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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Divide By Zero
26/168

Ref No.01

 暗い部屋の中。

 一人の少女がたたずんでいた。

 床には円陣。その中には六芒星が描かれている。そして、中央には供物なのだろうか、生命感のない蛙が紅くどす黒い液にまみれ、その身を沈めていた。

 少女はただ立っていたのではない。

 無限に続くとも思えるような呟きが彼女の口から漏れる。掠れがちなその声は、地を這うように闇に溶け、時として闇を切り裂かんばかりに高みにと昇華していった。

 その姿は古代の巫女を彷彿とさせる。

 闇は、彼女のために有った。



  *  *  *



 携帯から、勇ましい音楽が奏でられる。右目の動きが止まる。


「上主様、音楽お変えになったのですね」

 右目はのんきそうに言った。彼は、のしに『未決済』と墨書された紙の束を抱えている。ペーパレス化が執務上での課題だが、このお話には関係がない。


「この曲、思わずダウンロードしてもてん」


 藤生氏は少しはにかんで答えるとすぐ、もしもし、と応答していた。

 ううむ、聞いたことあるような無いような。と、右目は光の速さで書類に目を通しながら考えている。


(確かに、曲調は覚えがあるのですが)


 右目は知恵を司る者だけに、自分の知らぬものへの好奇心は強い。


「ああ……わかった」


 藤生氏は忌々しそうに電話を切った。


「どうかなさりましたか」


 右目は首をかしげた。


「召還された」

「……え?」

「人間からの魔法陣呼び出しで、呼び出しの際の呪の波動と『魔のもの人事データベース』とのマッチングの結果、おれがヒットしてもうたんやそーな」

「信じられない! 魔王クラスを呼び出すなどとは前代未聞……なんたる呪の持ち主か! 過去数百年はなかったことですぞ!」


 右目はもろ手を上げ叫んだ。どれだけ異例であるかを強調しながら。


「おれ庶民やし」

「いえ、そういうことではなく」


 右目のツッコミも意に介さず、藤生氏は語気を改め真面目ぶって述べる。


「召還されるのも上級魔の仕事のひとつだ。魔王自ら体験するのも悪くあるまいて」

「それもそうですね」


 本心は仕事をサボりたいだけとは、右目は先刻承知である。

 だが、遊びたい盛りの少年が強引に主張するへ理屈を、むやみに崩してかかるのはあまりに無情というものだろう。

 右目は大人だった。


「では、お気をつけていってらっしゃいませ」


 藤生氏は右目の言葉を聞くと、蜃気楼のゆらめきのように姿を隠していった。

 ただ、少しばつの悪い表情を漂わせながら、だったが。



  *  *  *




 藤生氏が姿を現した場所は、暗い部屋だった。厚い黒いカーテンが閉じらているが、微かにカーテンと壁面の間から光が漏れる。

 眼が慣れてくると、藤生氏はそこが学校の視聴覚室ぽい場所だと気づく。 対峙しているのは紺のセーターにひざ上十センチスカートの制服を身につけた少女。顔は可ならず不可ならずといった、ごくごく平凡な印象だ。


「ちわっす」


 少女は、突然現れた、だるそ〜な態度の少年に不審の目を向ける。


「なに? あんた」

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃーん」


 無限なる魔法の技で、少年はハク○ョン大魔王のコスプレに早変わりする。ご丁寧にヒゲがついているのがご愛敬。

 ただ、大胆なビール腹までまねする勇気はなかったらしく、結局あまり似ていなかった。


「やっぱ……解剖実習の蛙じゃ、悪魔召還なんてうまくいかないのね」

「待たんかコラ」


 尊厳を傷つけられ、普段のシャツにワークズボンのスタイルに戻る藤生氏。


「いちお、結構魔力とかいけてるんやぞ、俺」

「がんばったのに、なんかヤバイ子が出てきて、もー信じらんないっ!」


(聞いてねえな、こいつ)


 ため息をつきつつも、藤生氏は賢明である。

 とりあえず、さっさと依頼を聞くことが先決だ。と思考を切り替える。


「とにかく姐さん? 呼び出されたからにはできることはするわ。願いはなんやのん」


 少女はじっと藤生氏を見返した――案外、見てくれイケメンじゃない?

 少女の思考が読みとれる。藤生氏、ちょっと照れる。


「さっき、魔力とか、いけてるって、言ったわよね」

「おう」

「私、彼氏ほしいの」


 藤生氏の息が止まった。

 少女は、真剣な眼差しを寄せる。


「んなことでいちいち魔人召還すんなや!」

「だって彼氏いない歴一五年なのよ!」

「おれも彼女いない歴一五年や! ケンカ売っとんのか!」


 藤生氏、逆ギレである。


「じゃ、ちょうどいいわよねえ」


 なにがや! と藤生氏が叫ぶ前に、彼女はかるーく言ってのけた。


「結婚して」

「あ゛?」


 藤生氏の脳みそはその言葉の理解を拒絶した。


「出会いの演出センスは最悪だけど顔とか見た目はジャ○系だし、魔力もいけるとか言ってるし……自己申告だけど同い年っぽいし、これって運命じゃない?」

「運命ちゃうゆーに」

「魂、あなたに一生捧げるわよ」

「ううむ」


 自分を呼び出すほどの「呪」の使い手の魂、というのは、結構食指が伸びる。さりとて、その代償は少々ヤバイ。

 一世代前の上主であれば、適当に結婚でもして味見して、魂をいただくくらいはしたかもしれない。だが藤生皆は、ひねくれてはいるが案外、純真な少年である。


「自分、よく暴走気味とか言われんか?」

「そんなことないわ」

「でもちょっと、結婚っつーのは」

「呼び出した人間のいうこと聞いてくれるんじゃないの?」

「だ、だけど……やっぱできんわ」

「なんでっ!?」


 藤生氏は心中、引きまくっているのだが、さりとて良策は思い浮かばず。


(ううっ、しゃあねえの)


 彼は最強のカードを切った。


「俺、好きな女おる」


 沈黙(藤生氏自身はかなり長く感じたらしい)。そのあと。


「がびーん」


 彼女は自ら効果音をつけつつ、ひざから崩れていった。


  *  *  *


「で、結局どうされたのです」


 最終的には依頼は果たされなければならない。召還者が「もういい」といっても通用しないのだ。このへん強引なシステムである。藤生氏はこんな面倒なシステムは絶対に再構築してやる、と決意したのだが……それはまだ心に秘していた。

 藤生氏は書類に目を通しつつ、かったるそうに答える。「結局は、あやつの究極のタイプを探し出して赤い糸を紡ぎ直したったと。んで、数日後偶然出会ったようにシチュエーション仕組んどいて何度かチャンス作って、あとは自然に任せた。あとは、もつれようが切れようが知らん」


(親切なんだか無責任なんだか)


 と右目は思ったが口には出さない。


「ところで上主様。その着メロ、なんという曲なのですか?」

「デビルマンのテーマ」


 右目は深くため息をつく。


「なんでそこでため息になるかな」


 右目は黙々と手元の資料を調査している。


「確かにオチもなんもないけどや」


 藤生氏のいつになく饒舌な言い訳は、しばらく続いた。

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