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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Albums
38/168

04.春一番が訪れて

 家へ帰ると母の第一声はこうだった。


「はるこ意外ともてるんやね」

「そやよ。意外ともてんねんで」


 わが胸元の消えた第二ボタンを看破したのである。

 私はムリに胸をはって威張ってみた。

 本当は、くださいと言われたんじゃないけど。いや、言われたけど少々話が違うし。もらえ、と押しつけたようなものだし。

 でも、まあいいでしょう。少しくらいの違いは。


「普通、女子が男子からもらうもんやろ」


 せっかくいい気分になっているところ、横やりが入る。

 小魚スナックをむさぼっている弟だ。


「黙れ。あんたは言われるアテあんの?」

「関係ないやろ、オトコオンナ」

「にゃあにおう?」


 座布団をひっつかんで投げようとした矢先、母はエプロンを着けながらたずねた。


「はるこ。あんた、カフスもあげたん」

「え」


 私は座布団を持った手首を回して、袖口を確認した。

 ふたつボタンがついているはずなのだが、ひとつしかない。

 そんなおぼえはないけど……。どこかでひっかけてなくしたかな。

 記憶を遡ってみる。

 数秒考えた。

 ぴん、ときた。直近の記憶だ。


「あやつ……」

「姉ちゃん。顔、赤いで」

「うるさいわっ!」


 私はあわてて自分の部屋へ駆け込んだ。

 駆け込んだはいいけど。

 どうしよう。

 電話してみるか。「ボタン取った?」って聞いて。

 冗談じゃない。

 そんなん、めっちゃ恥ずかしいやん。違ってたらさらに赤面ものではないか。断じて、それはならん。

 さて仕切直し。どうしよう。

 途方に暮れて、卒業アルバムを開いてみる。

 三年五組。最前列左端。容疑者の顔を発見。私は無性に腹が立って、アルバムをベッドに放り投げてしまった。

 だが意を決し、携帯を手に取った。

 握る手が冷たい。冷や汗が出る。

 メモリから呼び出そうと動かす指を、途中で止める。考え直して、また押す。


「もしもし……かのん? 教科書買うん、いっしょに行こ」


 かのんから約束を取りつけて、通話終了。


「これでよし……って、違うやろ!」


 ひとりボケツッコミやってどうするよ、私。

 手がふるえた。いや携帯電話がふるえた。

 即座に電話をとった。


『久瀬です』


 自供の電話か?


「はいはい、なんでしょ」

『天宮さん、今日、お付き合いありがとうございます』

「は、はい。どういたしまして」


 久瀬くんのどこかよそよそしい話し方に、少しずつ落ち着いてくる。


『お礼、申し上げるのを忘れてましたので、お電話差し上げました。ボタンも僕のぶん失敬させて頂きましたので、お断わりしておこうかなと』

「そうなん? 気づかんかったけど」


 気づいていたというのがなんとなく気恥ずかしく、とぼけてみる。


『イヤやったら返しにいきますが。カッコ悪いやんな』

「別に着ることないから、ええけど」

『僕はこれやったらリサイクル出されへんから、悔しいねん。天宮さんのはわかりづらいやん。第二ボタンなんかは勲章っぽいからともかくとして』

「カフスなんか見た目分からへんしね。忘れて譲りそう」


 電話口で彼が笑い転げている。


「なにを笑うよ」

『返せっていわれるほうが僕的には嬉しかったんですけど。会う口実として』


 顔が赤らむのが分かる。


「なにを言うかね」

『差出人藤生君と思われるお礼の直筆書簡が来てました』

「藤生氏の。見たい!」

『了解。天宮さんちに送付しときます。藤生君も直接送ればええのに、あとメールとか。面倒くさい』

「まあそう言わんと、よろしくお願いします」

『かしこまりました。ところで天宮さん、さっき、なぜカフスと速攻お気づきで?』

「……あ」

『そいじゃ』


 弁解するスキも与えられず、無情に電話は切れてしまった。

 私は頭をかかえて、へたりこむ。

 どう受け取られたんやろ。いや、そういうやなくって――どう収めたものやら判断のつかぬ感情が、つぎつぎとこみあげる。

 そう。頭の中は強風に吹かれたあとのように、荒れていた。

 へんな誤解されたらどうしよう。するわきゃないか……なんかそれも腹立つし……ていうか、私ってはめられた?


 明日は春一番が吹くらしい。

 でも、すでに春一番は私に訪れているらしい。

『Albums』終了です。

次回から高校生になります。

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