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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Upon The Star
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08.星は呼べばいい

 藤生氏の手には三つ目のサータアンダギーがあった。

 ……胃袋、底なし沼。私は現在進行形で圧倒されている。

 彼は仏頂面だが、いつものことで機嫌が悪いわけではない。難しそうな顔つきをするくせ、


「ま、天宮さんはやさしいわ」


 などとほめ殺してきた。

 うろたえながら、やさしくないよと否定すると、


「勇猛果敢」

「女子へのほめことばちゃうやん」

「頑固一徹」

「すでにほめてない」


 藤生氏はかすかに笑って、ひきつづき菓子をもごもご食べていた。

 カオスな食欲だ。

 それでやせ気味だから、いったいどこで消費されるんだろう。うらやましい。

 というツッコミとまったく関係なく、ふと藤生氏のピントのずれたほめ殺しの意味に思い当たった。

 別にほめてもけなしてもないのだろう、と。

 こうかな、とカマをかけてみる。


「勇猛ぶっとらんと頼れ頑固者、といいたいわけですかな」

「そんな感じ」

「めんどくさいのに?」

「せなならんことはめんどうやない」

「うーん」


 悩ましい。

 藤生氏がめんどくさいの嫌いなように、私も人に頼るとか後味悪いのが苦手。

 そういう性格だ、しかたがない。


「しかえしはいややなぁ」

「なんで」

「まわりにとばっちりがいくのも、藤生氏の魔法に頼るのもなんかすっきりしな」

「ごちそうさまでした」


 会話の流れと無関係に藤生氏は手を合わせ、小さく礼。おもむろにジップロックを重ねて片付けはじめた。


「あ、片付けはええから」

「……流れ星」

「えっ」


 唐突に藤生氏が暗い空を指さした。

 私も空を見上げる。

 北の空にひときわ明るく北極星がみえる。ほかにも名も知らぬたくさんの星が、いつもよりもくっきりと見えた。さすがに沖縄ほどではないけれど……。


「あっ!」

「また流れ星」


 見えた。

 黒い空に細く白いもの。

 それも一つだけじゃない。

 ふたつ……みっつ!


「沖縄でぜんぜん見られんかったのに、苅野で」

「もうすぐ流れるで」

「えっなぜ予告とか」

「油断してんと願い事スタンバイどうぞ」


 スタンバイて。

 とツッコミ入れつつも、南に目をこらすと。

 数十秒後。銀色のラインがすうっと描かれ、すぐに消えた。

 しかもひとつだけに終わらない。感嘆している間もなくふたつ、みっつと、現れては消えていく。

 うそぉ……。

 幻でなくほんとに見えてる。

 そうだ、『願い事』しなきゃ。消えるまでに三回唱えきれば願いはかなう、やったよね。

 願いはただひとつ。

 唱えてみた。

 が、とても消えるまでに唱えきれない。内容を短くして次の流れ星で再チャレンジをくりかえす。

 たくさんの流れ星たちで『願い事』を伝えあうとか、融通きかせてくれたらいいのに――なんて都合のいいことを思いつつ、こりもせず願い事を省略改造しては早口で唱えなおし続けた。

 どのくらい時間がたったろう。

 信じられないほど無数の流星群もしだいにまばらになり、やがて降りやんだのか、待てども次の願い先を見つからなくなってきた。

 そんなとき。

 おつかれさん、と言って藤生氏がお茶を入れてくれた。

 確かにつかれた。姿勢がおかしかったのか首が痛いし、唱えすぎてのどがかわいた。

 どんだけ集中してたんだ。必死やな私。

 悟り開けるレベル?

 あ、願い事ある時点で悟ってないか。

 にしても藤生氏のスタンバイやらおつかれさんって、


「流星群のスタート・エンド、そんなのあるのか知らんけど、分かるん」

「まぁ多少は」

「なんで」

「自分で呼んだし」


 は?


「呼んだし、て」


 藤生氏は漆黒の闇に染まる空をもう一度見上げて、言った。


「星は待つんやなく、呼べばいい、かなと」


 ……はぁ?!

 カオスな食欲をも越えるビッグバンなみの驚きだ。

 というより意味が分からない。

 どうリアクションしたらいいんだろう。


「ま、願い事かなえばなんでもいいんじゃね?」

「いやしかし」

 

 とうろたえる私をよそに、藤生氏はおもむろに立ちあがると、

 

「うまかった。天宮さんの願いかなうとええな。ほな、また」


 と告げて軽く手をふるや、いきなり姿を消した。

 あわてて周囲を見まわすも私以外だれもいない。藤生氏、とつぶやく私の声はあたたかな風にかき消された。

 夜空を仰ぐと点在する星たちはただ静かに瞬いていて。

 ジップロックやお皿は重ねられていて、全部洗ったあとみたいにきれいだった。



  *  *  *



 一夜明けて、私には通り名が与えられていた。

 『鉄の扉を破壊した女』――そのまんまやないかい。

 へこんだ。当然だ。ウワサ七十五日どころか、永遠に伝説として語り継がれかねない。文字どおり破壊力満点の通り名だ。

 実際、鉄の扉なんか倒せないし。心霊現象による事故だから!

