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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Upon The Star
33/168

07.復讐するは誰にあり

 材料はバッチリあった。

 ボールに卵を割り入れてとき、砂糖を入れてよく混ぜ、サラダ油を入れる。薄力粉とベーキングパウダーを入れて、さっくりと混ぜる。

 混ぜて混ぜて揚げる。

 できあがり!


 マンション・グリーンヒル東城山の屋上。

 藤生氏がドアノブをひねるとあたりまえに開いた。シリンダーキーの常時施錠はいったい……。

 キャンプ用のビニールシートの上に、ジップロックを次々あける。

 ごはんにおかずはタコ酢味噌あえ、葉ごぼうと厚揚げの煮物。メインは豚肉生姜焼き。バレないように持ってくるのにちょっと苦労した。


「残り物ですいません」

「めっちゃごちそう、いただきます」


 と、手をあわせる藤生氏。礼儀正しい。

 屋上は風が通るぶん、かなり涼しい。

 苅野の西、羽束山の山ぎわに日が沈み、ひときわ明るい星が見えた。今夜は快晴。いい夜空が期待できそうだ。


「んまい」

「お茶どうぞ」


 藤生氏はマグに息を吹きかけた。

 ぬるめのお茶からふんわり漂う香気を楽しんで、そしてゆっくり、口をつける。


「茶も、んまい」

「今日のお茶は」


 藤生氏は私の説明を制した。


「プーアール茶? 年季入っとんの」

「なんと大正解」

「はまるとうまいよな。クセあって発酵すっと、なんてのかな、微かな蜜っぽい香り」


 茶ソムリエかあんたは。

 いやはや、驚くべき進化だ。一年前は麦茶と紅茶しか知らなかったというのに。

 そんな感じで始まった宴は、久瀬くんの仕込みによるものだ。後日またあらためて感謝の念を伝えねばなるまい。


「今日は助けてくれてありがとう」

「勝手に倉庫の扉がダイブしただけやし」


 そんな不条理な鋼鉄が存在してたまるか。

 で、その衝撃的な鉄の扉だけど、いろいろと分からない。さっさと撤退を最優先したから、聞きたいのにあとまわしだったのだ。


「その扉が飛んだのって」

「ん」

「片すみにいた子がやったん?」

「おう」


 藤生氏がうなずいていわく。


「強い呪やったし、いじったら扉くらいふっとばせるんちゃうかなぁて」

「『集合体』っていうてたけど」

「過去に閉じ込められたことある人ら、結構おったんやろな」


 一人に見えて実は何人もが集まってたのか。

 おそらく私と同じように……嫌なめにあった人たちが。

 いくつも違う何年なん組を答えてたのは『彼女たち』全員がおのおの、答えたんだろう。


「ふっとんだあと『彼女たち』って消えたやん。あれ、どうなん」

「どうって?」

「藤生氏におはらいでもされたんかなと思ったけど」


 そう言いつつ違うような気がした。

 藤生氏が『彼女たち』に好きにしたら、と言っていたから。消えるなり戻るなり仕返しなり――おはらいするつもりだったら『仕返し』って選択肢は出てこないと思う。

 案の定、藤生氏は首をふった。


「そんなめんどくさいことせえへん」

「めんどくさいの?」

「相手、たくさんやし、いちいち説得せなならん」


 そうなんですか?


「おれが勝手にみんな帰れ〜て決めても、なにその上から目線て感じで不満やろし、ムカつくやつに仕返ししたいんとか帰るん嫌なんもおるやろから、また倉庫に居残るかもしれん。そんなんいちいち考えるん、めんどくさいやん」


 ほんと、めんどくさいの嫌いだね。藤生氏は。

 ……マジメに話を整理しなおすと。つまり『彼女ら』の意志にまかせた、ということかな。

 扉が開いたら満足して消える人もいるだろうし、戻るってのはよう分からんけど、仕返しはしたけりゃ扉ふっとばすパワフルな呪で反撃したい人もいるかも。と考えると、ひとつに決められると不満だろうね。

 あとこれは想像だけど、『自分で決めていい』とはっきり言ってあげることに意味があったのかもしれないな。

 と私が考えてるところ、藤生氏が思いだしたようにたずねてきた。


「天宮さんはどうしたいんかなあ」

「どうって」

「あの人らと同じで、倉庫から出られたけど、あとはどうしたいんかなーと思って」


 どうしたい?

 特には、と口にしかけて思いとどまる。

 満足してる?

 仕返ししたい?


「べつに、出られたからええし」


 ほんとうに?


「仕返しとかって気もないし」

「ならええけど」


 藤生氏はサータアンダギーをつまむ。

 食後のおやつはサータアンダギー。これも久瀬センセイのご提案どおりだ。


「白河は笑顔で復讐誓ってた」

「復讐てなにを」

「それはおれの口からよう語らんわ」


 なんだそりゃ。

 とはいえ藤生氏、渋い顔。そんな表情をさせた久瀬くんの復讐とやらに恐怖した。


「それはええとして」

「ええの?」

「天宮さん的には今で満足か」

「というより、またやり返されるかもしれんし、まぁ七十五日も過ぎれば」

「なにその七十五て」

「ことわざ」


 藤生氏は淡々とお茶をすすると、つぶやく。


「なんか我慢してそ」


 そうでもないけど。

 と言いかけて、口をつぐんだ。

 かのんを安心させて。久瀬くんには、女子だけやからすぐあきるよ、と笑って軽口をたたいた。

 気にしてない。

 ……うそつけ。

 倉庫で思ったやん。


 ――なんでわたしばっかり?


 って。

 あの倉庫の片隅で泣いてた『彼女たち』に同調してた。閉じ込められた恐怖、自分ばっかりって不平。その気持ちに私も囚われ……。

 囚われた?

 いや。そんな受け身じゃなかったぞ。

 あのときあの場所で、私自身が思ったはずだ。

 気持ちは分かる。私も嫌な目にあってる。なにもしてないのに。どうしてこんなめにあうんだろう……。


「……正直な話、不平不満はあったかな」


 藤生氏は黙ってうなずいた。

 同感と思ってくれたか。はたまた単なるあいづちか。どちらかは分からない。

 ただ、正直な話――と切り出したからには私は話を続けねばならないだろう。

 実は考えや話したいこと、その整理が私の中でまったくついてない。そんなので話を続けると、単なるグチや悪口っぽくなりそうだ。けど、とりあえず思いつくことをことばにしてみる。


「なんていうのかな。報復とか仕返しとかのしかた、思いつかへんねん」

「やりかた分かればやってみたい?」


 私はうなだれた。

 否定せず無言。そうだ、と答えるようなものかもしれない。久瀬くんが私に言った暴言――病院送りにしてやりゃいいとか、そんなの――ひどいもんだけど、私もそれを否定はしなかった。

 同感だと思ったんだろうな。今考えると自分にへこむ。


「ええんちゃうの」


 さらっと藤生氏が言った。

 私が顔を上げると、彼はさらにサータアンダギーをつまんでいた。んまい、ともぐもぐ食べてる。藤生氏の『んまい』はお世辞に聞こえないから真に受けてしまう。まぁお世辞でもうれしいけどね。

 藤生氏も食欲旺盛な甘党らしい。

 ってのは置いといて。


「藤生氏やったらやりかえす?」

「逃げる」


 即答だ。

 魔物の上主さまとやらがそれでいいのかね。


「めんどくさいから?」

「おう」


 しかもどこまでも『めんどくさい』かどうかが絶対の基準かい。ゆるぎないところは立派だ。

 ということにしておこう。

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