02.地に足のついたヒト
サガラ・タカミチ。漢字で書くと『相良隆道』。
字だけを見ていると、少々お堅い香りがする。
いや実際、キャラもちょっと固めかも。
国際会館の屋上、カフェのテラス席。
澄みきった空のもと、緑の庭を眺めてのハーブティーでもなお、気分は晴れない。
* * *
「どう思う?」
かのんはその相良にグチの感想を求めた。
「分かりません。俺……実をいうと、恋愛経験、あんまりなくて」
「ホントに?」
「片思いとかはあるんですよ」
あわてて相良が言い訳をする。
「でも想うだけやったから」
「今まで想いっぱなしできたん?」
「その子には、気づいたときには男がいたから」
「そんなんカンケーないやん!」
「関係ないかな」
「取られたときは仕方ないやろ」
「そうやなくて。人の幸福に介入して、横入りするわけやから。横入りは嫌がられるのが世の常というものではと」
「別に占有権があるわけやなし。好きなものがあって、もっと好きなものができる。好きなものが嫌いになる。自然な感情の動きやない?」
「そこまで割り切れたらええけど」
「そこまで割り切られてサヨナラされた人がここにおる!」
「あ」
相良ががくりとうなだれる。
「またや。ゴメン」
「ええねん。そう割り切らんと自分でも納得いかへんねん」
「……俺は声をかけたことを後悔してる。君には残酷やないかと。まっすぐ家に帰って、ふて寝でもしとくべきやったんやないかと」
「ネタか本気か分からんこと言うなあ」
かのんは少しの間、周囲を見渡した。
周囲の喧騒。
寄り添うカップル。
からみあう手。
笑い声。
(すべてがナーバスにさせる。おしゃべりだけが救いやわ)
ミント・ダージリンを口にして、かのんはつくり笑いを浮かべた。
「そんなことないよ。めっちゃ気ぃ楽になってきたし」
「そんなら俺は、これ以上、つっこまない。うっとおしいやろし」
見すかされているかも。
かのんはあせり気味にミント・ダージリンを飲みほし、顔を上げた。
「さてとっ。スカーフが買いたいんやったよね。誰の?」
「え……っと」
相良は思わず視線をさまよわせる。
明らかに答えにくそうだ。なぜだろう。余計に回答を聞き出したくなる。
かのんは無邪気な言い方で、意地悪に追求の姿勢を見せた。
「彼女はいないんやったっけ。片思い……も一発逆転する気はなし。誰に買うん?」
「あのー、言わなアカン?」
「だってどんなん買えばいいか困るやん」
「それもそうか」
相良は意を決して答えた。
「あげるのは俺のバアチャン」
「おばあちゃん?」
「バアチャンが入院してて、見舞いに行ってきてん」
「病気! 大丈夫なん?」
「まあ病状、ていうほどのこともなかったんやけど」
「ほんま?」
「うん。でもそれより問題は……うちのバアチャン、阪急王子公園の近くでひとり暮らししててな。すごく元気やったけど、今回ですっかり意気消沈してしもて。そやから退院したらどっか連れて行ってあげよう、て言うてて」
ひどく地に足の着いた理由だった。かのんはそれが新鮮に聞こえる。
「んで、お洒落させたげようっていうわけなんや」
「その通りです」
優しい人だな、とかのんは思う。家族を大事にする人に悪い人はいない。かのんの持論のひとつだ。
がぜん、かのんは乗り気になった。
「なら安いスカーフなんか買われへんよ! おサイフの覚悟できとお?」
「カード切りゃいい。いざとなったらボーナス払い」
ええっ? リーマン!
このときはじめてかのんは、相良が社会人だということに気がついた。世慣れたように見えないし童顔だから、少し上の大学生くらいかと思い込んでいたのだった。と同時に、やたら自分がアネさん顔してきた気がして、こっ恥ずかしくて居心地が悪い。
しかし、かのんの座右の銘のひとつは『過ぎたるは及ばざるがごとし』。
いさましく地面を蹴って立ち上がり、
「エトロがいいと思う。てなわけで、大丸に行こっ!」
と一方的に宣言し、カフェを出て行った。
そして相良はあわてて伝票をひっつかみ、レジに向かうのだった。