06.依頼は丸投げで
「藤生くん『僕らを、いろんな意味で』助けてくれるかね」
久瀬くんの依頼はいわゆる丸投げだった。
対する藤生氏は不機嫌そうにそっぽを向いている。
拒否してる? 怒ってる?
私が声をかけあぐねていると、藤生氏はあらぬ方向に話しかけた。
「あんたもここ出るよな」
続いて、かちっと乾いたスイッチ音。藤生氏の手の中には懐中電灯があった。LEDライトが窓から差し込む光の届かない、体育倉庫のすみっこを照らす。
制服の女子が一人、座っていた。
うつむいていて顔は見えない。
胸の名札のラインの色が判別できた。緑色は二年生だ。
私への仕打ちに巻き込まれたんだろうか。申し訳ないことをしたな。
あと、怪しげな話を聞かれて、多少恥ずかしいとこ見られて、挙句のはてに藤生氏登場シーンも目撃されてる。これってマズいよね。とはいえ、この期におよんで言いつくろってもしょうがないし、ここはひとつナチュラルに接してみるか。
「私のせいでとんだとばっちり、ほんまゴメンね」
「……ぁなたのせぃ……」
彼女はうつむいたままか細い声で答える。
聞き覚えがある声だ。
「うん。どうも私、クラスの女子にからかわれてて。でも今から出られるようにするから」
「……出られる……わけ、ない……」
えらいネガティブな子やな。
「いや開けられるハズやから、大丈夫やって。あーえっと、あなたって、二年?」
「……三年五組」
「え、三年五組て」
それはうちのクラス。
だけど私、この子知らないんだけど。
彼女は小さく横に首をふり、延々とつぶやき続ける。
「……二年三組……二年一組……三年三組……一年……」
いろんな学年、いろんなクラス。
いったいどれが正解?
久瀬くんが藤生氏の背後から小声でたずねる。
「藤生くん、彼女て何年間閉じこめられとんの?」
「十年以上」
「マジ? 僕ら生まれてへんかも?」
「かも」
「そんだけ積年の憎悪やと人畜無害ではすまんのな」
「たとえば」
「……を、引きずりこみかけた」
「なるほど」
彼らはいったん切り上げると、たがいに距離をとった。
藤生氏は一歩、倉庫の奥へ。久瀬くんは三歩ほど後退し、私のほど近くへ。
会話の内容は理解不能だ。十年以上て。十時間以上の間違いじゃ。それでもすごいけど。
いや。彼らの会話は“ヒント”だ。
十年単位で体育倉庫で泣く彼女。ありえない。ありえると考えとしたら、彼女の正体は幽……。
「……こわい……くやしい、やめて……」
ぞくっと背中が冷たくなった。
少し前に私が思ったこと。そのままだ。
――なんで、わたしだけ?
そのことばが頭をもたげる。
「さ、開けよか」
と言って藤生氏が一歩、彼女に近づく。
すると彼女はその身を後に退いた。倉庫の闇の中へと身を沈めるように。
藤生氏が(どこから取り出したんだか)一輪挿しを差し出す。
「……やめて……やめて、やめて……」
「やめない」
「……こないで」
「断る」
「こ、来ないで、来ないで――来るなぁ!!」
天宮さん!
私の名前を叫んだのは久瀬くんだ。
彼が私にとびかかった。マットの上に倒れざま、とっさに受身の姿勢をとる。
すさまじい雷鳴がとどろいた。
いやこれは重く冷たい金属の衝撃音だ。鼓膜が破れんばかりの轟音に耳をおさた。つづいて地面が揺れ、身体が振動した。
それもつかの間のこと。
一転、静かになる。
頭上からの久瀬くんの「大丈夫みたい」との言葉に、私はおずおずと顔を上げた。
倉庫の中はずいぶん明るくなっていた。
それもそのはず。体育倉庫の扉が消えてなくなっていた。
正確にいうと、扉ははずれて数メートルほど外に吹っ飛んでいた。遠目にも扉の鉄板がボコボコに凹んでいるのがわかった。
この惨状、どう言い訳するん。
ここで藤生氏がひと言。
「開いたで」
「おぉ開いたよかったぁ。って、んなわけあるか! 藤生くんなにやらかすねん!」
「え、いろんな意味で助けようと」
久瀬くん藤生氏につめ寄り、藤生氏引き気味で言い訳の図であった。
がしかし、ちょっと待ったと久瀬くんをとどめた藤生氏、倉庫のすみに向かってしゃがみこんだ。
相対する彼女――その姿は消えかかっていた。
やっぱり彼女は幽霊さん?
藤生氏がゆっくりと話しかける。
「ほら見てみ。自分ら力合わせたら、自力で脱出できんねんで」
「……」
「もう縛るもんはないて、分かっとうよな」
「……うん……」
「消えるなり戻るなりムカつくやつに仕返しなり、好きにしたら」
彼女は小さくこくりとうなずくと、すうっと、消えてしまった。
まるで、虹がいつの間にか消えてなくなるように。
「ひどいめにあった生徒たちの強い残留思念ってとこ?」
久瀬くんが推測をぶつけた。
藤生氏は「おう」と答えて「よっこらしょ」とじじむさく立ち上がる。
「それも藤生くん『自分ら』て二人称複数形で呼びかけたよな。複数人の集合体やったと」
「うん」
「孤独な魂は呼び合うとはいうけど」
そうつぶやいた久瀬くん、倉庫の外へ出た。犠牲者が出たらどうする気やったんかね、とイヤミを言いながら周囲を見回している。藤生氏はそこは配慮したつもり、と反論する。
幸いなことに近くに人はいないようだ。
いや、今さら確かめてもだけど。
久瀬くんは鉄扉のレールの上に立った。数分前までは、かたく閉ざされた扉が存在していたところだ。
「にしても藤生くん、僕ら以外ともまともに話せるようになったんやな」
「元からしゃべれる」
「しばらくお会いせぬ間にご立派に。じいやはうれしゅうございますぞ」
「黙れエセじじい」
「ではエセじじいは職員室に出頭し、後始末してまいります。天宮さん、僕に代わって藤生くんに礼言っといて」
「え、はい」
思わず返事をしてしまった。
で、と久瀬くんは藤生氏にも有無を言わせぬ口調で告げる。
「藤生くんは天宮さんからサータアンダギーの礼を謹んで受けるように。いいね?」
「え、さーた、なに?」
明らかにこの流れと仕切り、久瀬くんの仕込み罠に違いなかった。
私は自宅の仕入れの状況を危惧しはじめた。材料あったかな。