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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Rent Room
46/168

01.或る物件と其の仔細

少々ブラックなため「PG-12」=12歳以下ご遠慮ください。

 たった十年で『住み慣れた』と形容できるのか。

 それはYESだ。

 苅野はこの私サナリ(アレクサンドル・スピニオル。略して『サーニャ』)に事実、『帰ってきた』との感慨を抱かせた。

 私は今、苅野における己が城を探している。


「多少古くても広めのところを」

「敷金礼金で八十万くらいて、予算マズいすかねえ」


 軍資金は二万ドル。

 円高でめっきり目減りした。

 そして不動産屋の営業の若造は馴れ馴れしい口調で説明する。


「外国の方がそれなりのグレードのお部屋借りるんって、相当ハードル高いんすよ。家主さんのご理解もあるし」

「日本の習慣は理解しているつもりです」

「サーニャさんて、顔隠せばカンペキ日本人ですもんね。家主さんは僕の方でばっちり説得しますよ」


 地獄の沙汰も金次第というが、人の世こそ金次第だ。

 上主様が私に下された罰のうち、最も厳しい罰は、資金封鎖であった。


「広さと城山町と初期費用以外に条件はありません、掘り出し物はないでしょうか」

「……もし、サーニャさんが気にされないってんなら」


 彼は別のファイルを持ち出して、私の前に置いた。



  苅野市 南城山町

  マンション 2LDK

  4/6階 南西向 45㎡

  築6年 駅歩10分

  月2万円(共益費込)

  敷・礼 なし



 怪しい。一見してそう感じる、破格値である。

 いわゆる『事故物件』で……と若造は小声で告げると、詳しくは現地で説明を、ともったいぶるように言葉を切った。

 いかなる所以かは実際の物件を訪れれば分かるだろう。

 案内を所望した。


 不動産屋のライトバンに同乗し、上主様に思いをはせる。

 カイ――今度の上主様は古い記憶に頼ろうとしない。

 過去を歴史ととらえ、今を現象と受け止め、その内容を解析し未来を分析する。苅野で居眠りしていた怠惰な子どもでは、既にない。その点で私の予測は大いに外れ、そして自らの敗北をむしろ喜んでいる。

 たった一年でアジア・中東の<MagiFarm>の現状、周辺情報、区分所有する天使・神・魔物たちのレポートをまとめ、全ての情報をシステムに入力完了したのは今年の春。もちろんそのプロジェクトを命じたのは上主様である。思惑と感情と過去に囚われる魔という存在に、その出来事は革命的でさえあったのだ。

 まあ多少……運用を開始して間もない今は混乱しているらしいが。

 彼はいずれ天と和し、秩序をもたらす存在たりえると、私は確信している。

 しかし多くの魔物は違う。上主様を弱い『半人半魔』とみなしていた。口惜しいが詮無いことだ。先の上主様も『人に誘惑された王』とされた。

 二代にわたる上主様の目指す姿、その意思を、多くの魔物は解する知恵を持たないのだ――。


「ああ、ここです」


 不動産屋の若造が車を停めた。

 芽衣川沿いの遊歩道よりふた筋南、旧来の住宅を壊して建てた趣の六階建マンション。瀟洒な佇まいで品は良い。

 ただし、四階だろうか。ベランダに灰色の霧がかかっていた。梅雨の合間の快晴予報の本日、自然現象であるはずはない。紹介された物件も四階だったはず。ますます早く部屋を見たいと思った。

 内部に入る。オートロック、巡回管理人あり。エレベータは日本メーカー。内廊下。


「分譲貸なんで設備面はバッチリですよ」


 404号室。

 日本ではあまり縁起の良い室番号ではないとされる。

 角部屋南向きだ。


 若造がドアを開ける。

 どうぞ、とドアを押さえて私に入るよう促した。確かに日本の礼儀に適った動作であろうが、ここでは適用すべきではなかったろう。ホスト自らの安全確認ののち、ゲストを招くべきだ。


 まずはじめに玄関に立つや。

 蒸し暑い。

 空気が重い。

 息苦しい。

 三重苦だ。

 ふつうの人間でも直感的に気持ちよい部屋とは思わないだろう。

 気を取り直し、廊下を真直ぐにゆき、扉を開く。白で統一された明るい色調の、開放感あるリビングがそこにあった。芽衣川を望む眺望も良好だ。ただし、灰色の霧で視界の半分が覆われていなければ。

 霧はベランダでもリビング左の部屋側に集中している。


「暑いっすね。梅雨時に閉めっぱなしやと、どうしてもね。窓、あけますね」

 

 若造がそう言って窓を開ける。

 一方で私はリビングの隣の部屋へ続く扉を開けた。

 ……居た。

 私は若造をふりかえった。彼は外の空気の美味しさを堪能していた。


「この部屋で前、なにか事件でも?」

「え! サーニャさんて、霊感とかあったりします?」


 霊感もなにも。

 部屋のど真ん中に神経質そうな女が手首から血を出して倒れているが。青黒くなった口からはずーっと灰色の霧を吐いており、ベランダから見えた霧はこの女が発生源だと一目瞭然だ。さらには、部屋中に淡青・白色のカプセル薬が大量に散乱、空中に漂っている。

 女と目が合った。

 恨めしい視線だ。

 その濁った瞳の奥を探ると、かつての容姿の片鱗が澱のように残っていた。元々は可憐な女だったようだ。


「店で『事故物件』て申し上げましたでしょ。実はここでですね」


 若造の説明は聞くまでもなかった。

 当然この程度なら借りようと決めたが、少し交渉をしてみよう。

 その前振りとして。


「周辺環境を拝見したいのですが。一四時くらいに店に戻ります」


 と、告げた。

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