 それにいっしょにいた久瀬くんでなく、私が破壊したことになってるのも理不尽だ。

 ただ、怪我の功名というべきだろう。嫌がらせがなくなった。鉄の扉を破壊する凶暴女がキレたら危険だし、嫌がらせも下手すりゃ命がけ。となれば、まず手はだす向こう見ずな女子はいまい。


 お弁当タイムをかのんと楽しんでると、鹿嶋くんが紙袋を持参して登場した。


「これ例のブツな」


 なんのことはないマンガ単行本一式とアニメのDVD。フランス革命を題材にした超名作で、貸してもらえる約束になっていた。

 かのんがDVDのパッケージを観察してひとこと。


「鹿嶋って守備範囲広いなあ」

「これ姉貴のやから」

「またまた。あらすじ語ってオープニング歌えるでしょ間違いなく」

「はいはいそのとおり」


 少し投げやりな受け答えとサビ五秒を披露。鹿嶋くんらしくない。

 どしたん、とたずねてみると。


「まあ……なんでもええわ。身分制と革命の悲劇から現代日本の平和の尊さを実感してくれ」

「はあ」


 意味がわからん。

 謎の忠告を残して彼はいずこかへと去っていった。となりの教室に戻るだけだが。ただ、去りぎわの彼の表情は弱りはて、背中は疲労コンパイ、と雄弁に語っていた。


「あーやっぱ、まいっとうねぇ」

「鹿嶋くんになんかあったん」

「久瀬が暴れたんで途方にくれてんのとちゃう」


 暴れた?

 前の休み時間はいつもどおりほのぼのと配布物配ってたけど。


「暴れたって」

「知らんの?」

「うん」


 暴れたってのはかのんの比喩だ。

 事件は今朝。浅賀さんグループと久瀬くんが対決したそうだ。

 あ、対決だの暴れただの言ってるけど、実際はとっても穏やかなもの。彼らしい温厚そうな口調で、現状の倫理的不適切さ不毛さと、受験と内申点という現実的な観点からの問題を、実に冷静かつ論理的に語ったらしい。三年だから内申点持ち出されるとかなり痛いよね……ずばり当を得た対処だ。

 ただ、それよりもキツかったのが、とどめのせりふ。


 そもそも僕が好きなの鹿島なんやから、誤解ばらまくのやめてな。

 女子に告られても嬉しくないねん。


 鹿島くんに同情した。

 そりゃまいるわ。私ならマンガ渡しに来てる場合じゃない。

 鹿島くんのあずかり知らぬ間に、周知の事実となっていて。さらには男子連中が『ああやっぱり?』って納得しているのがなお意味不明であり、認めたくない状況であるといえるだろう。


「ええんちゃうの、はるも助かったし」

「いいのかなあ」


 不幸な鹿島くんをはげますことばが見つからない。


「そんなことより昨日の夜、流れ星すごかったん知っとお?」

「うん、私も見た」

「よかったー、電話しても出えへんかったし」


 かのんにそんなこと扱いされた鹿島くんにあわれみを覚えつつ。


「ごめん昨日、かばんの中に携帯入れっぱなしで星見てて」

「ええって。はるに教えよと思って電話しただけやから」

「ありがと」

「でね、あれって、謎のウチュウジン襲来やったんやって」

「は?」


 かのんまで意味不明の供述をはじめたぞ。

 私の周りの世界の常識が狂いはじめているんじゃないか――そう思っているうち、五時限の予鈴が鳴った。

 さて五時限の授業は、理科の平林先生だ。

 前回の授業は『地球の自転』とか『南中高度』がどうのって内容だった。今日は『太陽系の星』なので、


「昨夜、大規模な流星群が見えたのを知ってるか~」


 と、タイムリーな雑談から授業がはじまった。

 平林先生には珍しいことだが、なにより驚いたことに、この雑談でかのんの供述の謎が明らかになるとは思いもよらなかった。


「宇宙空間には何ミクロンというちりが無数に漂っている。こういったちりは星が爆発したり、彗星の核の部分から撒き散らして、生まれるんやけど、こうしてできたちりはまた集まって星になったりしている。

 こうしたちり、宇宙塵(うちゅうじん)が地球に近づくと、引力の法則で地球に吸い寄せられて、大気圏に突入する前に高温で燃える。それが夜やと輝くから『流星』や『火球』として観察されるんや」


 かのんのいったとおり、流星はウチュウジンなのだ。


「ただ、昨日のは天文学会でも『ミステリアスな流星群』だといわれている。

 なぜかというと、あれほど大規模やとふつうは大きな彗星や隕石の接近が先に発見されるはずなんや。毎日欠かさず世界中の天文機関や研究者たちが天体観察データを積み重ねていくことで、みんなは星空のショーがいつか事前に分かるようになってる、はずやったんや。

 なのに今回は誰も事前に分からなかった――」


 宇宙にはまだまだ謎がある。

 平林先生はそんな一般論で雑談をしめくくると、教科書と資料集のページを告げて、黒板に『太陽系の天体』と板書した。

 資料集には明けの明星、宵の明星の写真がのっていて、金星の観察が授業内容らしい。

 ただ、私は授業そっちのけで考えていた。


 ミステリアスな流星群。

 謎のウチュウジン。


 藤生氏のしわざだ。

 信じられないことだけど、隕石のかけらやら彗星のきれっぱしやらのウチュウジンを呼んだんだ。藤生氏は。

 それと藤生氏は去りぎわ、「ほな、また」と言った。ということはまた会えるってことだ。

 星は待つんやなく、呼べばいい。

 “彼”は漆黒の闇に染まる空を見上げてそう言った、はず。

 だったら呼ぼう。

 その、藤生氏の言葉を、私は心の中でくりかえした。


 ――でも。どうやって呼べばいいんだろう。希望を現実にするって、難しい。

『Upon The Star』終わりです。

次回は時とんで中学卒業のお話です。

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