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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
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24/168

05.4月7日(木)

宛先:Kai_Fujio

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件名:Re:依頼


よろしく頼まれても僕にはなにもできないと思う。

僕は、自分のことしか考えられない。

ただ、天宮さんには伝えておくことには賛成だ。

・・・こんなことに巻き込んだって、今度こそ怒りそうやな。


このレスが読まれることは無いかもしれないけれど。一応。



  *  *  *



 藤生君を『復活』させることが役目だとしよう。その役目を遂行することは、サナリの意志に反した行動であるらしかった。

 実際、真っ当なことならそれを邪魔するサナリに非があるはずだ。しかし現実は、正しい筋道だけで動くものではない。今、契約は生きていて、役目は今のみに限らず、遠い未来に果たせばよいものだ。

 彼の静かな怒りが肌に伝わってくる。


「その事実は、契約上の私のきみに対する権利にいささかの変わりもないのですがね」


 サナリが発した冷ややかな宣言の直後、ひざが崩れた。

 重い。見えない重石を乗せられたみたいだ。耐えかねてひざを屈し、地に手をついた。回りが黒い霧のカーテンで覆われる、何が起こっているのか、わけがわからない。

 パニックになるな、と自分に言い聞かせる。

 身がきしみ、鋭い痛みが全身を襲った。(むち)で叩かれているようだ。これはしつけられているのか。さながら、サナリはサーカスの団長で、俺は芸を忘れた犬か。

 意識が、遠のく……。

 亡者の嘆きか現世の邪念か、喚び声が体を包む。

 辺土の重労働を訴える声。

 去っていった女に復讐を誓う男。

 そして、よく知っている声。


「そんなことで、全てを手に入れることが出来るのか!」


 もう役目は果たしている。

 親父は金も名誉も手に入れたし、あとはサナリに従えばいいだけのこと。


「ぜんぶわかったような目で……気持ち悪い……こっち見ないでよ!」


 サナリに従っていればいい。

 それ以外に、必要とはされていない。

 サナリが俺を消すべきとするなら従わねばならない……思い残すこともない、ここで死んだところで、家族は悲しまない。厄介な子供がいなくなって、かえってほっとするやろう。目立たんよう生きてきたから、クラスでもそんなに顧みられることもない。

 あ、鹿嶋はギターパートが減ったて残念がるかも?

 でも……それも基本的観測……。

 受験のライバルが減ったと喜ぶのが関の山。


「そんなことない!」


 天宮?

 なぜ、そんなことがわかる?

 天宮は、今までに自分の存在を疑ったことはないんか?

 ただ、存在するだけの自分。存在を認められたときでさえ、リビングを飛び交う蝿のように追い払われる。家を出てひとりになる。それがむしろ、つかの間の幸せ。ただ藤生君の感情とやらのために、しかもひとりの男と魔人の打算だけを拠にして、いまここにいる。

 なんなんだ。ここにいる意義って。

 いまや、自分が存在する必要などないじゃないか?

 誰ひとり必要としない以上は。


「……なぜ?」


 なぜ、サナリの思惑どおりになってしまってるの?

 いつも冷静だし、自分の考えはっきり話して見事に断るよね?

 それがいまはなぜ?


 氷壁が鋭い音をたてた。サナリの手が当たる場所から放射状に亀裂が走る。

 サナリの行く手を阻む氷壁が割れた。


 なぜ――ああそうだ、気づいた。

 サナリに今ほど利用されていたことはないな。

 それに俺は、やつを裏切るのだと、従わないのだと、決めたはずだろ。

 風が崩れかけた氷壁の間を駆け抜ける。黒い闇の拘束を無理やり振り切って、動いた。


「久瀬くん! 久瀬くん!」


 気がつくと天宮が俺の体に覆い被さろうとしている。なんだこのシチュエーションは。

 ああそうか。天宮、無事だったんだな。


「藤生くん、頼む」


 ただただ、声を出すのが精一杯だった。

 本当は笑顔を見せたかったのだ。愛想じゃない笑顔を。

 彼女をサナリの風の攻撃からかばえたことが、俺はとても嬉しかったんだ。


 ぜひそれ、彼女に伝えたかったんだけど……。

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