03.エアサッカーしよう
勢いでさっさとカフェを出たことを、ちょっと後悔した。
急げばそれだけ『おしまい』が早くなるのだから。
元町大丸へ向かうのに、気まぐれに遠回りして、東遊園地を通る。
噴水とオブジェと木陰の間を抜け、石畳の道を歩いた。
* * *
「自分、サッカー好きなんや」
相良は前を向きながらも、目を輝かせていた。
「……前の彼と最初は、ウイングスタジアムや万博公園とか、長居にも試合見に行った」
「へえ」
「けど彼、すぐ飽きたみたい。にわかファンてやつやったわけ」
「にわかファンでも、好きやったには違いない」
「でも過去形は過去形」
自分との恋愛だって、にわか恋愛にすぎなかったのだ。
好きだとか愛してるだとか呪文を繰り返しても、解呪なしに魔法は解けてしまった。
「だから言うてサッカーがつまらないわけやない。面白さがハマんなかっただけやろ」
相良がさりげなく微笑んでいる。
すると不思議と、かのんは冷静に考えることができた。頭の中で「サッカー」を「かのん」に変換してみると。
(あたしが面白くなかったんやなくて。あたしの面白さが向こうには分かんなかっただけ、てことになんのかな)
「実はこの東遊園地、日本で初めてサッカーの試合が行われた場所だって知っとお?」
先をゆくかのんは足をとどめて振り返った。
木々の間からのぞく、市役所ビルの窓がきらきら輝いている。
「そうなん?」
「元町からこのへんて、元外国人居留地やん」
「うん」
「結構体力ありげな貿易商とかが住んでたから、スポーツでもしようって感じで、ここにグラウンドを作ってん。でも、練習ばっかりやったら面白ないからチーム作って試合した。それが今の東遊園地、ということやねん。明治時代の話や」
「来たれ『蹴鞠大会開催!』とか言うたりして」
かのんは茶化してみる。
「正解」
「ウソっ」
「ホンマ。当時の日本語新聞は『蹴鞠が行われた』と報道してたそうやで。サッカーなんて単語、当時の日本人はほとんど知らへんから」
「なかなか雅ねえ。えいやあ」
かのんは鞠を蹴り上げるふりをした。
「えーい」
相良もその鞠を蹴り返すふりをする。
「えーい」
「えーい」
しばらく空想の鞠は東遊園地の空を舞った。ぽこん、ぽこん、という音がしたかどうか……それは定かではない。
かのんが突如、鞠を踏みつける。
どうやら鞠はサッカーボールに変わったらしい。
「このシュートが決まれば勝ちっ」
緊張のPK戦が始まる。かのんがキッカーで、キーパーは相良。
相良は腰を落として構えを取る。
「うー」
相良は悔しさをうなり声に代え、頭を抱えた。
かのんはしばらく突っ立っていた。ゴールしたらしい。自分に納得させる。そして、
「やったー!!」
跳びはねる。
うれしい。すごく、うれしい。なんちゃってゴールでもうれしい。
……相良が勝たせてくれたことが、すごく。
かのんは彼に走り寄り、握手を求めた。
「お互いの健闘を称えて」
相良は苦笑しながら応じ、軽く握り返した。
「すっかり変な奴らやん、あたしら」
「パントマイムの寸劇と考えたらば、変でもないんちゃうん」
「いやあ、やっぱ絶対変やって」
「そうかなあ」
「そうでもないかも?」
お互い顔を見合わせて、笑う。
「どっちでもええやん」