図に気づいたようだ。
「待って、はるこ!」
「まずはそいつの愉快な仲間を呼ぼう」
そして本人を直接問いただせばいい。
私は携帯電話の画面に鹿嶋くんの番号を表示させた。
あわてるせりちゃんとかのんは無視。けむにまくには猛烈なスピードで走るが肝要だ。
「鹿嶋くん? 天宮っす。取り込み中やないよね」
私はまず『タチバナ・モトイ』なる人物の存在を確かめた。
鹿嶋くんはバンドのメンバーで、同じ高校二年の先輩だと答えた。
ということは、せりちゃんは鹿嶋久瀬と同じ学校だから。同じ学校の先輩というわけね。
「なんでその人、私のこと知ってるわけ?」
『そりゃネタにしとおから』
「ネタって、天宮をどうネタにするわけ?」
それは久瀬に苦情を言ってくれ、と鹿嶋くんは逃げた。
仮定は間違ってはいなかった。
知らないところで自分がネタにされている。それが原因と断ずるのは少々気が早いが、せりちゃんやかのんにいわれなき譴責を受けている遠因にはなるだろう。
怒りのボルテージが上がる。上がるにつれ、強気になる。
「そんなら不問に付したげよう。せやから、君ら三人と私らが会う算段つけて」
私は有無を言わせぬ勢いで、鹿嶋くんに要求を突きつけた。
『算段? 俺があ?』
「そう」
『……分かった。ちょっと待って』
素直に鹿嶋くんはひき受けた。
ちょっとはゴネるかと思ったけど。やっぱり鹿嶋くんは断然、人がよすぎ。
見た目は久瀬くんの方が温厚でやさしそうに見える。だから、鹿嶋くんはあらゆる局面で『心の友』よりいく分か損をしているのではなかろうか。
そんなことを考えながら、次の言葉を待った。
『幽霊って大丈夫?』
唐突に鹿嶋くんは言った。
脈略のない話。反応に苦しんだ。
『最近目撃談があんねん。幽霊船の。知らへん?』
「幽霊船?」
「それ、私も知っとおよ」
かたわらで声をあげたのはかのんだった。
せりちゃんも急に小声になって続けた。
「幽霊船って、あの芽衣川の幽霊船の話? 木造に鉄板張ったみたいなヘンな船が浮かんでるっていう……」
「有名なん?」
ふたりともうなずいた。
それなりにウワサにはなってるらしい。私、情報に疎いな。
携帯電話に再び意識を戻す。
「私以外は知っとおみたい」
『せやったら話は早い。久瀬とタチバナさんが興味あって、見に行く言うねん。天宮さんらもよけりゃ』
同じ話をかのんとせりちゃんにも話した。異口同音、賛成した。
『でねでね? 天宮さん。お願いがあるんやけど』と鹿嶋くんは一息つく、『武崎さん……な。彼女も、誘ってくれへん?』
私は一瞬、ためらった。
鹿嶋くんだって、なつきと久瀬の挙動は知っているはずだ。
だが鹿嶋くんは、あえて呼びたいと言った。
私がタチバナ・モトイなる者を確認したいのと同様、鹿嶋くんもあの両者の関係性をはっきりさせたい、そう思ったのだろうか。
「善処します」
私はどうやってなつきを口説くか、脳みそを働かせはじめていた。