表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Distance
42/168

04.ふたりの距離

 お買い上げのエトロの袋は相良の手にある。

 帰りは同じ電車だった。神戸の中心・三宮からふた駅。

 そして湊川から北へ――六甲山脈を越える――神戸電鉄。

 『うちのバアチャン、阪急王子公園』の彼が、同じ方向だったとは。

 なにかがもう少しだけ、いっしょにいる時間を与えてくれたみたい。



  *  *  *



 白に赤ラインの電車は、山を上り、トンネルを抜ける。

 『神戸山岳鉄道』と揶揄とも愛称ともつかない呼ばれ方をされている、六甲山系の合間を縫うように走る路線だから、モーターも強力なものを積んでいる。車内の音は相当なものだ。

 そんな中、黙ってつり革を握るかのんと相良。

 あえて大声で話そうとは思わない。始終無言のままだったが、居心地は悪くなかった。


(なんか不思議やな)


 沈黙が怖い。なんかしゃべらんとアカン。

 友達同士でいても、かのんはついそう思ってしまう。そして無理やりどうでもいい、アホな話をひねり出しては、無意味に面白がる。いつも盛り上げ役をかって出て、楽しい子やと言われるけれど、ほんとうはとても疲れるのだ。

 今は違う。ただ黙って並んで立っていても、かえって落ち着く。

 そして安らぐ。

 心地よい距離感。

 これもかのんには初めてのことだ。


 ――次は、すずらん台。

 車内にアナウンスが流れる。車窓の風景は、菊水山の緑から、棚田のように広がる見渡すかぎりの住宅へと変わっていた。

 そしてまもなく、駅にたどり着く。

 無常にも扉が開いた。

 みんな我もわれもと、先を急いで降りてゆく。


(『なごり惜しい』って、このことなんやろな。はるちゃんが使いそうな言葉やけど)


 相良は人の流れが途切れるのを待っていて、なかなか降りようとしない。

 相良も「なごり惜しい」と思っているだろうか。

 だったらどれだけいいだろう。同じ気持ちでいるなら、どれだけ。

 そう願いながら、


(単に遠慮しぃ、なんやろけど)


 と自分で希望を否定するようなことを考えてしまう。


「ここ、すずらん台よ」


 言いたくないのだが、かのんはあえて言った。

 相良が心あらず、とばかりに答える。


「……ですね」


 降りる人並みが途切れた。電車に乗り込み北へ向かう人は、数少ない。

 かのんは彼の顔をもう一度見た。

 相良がエトロの袋を持ち上げて、かのんを見下ろした。


「今日はありがとう」


 低い声がかのんの耳をくすぐる。


「いろいろ、ごめんね」


 かのんは小さく首をふった。


 もっと声を聞きたい。

 にわかにそんな思いがこみあげる。そのとき、

 ――扉を閉めます、ご注意ください。

 すべての心地よさを壊すようなアナウンスが流れ、せかされるように相良は電車を降りた。

 とっさにかのんが叫んだ。


「相良さん!」


 振り返る相良。

 反射的に手が出る。投げられたモノを掴み取った。


「あたし、渡辺かのん!」


 閉まる扉がお互いの姿を隠す。


「それぜったい、返……」


 かのんの声は、最後まで届かない。

 電車は動き出した。相良の目の前で、白と赤のラインが流れ去ってゆく。

 彼は電車が見えなくなるまでホームに立ちつくしていた。

 右手にはホワイトパールの携帯電話。それを握りしめながら……彼は初めて、彼女の名を呼んだ。

 渡辺、かのん。

『Distance』おわりです。

次は藤生氏の魔王様執務レポートその2。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