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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Magi Farm
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05.結界

 日曜日は真っ青に晴れ、十時すぎだってのにきっと三十度は超えてる。

 つらい。水色のキャミソールに白のサブリナパンツでもつらい。


「日傘がほしい!」


 熱烈に思った。

 私が駅前スーパーの自転車置き場にマイ自転車をとめていたら、藤生氏を乗せたマウンテンバイクがすぐ横に突入してきた。

 私は半身退いた。きゅきゅ、とタイヤと地面がこすれる音がした。


「遅刻娘」


 珍しく彼から声をかけてきた。


「十時ちょうどやもん」


 と反論を試みる私。


「……待て。私が遅刻なら藤生くんはどうよ」

「白河はもう来とる。あと鹿嶋はキャンセル」

「反論なしっすか」


 待ち合わせ場所へ急いだ。

 彼のいうとおり、白河くんは文庫本を手に立っていた。

 鹿嶋くんはレポートを借りるために一週間、姉の奴隷となるそうな。彼を待ち受ける運命がどんな過酷かは知らない。とりあえず彼の尽力に謝意を示し、その身の無事を祈っとく。五秒ほど黙祷。


「なにで来た? ふたりともチャリ?」

「うん」


 十時二〇分、青野原ダム行のバス。

 キャナルシティターミナルから五〇分、揺られた。

 高層マンションが何棟も空へ伸び、街路樹沿いに戸建の家が広がり、幹線道路が交錯する市内中心から少し離れると、畑、田んぼ、その間に一軒家。さほど遠くもなく山が連なる。

 苅野は盆地に広がる平野のまち。ひと昔前はだいたい畑、田んぼ、その間に一軒家がぽつぽつと、といった世界だったのだろう。車窓の景色は苅野の原風景だ。


 水原バス停を降りた。

 家を出てきたときより断然、涼しい。

 周囲はすっかり私たちの住んでいるまちとはかけ離れた世界だった。となりのト○ロの世界……あれって、都会人の思う理想の田舎だよね。実際の田舎って、もっと無粋。バス停にはガソリンオイル缶を転用したサビたゴミ箱。木々の間にコンクリートの電柱が立ってて、空を電線が横断してる。ところどころ陥没したアスファルトには雑草がのぞき、登り坂を欠けたコンクリートを踏みつつ歩いて登り、私たちは目的地に向かう。


 十五分ほど歩いたら『水原感神社』の鳥居が私たちを出むかえてくれた。

 ここが今日の目的の場所だ。

 いまや魔よけの意味は忘れ去られたのかもしれない。境内は地元のイベント会場的なノリで、やぐらが組まれていて『水原地区子供会』と書かれた白テントが張られている。人はいない。祭りの前か後かは不明。


「天宮さん、ここ上がってきてみて」


 白河くんが、石段の上から手を振った。

 石段を登ると小さな社があり、その裏からは登りの土の道が続いてる。

 足元は荒れており、ところどころ道がわからなくて草をかき分けて進む。

 歩きづらい。ハイカット気味のスニーカーでよかったと胸をなでおろす。でもキャミは失敗……。枝が腕に当たるのは我慢するけど、肩だと耐えられないのはどうしてかな。それに白っぽい服装も大失敗。草とこすれて色がついてしまう。

 なにより草いきれがすごい。むし暑い。

 格闘すること数分。急に視界が開けた。


「わあ!」


 眼下には畑、田んぼ。バス道が見えた。

 私たちがいるところと向かいの山との谷間。木々の陰から鳥居の頭が見える。

 バス停のところも涼しいと思ったけど。

 空気が違う。

 はっきりと感じる。さっきまでの雰囲気なんて地上世界の延長線上にすぎない。


「別の世界……って感じ」


 私はふと感じたままを口にした。しょぼい表現で恥ずかしいけど。


「ここがその魔よけの結界なん?」

「魔よけやないな」


 白河くんが腕組みしながら北の山の向こうを見た。山を越えると、となり町だ。


「ふうん」


 藤生氏がバスに乗りこんで以来はじめて声を出した。

 白河くんが尋ねた。


「藤生くんはどう思う?」

「おれは感呪能力はゼロやからな。なにもわからん」

「ためしに呪をつかってみればどうなるやろな」


 白河くんは幾分挑発的に、藤生氏に提案した。

 藤生氏は一蹴。


「あほか。もったいない」


 白河くん『呪』のこと知ってるんだ。

 藤生氏と小学校のころから仲よしってのはガセネタではなかったみたい。でも、もしかすると、意外と知ってる人多いのかな。それだと非常に残念だけど。


「ところで白河。どうゆうことよ。六カ所の感神社は魔よけの結界やないんか」


 藤生氏は問いかけた。白河くんはメガネを上げる。


「外界と隔絶しひとつの器を完成させるための結界、といったほうが正しいんかな」

「外界と隔絶?」


 私は首をひねった。藤生氏も眉を寄せた。


「サナリいわく……苅野はおれの『魔法の花瓶』みたいなもの。そういうことか?」

「言い得て妙やな」

「白河くん、なになに、どうゆうこと」

「それは」


 呪を集めて、貯める。

 藤生氏は花瓶に貯め込んでいるのだが、それを山あいの苅野市ぜんたいを器に見立てて貯め込んでいる、のだそうだ。せっかく貯めてるものがこぼれ出さないように、六カ所の感神社が結界を張っている。

 魔よけじゃなくて魔封じ、といったほうが正しいだろう。

 白河くんは地図を広げた。六ヶ所の神社をここ水原から時計回りに指し示してゆく。それらは市内を包み込むように、おおむね楕円を描いて点在している。


「え、藤生氏。それやったらここは、魔のもの? がつくったん?」

「さあ」


 藤生氏は怒ったような顔をした。

 最近、彼の表情がよくわかる。怒ってるんじゃなく、真剣に長考中、シンキング・タイムのもようだ。

 白河くんが昔、街道といわれていた道の遠景を撮っていた。


「白河くん、すごい呪に詳しいけど」

「ぼくもサナリさん……ビジュアル系のお兄さんとは知り合いやから。魔法は使えんけど」


 白河くんはデジカメの画像を確認しながら、答えた。

 ……あんまり自然と、しらっと言うもんだから、驚くまでに多少の時間がかかった。



 ビジュアル系のお兄さんの存在とか、魔法とか、藤生氏のおばさんが悪魔がどうのとかいうことって、どうも『苅野』という土地にも関係あるんじゃないの?

 それが、この夏休みに考えてみた仮説。

 藤生氏も白河くんも答えを探してるみたい。

 それにしても委員長・白河くん。彼はキーパーソンなのではないだろうか。私はこのとき思った。実はこの予測はかなり当たっていると後日知るのだけれど……その話はまた次の機会に。

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