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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Upon The Star
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05.まさか会えるとは

イジメがらみの描写を不快に感じる方は最後の十数行だけお読みください。逆にこんなのぬるいと思う方もいるかもしれませんが……

 下駄箱から上履きを取ろうとして、


「天宮さん」


 と呼ぶ廊下の久瀬くんに気をとられてると、靴から小さなものがいくつかこぼれ落ちた。

 横にいたかのんが小さく悲鳴。


「……なんじゃこれ」

「天宮さん。それは靴に画鋲では」

「はる、それマジヤバイって!」


 ひた隠しにしようと決めた修学旅行中の懸念材料。

 旅行後初登校した朝、ふたりにバレた。


 午前段階でデマは広まっていた。


 ・誰か久瀬君に告白してたのを邪魔して、横から盗ったんやって。

 ・同じ民宿で女子一人で磯釣りってぜんぶ狙ってやってたんよね。


 話に尾ひれがつき、しかも意図的に主語が省かれてるのがいやらしい。

 私、どんだけ陰謀家で悪女ですか。むしろそうなりたい。見合う容姿と頭脳つきで。

 あからさまに悪口もいわれはじめた。目立つカワイイ女子グループ中心というのもあって、女子の大半が流れに乗るまで時間はかからなかった。

 意図せず久瀬くん近辺を歩くと足をひっかけられもした。


 ――足ぬくとぅは、気つけて。


 首里城のおばあさんの言葉を思い出す。

 今ならピンとくる。足のことに気をつけてって、予言だったんだ。

 ちなみに組みひもはぞうりの鼻緒らしい。お母さんが教えてくれた。なんでそんなもんをと変な顔されたけど。

 足のこと――足引っかけられるのもそうだが、靴も気をつけなきゃ。靴入れ用エコバックを持参して、授業中は革靴入れ、帰りは上履きと体育館シューズを持って帰った。

 用心しすぎでもなんでもなく、せりちゃんが『靴刻んだろと思ってた』『用心深い子やな』って会話を3組で聞いたと教えてくれた。

 ……寒気がした。

 救いは男子が総スルーだったこと。

 そして、かのんが変わらず味方だったことだ。


「人のウワサも四十九日というし」

「それ忌明け法要やから」

「そんなら八十八夜?」


 さらに間違ってるし。立夏とか茶摘みだから。正解は七十五日だから。

 さておき、なぐさめはありがたかった。



  *  *  *



 修学旅行から一週間、夏日予想の晴れた日。

 ついにマンガみたいな展開に陥ってしまった。


 私がふりむいた時にはすでに遅かった。

 がらがらがらっ。

 扉が音をたてて閉まると即、ガチャガチャ、かちんと鍵がかかる。そして軽い女の子の笑い声がすると、バタバタと足音が遠ざかっていった。

 私は扉に体当たりよろしく何度もたたいてみた。反応はない。

 お約束すぎる。

 かたわらの体操用マットに座りこんだ。


「ここまでやるか」


 体育の授業の後片づけでこんな目にあうとは思わなかった。

 たしかに私が片付けていたのはソフトボールのベースだ。踏むものだ。『足』関係だ確かに。

 が、気づくかいなそんなん……。


「なんでこんな目に……はあ……」


 うわさも七十五日か。

 三ヶ月どころか一週間で精神的にまいりそうになっている。

 こうして一人暗くひんやりとした体育倉庫に閉じ込められ。そして誰も来ないまま行方不明となりやがて――みたいな展開を想像しかかった。

 いくらなんでもネガティブすぎる。

 最悪でも明日どこかの授業で倉庫は開けられるはず。なら最悪の事態は脱水症状。じっと動かないのが正解だろう。

 意外と冷静な自分に自画自賛。ふと、かすかな衣ずれの音が聞こえた。


「む」


 小さくつぶやいて耳をすます。

 確実に、だれかがいる。気配がする。

 耳を澄ます――くすん、くすんと、悲しげなすすり泣きがする。女子みたいだ。誰?

 同じく閉じ込められた子がいる?


「う!」


 苦しい。

 突然、のどが詰まった。のどが渇き、口の中が粘るようだ。ズシリ――と全身になにか背負わされたような感覚。足かせをつけられたように動かない。

 動くのはかろうじて、手だけ。


 ――なんで、わたしばっかり?

