01.再会のとき〔3〕
日時は過ぎて、次の週の木曜。
土曜深夜からの帰省に備え、夜八時ころから荷物を詰めだしたのはいいんだが、
「ジュース忘れたよ! お菓子もないよ!」
ということらしかった。
渋滞に遭遇したときの対策物、事前調達が上策なのである。
私がその晩、近所のコンビニに向かった理由はそういうことである。どうでもいいことだけど。
そのコンビニはぽつねんと古い住宅にまぎれている。店の明るさと原色に光る看板は周囲とは異世界という事実を主張していて、その存在を浮かび上がらせていた。
そういう店舗事情で、若者がたむろしているということはあまりない。静かに確実に、お客さんは物を買って帰る。
私が店に入ったときは、唯一のお客が出て行ったところだった。
二リットルのお茶。
野菜ジュース。
ポテト、チョコ。
おつまみに、胡桃と胡麻のお菓子。
昔は、こういう買い物も楽しかったんだよね。
小学校の遠足のおやつ。だれかが鑑定するわけでもないのに、限られた予算におさめようと努力したっけ。
いつの日からかお菓子を買うことなど日常でしかなくなり、新鮮さ、楽しさを覚えることはなくなった。制約のもとに限られた楽しみではなくなった、その代償として、大きな喜びは失われたのかもしれない。
なぜかこんな一節を思い出す。
かくして主
人を楽園より追い給い
再び過ち無き様
エデンの東の園に智天使と
自ずと旋転る焔の剣を置き
生命樹への途上を守り給う
(『創世記』第三章二四節)
アダムとイヴって、知恵の実をかじったことでエデンの園を追われ、だけど世界は広がったんだよね。それはいいことなのか、悪いことなのか。
そんなことを漠然と考えながら、私は無気力、無言でレジにお菓子の類を置く。
「いらっしゃいませ」
私は反射的に顔を上げた。
なんてカッコイイおにいさんだろう。
まずそう思い、次に『うぅ』と小さくうなってしまった。
そして完全に思い出した。
「サナリさん!?」
思いがけなく大声になってしまい、あわてて周囲を見渡した。
よく考えれば他にお客はいない。
「おひさしぶりです」
間違いなかった。
ハーフのように目鼻立ちに陰影があって細く、背もスラリと高く、心地よいテノールの声。なのにキザっぽくもなく、鑑賞していて和んでしまう。
そんなおトクな美青年、サナリさんだ。
「な、なんで?」
「ここでバイトしてるかですか?」
「そう。そうです」
「ごはん食べてくためですが」
『ごはん食べる』って言葉が全く似合ってない。
ビジュアルの美しさがゆえに、生活臭がしないのだ。この魔物さん。
「ずっと苅野で?」
「いえ。今春まで東アジアを転々としてましたよ。例のMagiFarmの修復交渉で。苅野にはつい最近戻ってきたばかりです」
二年も前のことだが、すっかり思い出される。
サナリさんが独断で<MagiFarm>という、魔物用のエサ場の結界を壊したこと。藤生氏の守役らしき立場を利用して、記憶をうまいこと操作し、自分の都合のいい魔物の上主さまとやらにしようとしたこと。
それがすっかりばれたため、藤生氏はサナリさんにMagiFarm修復を命令した。それがこの春までかかっていた、という話だった。
「戻ってきた?」
この表現も気になる。
「勘違いしないでください。戻ってきたのは私だけです」
「そうですか」
少し落胆する。
ひさしぶりに藤生氏の姿を見られるかと思ったんだが。
「でもなんでまた苅野に。私とか、久瀬くんとか、顔見たら腹たちません?」
少しも感情に変化は見られない、というのはさっきまでの会話で判断がついた。
でもそれが不思議でならない。
二年前、サナリさんの計画を邪魔した張本人は私たちだ。サナリさんが私を恨めしく思っても不思議じゃない。
「あれは私が負けたってだけで」
「でも」
サナリさんはとくに何の感慨もない様子で続けた。
「なんにしろ、苅野に住むことになったのも、上主様のご判断がすべてです」
意外と忠誠心あふれる魔物さんだったんだ。
と、私は認識を新たにした。
確かに彼は当時言っていた。配下の数の拡張が必要だったから、やったのだ、と。藤生氏のために動いていたというのも本当かもしれない。もっとも、自分に利益があればもっといい、とは思ったに違いないけど。
「藤生氏、最近どう」
「私の知るかぎりではご多忙極まれりといったご様子でした。片腕が、頭脳はあっても行動力のまるでない<右目>のみですから」
具体的なことはわからないが、やはり忙しいというのは確からしい。
じゃあ……あの港町はなんなんだ。
「サナリさんみたいに東アジア、ヨーロッパとか、行くこともあるんですか?」
「ありますよ。世界中にMagiFarmは点在していますから」
それではあの『亜麻色の髪の乙女』?
……などとはちょっと聞けない。
「他にもなにか聞きたそうな顔ですけど、今は私もあなた方と同様、ただの人間なんですよ。だからこの春以降の情報は持っていませんし、魔法とやらも使えませんし。それでも生活していかねばならないので、バイトというわけです」
彼はいわゆる謹慎という罰をくらっているらしい。
魔物とやらもタイヘンだ。
心底、私は同情した。
「お疲れ様です」
「どういたしまして。一三一二円です」
いつの間にかお菓子の類はレジ袋におさめられていた。
「なんかサナリさんと小銭って似合わへんね。もっと大金扱ってそうなカンジ」
「そうですか?」
とサナリさんは微笑で答えてくれた。そしてもう一度、
「一三一二円です」
と、お勘定の請求をくり返した。