The First Goal
「はるちゃん、小学校のころ少年リーグにコッソリ入っとったそうやん」
私は絶句の上、固まった。
かのんはにこにこしつつ、私を追いつめていた。
「だれにそんな話」
「ケージ君から。天宮家は全員サッカー好き、ということを聞いていたら実はそんなエピソードがあったとかで」
弟よ。なぜばらした。
ていうか知らなかったぞ。かのんとケージが面識あるなんて。
「いやそれ仙台住んでたころやから五年も前の」
「代わりに出てくれへん?」
「……はあ?」
「俺からも、頼む」
かのんの彼氏まで頭を下げた。
彼の名前は『タカくん』――相良タカミチ、という。
背が高くまゆが細い。目元も細く一重まぶただが、全体的にくっきりした印象。私から見ると十分イケメンで、面食いかのんの彼氏としても十分合格点に達していた。
はじめて会った気もしない。
というのも、かのんから毎日話を聞いてるし、それ以上に一ヶ月前、妙な展開に巻き込まれたからだ。
一ヶ月前。彼はいきなり電話かけてきたんだっけ……しかもかのんの携帯から。
『携帯電話を忘れていったから、お返ししたくて』
いきなり背景理解不能、意味不明の供述。
どういういきさつか知らずして、うかつに個人情報を教えるわけにはいかない。逆に彼のメールアドレスを聴取し、かのんに渡した。そして数日後より、かのんのトークテーマに挙がるようになり……今に至る。
おっと、人物紹介を悠長にしてる場合じゃなかった。
反論!
「私、可憐な女ですよ? わかってます?」
「可憐でもカレーでもええけど、とにかくはるちゃんが入ってくれれば」
「すまんけど」
なんじゃそりゃ。
マジで怒りかけた。
カレーとか意味不明やし。
だいたいチーム編成に一人くらい余裕を持っとけよ。
そもそも初見の、彼女の女友人に頼む気が知れない。
さらにはこんな荒れた試合に女子高生を出すなんてありえん。鬼畜。悪魔。人でなし。
とにかく、私は訴えた。
「無茶言うな!」
でも、それは小声だった。
とかく私は、はっきり物申す性格のわりに頼まれたら断れない。
結局、半泣きで、すね当てを着け靴を履いた。
靴なんぞよくもまあ合うサイズがあるものだと思ったが、かのんがふざけて買ったものらしい。
サラリと長い髪のかのんが着けたら、キャンペンガールみたいな感じになるんだろう。
でも私の場合はちびっ子だが、間違いなく戦闘要員ぽさが漂っている。
「交代、十五番」
フットサルのルールでは、各チーム前後半1分間のタイムアウトが認められている。
その短い時間で、私は戦場へ赴くことになってしまったのだ。
* * *
フットサル。
乱暴にいえば、サッカーのミニチュア版。
細かいところは違うが、足でボールを操ることには変わりがない。
まあ、私もサッカーのルールは過去、一応は経験したので分かっている。だがフットサルとの違いは把握していない。
人数が一チーム五人で前後半各二〇分とか、フィールドが小さいとか、オフサイドがないとか。
私の認識はそんなもんである。
「あと十分、攻めていこう!」
〇対〇の好ゲーム。後半十分過ぎ。
ねんざでタカ君のチームから一人、退く。そのかわりが私。
ゴールのない均衡した試合に訪れた、不利な戦況。たった一点が動くことでそのストレスは解消されるのだが……。
それでも攻めるってのは、勘弁してくれ。
競り合いでもまれるのを避けるため、私はキックインを志願した。
サッカーではライン外から投げ込むやつ。あれはフットサルでは『キックイン』つまりボールを蹴り入れるのだ。
うまくタカ君があわせ、そのままボールをキープし敵陣へなだれ込んでいった。
後ろから一応、ついていってみる。
ペナルティエリア前。
フォワードらしき、サッカーの丸刈り君にボールが渡る。
すると、丸刈り君が前をさえぎられた上、横からスライディングされて。
……コケた。
ファウルだろ! とに思いたいが判定されない。
相手チームはレベル高いんだけど勝利至上主義なのかな、観戦しててグレーゾーンのラフプレーが多い印象だった。
それが私が出場を渋った最大の理由だ。
「あっ」
こぼれ球はなぜか私の前に転がってきた。
「く、来るなあっ!」
と身がまえながらも、前方のゴールめがけて蹴り込んだ。
むかし、藤生氏のくれた『魔法のアームレット』。今は力を失くしたらしいそれが手首で揺れた。
……ぱすっ。
いわゆる完全にフリーの状態からの。
「はるこー!」
かのんがグランドに響き渡る声で叫んだ。
おっつけ『うわああああ』という声が同じフィールド上であがった。
自陣は興奮のるつぼ。
敵陣は信じられない、という顔で放心状態。
こういうときってプレーヤーはゴールした人間に抱きつきまくる。
けど、一応私は女子高生。チームのみなさんは走り寄ってくると、私を取り囲んで踊りはじめていた。麗しき哀しき自主規制だ。
ちなみに、私は頭をかいてつっ立っているしかなかった。