 なんでわたしだけ、こんなめにあうの。くやしい。かなしい。こわい。


 うん、わたしもそうおもう。

 意識が遠のく……。


「マジかぃ」


 ……聴き覚えのある声。


「まとめて閉じ込められてもたやん」

「久瀬くん!」

「やぁ天宮さん」


 そしてあらゆる拘束から解放されたみたく、私は『立ち上がれた』。

 ボールの山の奥から久瀬くん登場。


「どうして倉庫に」

「よい子の久瀬はいつも率先して後片付けしとぅでしょうが」


 そして最後まで片づけしてますね。なるほど。

 いつの間にか身体は軽くなっていた。私、閉所恐怖症にでもなってたのかな。

 彼は扉に近づいて耳をあてた。


「見張りはなしか」

「ゴメン巻きぞえ」


 私が立ち上がると、久瀬くんも立って歩みよってきた。


「状況的に声かけそこなってて今さらやけど、ごめんな。僕が調子乗りすぎたからやな」

「もしかして相当怒ってる?」

「もうぶち切れ。あいつら絶対シメる」

「久瀬くん、冷静に」


 久瀬くんは無言でマットに座って跳び箱にもたれかかった。

 暗くて見えにくいけど、窓から入るわずかな明るさで表情が読み取れた。いつものにこにこ笑顔はない。とりすましつつも憮然とした表情。教室では見ない顔……どことなく藤生氏に似ている気がした。

 私もマットの上で再び体育すわり。


「誤解って男子は思ってくれてるでしょ。女子がノリでやってるだけで、そのうちあきてやめるよ」

「ガキ相手に無抵抗主義はつけあがるだけや」

「無抵抗やないよ。一度、柔道わざ返しちゃってる」


 一瞬の間をおいて、久瀬くんはおなか抱えて笑いだした。

 その言がまたひどい。「天宮さん最高」の賛辞はいいとして、言うにこと欠いて「一人か二人は病院送りにすりゃよかった」「そこは柔道やなくて正拳突きをみまうべき」「僕も寝技受けたい」。

 彼に告白せんとする乙女諸姉は一度認識を改めるべきだ。


 さておき、ネタ発言が出るくらいなら怒りもおさまったことだろう。

 待つしかない今、あの件を話してみた。そう、時代行列と『足』に注意の件だ。

 ひとしきり話を聞いた久瀬くん、すぐに解を導き出した。


「そのおばあさんは『ユタ』やと思う」

「ユタ?」

「青森の恐山の『イタコ』って知っとう? あれに近い。お告げや占いでスピリチュアル・カウンセリングを行う霊能者」

「あれっておばあさんからのお告げなん?」

「『足のこと』はユタばあさんのお告げやないな。この世ならざる存在がきみに直接干渉し、琉球王朝の司祭である『ノロ』の行列に擬して告げたものやと思う」


 ノロぬお告げ――確かそう言ってた。

 なんでノロウイルス登場やろかと意味不明で口にしなかった単語『ノロ』が、久瀬くんの解釈で登場したことに驚いた。やっぱりすごいなこの人。


「おばあさんは分かってない天宮さんに『お告げ』やって教えてくれたんちゃうかな。そして」

「そして?」

「やすやすときみが干渉された原因。それを事態の打開に利用をば」


 久瀬くんが立ち上がって、目の前に立ち。

 私の両手首をきゅっとつかむ。両手を封じられ……。


「あのその、顔が、非常に近いんですが」

「体育倉庫といえばそういう場所やんか」


 どういう場所。ってツッコミいれてる場合か。

 意外と久瀬くんは握力がある。体育座りからでは腕の自由が利かないと、体勢が整えにくい。つまり動きは封じられたも同然だ。


「ウワサ以上に事実を進めるんはどうかとも考えてみた」

「……考えるだけにとどめませんか」

「さみしすぎる速攻レスありがとう」


 彼は私の左腕を強引にひきよせて、手首に顔をよせた。

 手の甲だったら紳士淑女のあいさつ。手首だとなまめかしい……。

 彼は微かな低い声でつぶやく――我が盟約に応じよ。


 え。


 突然、まばゆい光が、久瀬くんがもたれていた跳び箱から放たれた。

 光の中に見たシルエットはやがて確かな輪郭をえがく。収束してゆく光の束が人のかたちをとるようにも見えた。

 わずかな残光をまとう彼、その表情は憮然としてた。


「やあ元気? 藤生君」

「最悪や。白河しばく」


 まさかこんな場面で遭……じゃなくて会えるとは。

 だけど感動よりも懐かしさよりも先に、雰囲気が険悪すぎるわ。

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