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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Upon The Star
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04.これって修羅場かも

難解なせりふがありますが、そういうものとスルーしてください。

 午後で伊江島での滞在は終了。

 港では『涙そうそう』をうたいながらのお別れになった。

 これが唄力(うたぢから)なのかな。たった一泊だけど涙腺がゆるんだ。

 出航の汽笛が鳴る。


「また帰ってくるよ」


 船が島から離れ、島のおとぅ・おかぁたちはだんだん小さくなっていっても、手をふり続けてくれた。私たちもデッキに立ち、見えなくなるまで手をふり返したのだった。


 本島では知念のホテルにもう一泊。

 夜ミーティングに集まり、互いの話をしあうことになった。

 自転車で島を回った、船に乗せてもらった、焼き物……ラインナップは知ってたけど、いざ体験談を聞くとおもしろかった。

 私たちがいた民宿の人は、はいむるぶしや流れ星について話す人が多かった。

 私は流れ星は見られなかったけど、幾多の星に感激したには違いない。苅野でも星は見えると言われて、うまく思ったことを語れないのがもどかしかった。

 ひとしきり話がもりあがったところで、


「天宮さん。ちょっとええ?」


 別の部屋の女の子から声をかけられた。

 いやな予感。

 まさか告られ……気分は悪くはないが、よくもない。藤生氏の顔を思いだすとなお、浮かれた気になれなかった。

 そう考えると、鹿嶋くんや久瀬くんに「もったいない」と言ったのは、適切じゃなかったな。あとで謝らなきゃ。


 さて、やって来たのは別のファミリールーム。

 うちの学校の生徒のどこかのグループの部屋だろう。

 よくわからず足を踏み入れた、その和洋室の主たち=女子五人のメンツを見て、私は凍りついた。

 浅賀さんとそのご学友だ。


「天宮さん、久瀬君と付き合ってんの?」


 開口一番これ。しかも上から目線。


「友だちづきあいやけど」


 この正直回答に、ふざけんといてと彼女たちはいきり立った。

 これって修羅場かも。ひぇー、怖い。


「ユイ見てさっき、一瞬固まらんかった?」

「ユイが久瀬君に告ったの知っとんのよね」

「なのに島で二人仲良く見せ付けてたとか性格悪すぎ」


 つまりこういうこと。

 午前中の伊江島で、浅賀ユイさんとその学友たちは船に乗っていた。その船上から磯釣りグループが見えたのだ。

 したがって、色恋沙汰とおみやげ相談、そしてあの馬鹿げた、久瀬くん練習台となるの図。しっかりばっちり見ていたらしい。

 長時間の観察ご苦労さま……。


「ユイに謝ってよ」

「そうよ謝ってよ」

「気分を害したのは申し訳ないです」

「なら今後久瀬君に近づかんといて」


 アホか。

 思っても極力、社会的に耐えうる表現に改める。


「それは無理な相談やわ」

「はぁ?!」

「大事やことやからも一度言うけど、久瀬くん鹿嶋くんとは友だちやから、ふつうに会話するし、相談ごともふつうに話する。そやから無理」

「なんなのこの子」

「最悪!」


 ついにご学友たちがキレてつかみかかってきた。

 幸いにも宿泊部屋の一室、ふとんが敷いてある。

 若干の心得を頼りに、奥えりをつかんで外から足を刈って、一人めをゆるやかに倒した。次に別の子に背後から襲われるのを、その子の腕をはさみ抱えて身を反転させて、逃れた。

 大外刈りと巻き込み後ろ袈裟(けさ)

 想像以上にキレイに決まってびっくりだが、自画自賛する間もなく立ち上がって、


「暴力反対っ」


 と捨て台詞吐いて、私はトンズラこいたのだった。


 逃げるの、悪いって認めるの、だのと金切り声が聞こえたけど。

 知らんわい!

 ああ、逃げたさ!

