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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
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01.再会のとき〔1〕

 花火は日本の夏の代名詞。

 今年も、苅野駅前商店街主催の夏祭りは二千五百発の花火が予定されている。

 去年もおととしも私、天宮はるこは出かけられず、自宅マンションからの鑑賞となった。理由は恥ずかしながら……ハライタである。

 よって苅野に住むこと三年目にして、初の夏祭り花火体験となる。

 今年はカキ氷もエアコンも規制した。それだけ私の期待は大きかった。

 しかし当日、


「ゴメン行けなくなった」


 友・渡辺かのんからのメールにはそうあった。

 ウソだ。百ポンド賭けていい。

 でも波風を立てるつもりはない。一言、返事をかえした。


「ガンバレ」


 ……彼とね。

 微妙な皮肉か、素直な友情か。

 はたまた、彼氏なし歴十数年の醜いジェラシーゆえか。

 つまらん。こんなことに拘泥するでない、と自分を叱咤した。

 三人連れが二人になっただけやん、と。


「かのん無理やって」


 私は部屋で高校野球を眺めながら、その手でさらにケイタイをいじる。

 もう一方の連れ、なつきはまさか、キャンセルだなんて言わへんやんね。

 半時間後。

 テーブル上のケイタイがぷるぷる動いた。


「直接はるの家行って良い?」


 私は液晶をしばし眺めてから、ほっと一息ついた。



  *   *   *



「なつきっ」


 私が大きく手を振ると、なつきも大きく振り返してくれた。

 なつきは、私の住むマンションに自転車を停めに来ていた。

 というのもなつきは北の山を越えたところにあるニュータウン地域の住人で、家は市街地から電車で三駅と離れている。出身中学は当然、違う。うちはというと旧市街地の一部、むかし苅野のお城があった『城山』という町の高層マンション。私の部屋から十分観賞できるくらい、花火を打ち上げる芽衣川河川敷は至近にある。


「実は初・苅野祭りデビューやねん。すごい楽しみで」

「私も十年住んでて、あんまり行ってへんから、めっちゃ期待してる!」


 去年は宝塚の花火行っててん、となつきはおしゃべりをはじめた。歌劇の宙組公演のあと、宝塚阪急で買ったお菓子をもって武庫川沿いに陣取ったとかなんとか。

 そういえば神戸に住んでたんよね、あっちの花火は?

 そう聞かれて思い出す。一回だけハーバーランドに行ったけど、トンでも大混雑に親とはぐれて、花隈(はなくま)駅に向かったら、迎えに来ていたおかあさんのほうが半泣きでオロオロしてたとか。小学校のとき住んでた仙台では毎年恒例、でかい水筒にアイスティー入れて、あまんざのエクレアほおばりながら、がんばって仲の瀬橋に陣取ってみたり……なつきには地名言ってもわからない、メインはお菓子の話になった。

 教室の延長のような、とりとめのない話。

 花火への期待を述べたコメントが、いつの間にかスイーツ情報になっていた。

 なつき。

 フルネームは武崎なつき。高校に入ってからの、友達。

 彼女と私は気があった。

 といっても共通の趣味はない。お茶に誘ってもあんまり来てくれない。人付き合いが悪い、というわけでなく本当に飲食が好きではないようだ。

 外見は長身でスマートで、ボーイッシュなのにどこかエレガント。一言でいうとモデル体型。河川敷までの道のりを並んで歩いていると、チビで丸い私との対照ぶりの明快さに時折、むなしさを通り越して笑いがこみあげてくる。

 それでも、私たちは気があった。

 これだから世の中、不思議なんだろう。


 芽衣川の河川敷にある東谷公園。

 そこは家族連れやカップルでごったがえしていた。


「河川敷で、イモ洗い」


 思わずそんな言葉が口をついて出た。

 もちろん状況はそんな風流? を感じる状態ではない。

 東谷公園でノンビリ眺めようと思っていたが、それは世間並みの考えだった。苅野市のローカル行事とはいえ、二千五〇〇発の花火大会である。認識は甘かったようだ。

 花火の打ち上げは、さらに北の上流で行われる。

 上流に行くかどうかでまごついていたとき、


「天宮さん!」


 と人ごみから声がした。

 男の子の声だ。聞き覚えは、ないこともない。


「ひさしぶり」


 第二声で思い出した。

 中学二年のときの同級生。


「鹿嶋くんやん」


 深緑の細いメガネで茶髪。

 背も多分以前よりだいぶ伸びたのだろう、私より頭ひとつ大きい。

 少しどきっとしたんだが、かなりカッコイイ。


「久瀬くんはいっしょちゃうん?」


 私の中では、鹿嶋くんは久瀬くんとセットになっている。

 私、実は久瀬くんも卒業式の日以来顔を見ていない。最後の近況報告メールも五月ごろ。それによると、鹿嶋とは同じ高校でまたも同じクラスになってしまった、僕はバイトで、鹿嶋は塾通いでバンドはちょっと疎遠、云々。

 要するに、変わらず二人はワンセットなのだと納得した。


「久瀬もいっしょの予定やで。ヤロウ二人で花火見物と、洒落込むつもりやったから」

「こっちも大和撫子二本で炎の芸術を愛でるつもりやけど」


 鹿嶋くんは急にうつむいて、ぷっと失笑した。

 なにがおかしいのか知らないが失礼なやつである。

 私はかまわず、なつきには中学の同級生と、鹿嶋君には同級生のなつき、と紹介した。


「ほなら、大和撫子にものは相談」


 鹿嶋くんは笑いをこぼしつつ、続ける。


「一緒に花火見いひん?」


 別になんてことはない。

 なつきが肯くのを確認して、私は素っ気なくええよ、と答えた。

 その後、私たちは上流河川敷へと赴いた。

 人口密度は低く、のんびり座って見られる。おとなりの家族四人から数メートル離れているくらいだ。意外にも、東谷公園より蚊は来ない。いいこと尽くしじゃないだろうか?

 去年より人少ないな、と鹿嶋くんは言った。


「淀川と神戸の花火大会とかぶってるからちゃうかな」


 なつきが推理を披露。

 鹿嶋くんは、絶対それ! と大きな声で同意した。


「そういや塾でみなと花火の穴場情報交換しとったな。兵庫突堤近辺とか、ポーアイしおさい公園とか」

「苅野で十分やなぁ。立ってるの、しんどいし」


 なつきは活発そうな外見とは相反した、枯れたことを言う。

 神戸と淀川は四千発を見に、公称二〇万ないし三〇万人がやってくる。それに比べ苅野は二千五〇〇発、苅野市民の三分の一が来たってせいぜい五万人だ。スターマインもあるし、夜は都会に比べて数度、気温も低い。

 花火の後のらぶらぶイベントを考えなければ、苅野の花火のほうがいいじゃないか。

 具体的数字を根拠に並べ、鹿嶋くんは『花火を純粋に楽しむなら地方の大会』説を力説した。このへんは久瀬くんの友達らしい。


「それを思うと、このノンビリさは贅沢と天宮は考えるね」

「うん、贅沢」


 なつきと鹿嶋くんと私は、すでに既知の友人のようだった。

 なんとなく思うんだけど。

 鹿嶋くん、少し照れてないか。

 これは?

 もしかして!?

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