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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Sing A Song
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Sing a Song.

N○K全国高校音楽コンクール地方予選のお話。実際は夏の終わりくらい開催?

 イライラする。

 受賞校の発表、そんなにひっぱらなくたっていいんじゃないの?

 どうせ金賞は今年も、一八〇人の部員を抱えるK高校だってことは、わかりきっている。私たちの学校なんてK高校の二軍――Bチームにすら及ばない人数なんだし。


「金賞は、K高校Aチームうううう!」


 サッカーのゴールシーンじゃあるまいし、絶叫しないでほしい。

 ふと見るとみんな落胆の色を隠していない。うちの実力じゃ、銅賞(金銀以外の全ては、銅賞)に決まってるのに。


「今年はかなりイケてる! と思たんやけどなア」


 私は、客席最後尾から『客観的に』聞いていたから、うちの歌とK高校のハーモニーを聞いたとたん、結果を確信したもんだけど。


「よっしゃ! みんな全校合唱が終わったら、ダッシュや」

 ニシノ部長――我が合唱部唯一のテノールパート――が小声で指示を出した。

「会場は去年と同じ『カフェコスモス』。予約の時間をオーバーしてもてるから、みんな急げ!」


 全員、といってもたった一〇人ほど。それぞれ手を振ったり首を振ったりと、了解の動作をしてみせた。

 ただひとり。久瀬くんは申し訳なさそうに頭をかいて訴えた。


「ぼく、そこ知らんねんけど」

「高梨、頼むで!」


 私はなぜか、顔が赤くなった。

 久瀬くんを見やる。彼はさっきと全く表情を変えず、好々爺のようににこにこしているだけだった。

 恒例のうちあげは、とりあえず全員感想を述べてからはじまる。


「高梨」


 ニシノ部長に指名されて、私は立ち上がった。


「賞はとれなかったけど、練習の時より声が遠くまで届いてたし、すごく良かったと思います」


 私はありきたりな感想を述べただけで、さっさと座ってしまった。


 私は、ピアノ伴奏者として合唱部に入った。ちょうど今年はピアノが弾ける人がいなかったため、私は大歓迎された。

 音楽のキヨ先生と仲良くなれば音大受験のための準備もやりやすい。そういうつもりで入った合唱部だった。いうなれば打算。けど、自分の夢の実現のための手段であり、だれに迷惑をかけるじゃない。悪くないでしょ?

 でもコンクールに向かって、みんな真剣に取り組んでいたときに、私はケガをした。ピアノを満足に弾けなくなった。

 私の居場所は……なくなってしまった。ピアノを弾けない伴奏者なんて、意味がない。

 どうして今、私はここにいるのだろう。

 部員だから?

 そう思うと、放課後の音楽室に顔を出すことすら、ためらいがちになった。

 私はなにもしなかった。私は、いてもいなくても構わなかった。

 そんな私が、どうして感想なんか言える?



  *  *  *



 うちあげが終わって、同じ中学だった私と久瀬くんは、電車も同じ方向へ帰る。空席の目立つ車両の端に並んで座る。彼の横顔は、やはりいつもと変わらないほのぼのとした顔だった。

 彼は、私のピンチヒッターとしてピアノを弾いた人。入部はしていない。帰宅部だ。

 私は知らなかったのだが、最近までハイソなご家庭に育ってた彼は、ピアノも中学に入るまで習っていたという。中学時代の友達・はるちゃんがそう教えてくれた。今はピアノじゃなくてバンドでギターをやっているそうだけど。

 私はキヨちゃん先生とニシノ部長に彼のことを話してみた。彼らはすぐ頼みにいった。そして即、久瀬くんはOKした。

 正直なところ、気分は良くなかった。


「久瀬くん、合唱部、続けてかへんの?」

「遠慮しとく」


 即答だった。


「人数少ないし、たまに顔出してくれたら」

「バイトもバンドも補講あるし」

「久瀬くんでも補講受けるんだ」

「英語強化のね。選択肢広げるにはTOEIC受けとけていわれてる」

「だれに」

「うちの担任。伊庭」

「コミュニケーションの」

「そう」

「そっか」


 私はそこで話を切った。

 久瀬くんが断って、少しほっとしている私がいる。

 なぜ?

 私以外の伴奏者がいることが、許せないから?

 なんて狭量。私は底の見えない穴をのぞき込んだような薄気味悪さに自己嫌悪し、言葉を継ぐことができなかった。

 しばらく続く、沈黙。

 でも次の駅の名が車内放送で告げられてすぐ、その居心地の悪い静寂は破れた。


「そうや、高梨」


 久瀬くんは大事なことを思いだしたかのように、少々早口に話しはじめた。


「ホールん中でも、最後尾に僕ら陣取ってたやんか」

「うん」

「高梨に歌を届けられるか、それが目標やってん」

「……私が目標?」

「暗闇の高梨めがけて、声を伸ばしてん。ほら、ただ『遠くをめがけて』と言うよりイメージできるやんか。結構、いつもより声伸びてたんちゃうかなあ」


 私はホールの最後尾にひとりぼっち。みんなはライトに照らされた舞台に立っていた。

 私はひとり取り残されたと、この場に私がいる必要はないのだと思い、白いステージを眺めていた。

 けど……私は必要とされていた? 声を伸ばすために、より素晴らしい歌を歌うために。それはあの場に私がいたことが、みんなにとって意義あることだった、ということで。

 意義……いいや、意義なんて。

 少なくとも、ひとりは『私がいて良かった』と言ってくれている。


「久瀬くん、ありがとう」


 彼は一瞬、けげんそうな顔をしてみせた。が、元ののんびりした表情に戻ると、にこりと笑った。


「……お疲れさま!」


 私も笑顔を返してみせた。彼はプラットホームを歩いていった。

 電車は再び、走り出した。

次話からは、はるこ視点ファンタジーの長編です。

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