 でも譲歩もしてない。


 ――相互扶助てとこ。天宮さんを応援するのも。


 久瀬くんが私を助けてくれる。私も彼を助ける。それが相互扶助だ。

 彼女たちの言い分は認めるわけにはいかない。認めたら、久瀬くんと彼が好きだという子、その二人がうまくいったとき、見知らぬ彼女が理不尽な攻撃にさらされかねない。一度やると調子にのるやろと。


 さすがに精神的にキツくて。

 なにくわぬ顔で部屋に戻るも、はた目にはそう見えなかったようだ。

 かのんが心配そうに声をかけてきた。


「はる、どうしたん」

「疲れたみたい。先に寝るわ」


 顔を見せないよう、隅っこの布団にもぐりこむのが精一杯だった。



  *  *  *



 四日目。

 青空の下、那覇の公設市場と首里城を見学した。

 守礼の門をくぐって階段をのぼりきると、朱に彩られた首里城は光って見えた。

 明るすぎて負けそうになる。頭が痛い。偏頭痛だろうか。

 首里城の中は私たち修学旅行生や観光客でにぎわっていた。うるさい中で歴史について説明を受けるんだが、頭に入らない。

 少し後ろに離れて、楼間から外を眺めた。

 高台に立つ城は那覇市内が一望できて、眺めがいい。


 漠然とした不安が去らない。

 かのんを巻きこみたくない。久瀬くんにも相談しにくい。

 どうしたら……。

 脈打つごとに痛むこめかみを両手でおさえ、目を閉じた。


「いらにぃー、いらにぃー」


 なんだ?

 いつの間にか周囲が静かになり、かわりになに言ってるか分からないことばが聞こえてくる。

 手を下ろして目を開く。

 鮮やかないろいろな色が視界に飛びこんできた。


「うしゅがなしぃめーが、おとーいんどぉ」


 整然とした意味不明に華麗な行列が、守礼門の方から歩んでくる。

 黄色い衣のおばさんたち六人の列の後に、人が乗ってるらしき黒い駕篭(かご)が通った。時代劇で見かけるみたいな。小さな花の模様の衣をつけた女の人の列、さわやかな水色の衣を着た女の人が列、とこれもそれぞれ六人ほど。

 コスプレ、というより時代行列の琉球王国版?

 今日イベント日?


(違うなぁ。なんか違和感)


 これだけの規模なら、実行委員会スタッフとか報道のカメラとかもたくさんいそうなもの。それが一切いない。遠景にビルがない。

 目を疑って、目をこする。

 さらに気づいたのは……私は城の上にいたはず。なのに今、私は一階にいる。御差床(うさすか)っていう、いわゆる玉座前。

 時代行列に臨場感があってラッキー。

 じゃなくて。

 行列がとまった。駕篭がゆっくり地面に降ろされる。駕篭からは真っ白な布に身を包み、頭や首に玉飾りをした人が出てきた。顔は見えない。その人、単独でこちらに歩んでくる。


「うぇんむーさぎーぃ」


 近づいてきてようやく分かった。きれいな女の人。

 その彼女が両手で私に差し出す。

 ベルベットのようにつややかな、黒くて太くて短いひも。


「はるこ!」

「えっ!」


 城の前庭から一瞬で行列が消えた。

 じゃなく、城の前庭にはばらばらと観光客が歩いている。もとの光景だ。


「あ……」


 ことばを失う。

 私のすぐ横にはかのんがいた。また心配そうな顔をしている。


「体調悪いんちゃうの」

「大丈夫。うん」


 あの時代行列は私だけが見た幻。

 ただビジュアル的に克明すぎた。夢ではない、ふしぎ現象。

 藤生氏がおらずして遭遇するとは、半信半疑だし、それにあの幻の意味がぜんぜん分からない。そもそも意味があるのかも。

 手には例のひもがあった。ベルベットじゃない、たぶんシルクを組紐(くみひも)みたいにしたものだ。受け取ったっけ?

 久瀬くんに相談していいのかな。


「あんしー汗かいてー」


 背後からおばあさんらしき人がハンカチを差し出してくれた。

 私はハンカチより先に、手を額にあてた。

 確かに……手がじっとりと濡れた。暑くもないのに。冷や汗だろうか。


「ねぇねぇうぇーか、うちなーんちゅなー」


 たぶん『ウチナーンチュ』=沖縄のひと、って聞かれてるんだよね?

 天宮家は父方は神戸、母方は静岡の人だから答えは『いいえ』。

 と、おばあさんは不思議そうな顔してから、手の中の黒い組紐を指差し、くしゃっとした笑みを見せてくれた。


「鼻緒はノロぬお告げ、足ぬくとぅは、気つけて」

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