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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
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22/168

03.3月25日(月)

宛先:白河たかなり

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件名:お伝えしておきました


苅野の家に帰ってくることについては、母に伝えてあります。

前回のご連絡通り、僕は家を出ておきます。


以上



  *   *   *



 五弦のアコースティック・ギター。

 自分のギター・スキルは、五弦を生かした細やかな旋律を出せるほどではない。時々、音が絡む。寒さのせいやろか。

 東谷公園。少なくとも俺の周りには人っ子一人いない。

 身を切るような寒風が頬をかすめてゆく……。


「白河くん、なにしてるん」


 突然の声に驚いて顔を上げた。

 さきほどまで通行人もいなかった。なのにどうしてかくも運悪く天宮はるこに出会うんや!

 泡喰いながらもいつもの愛想笑いを……なんとか準備した。


「ちょいと遊んでるの」

「ひとりギター片手に?」

「孤独と旅を愛する漂白の吟遊詩人ごっこ中」

「スナ○キンかい」

「なんだいムー○ン」

「だれがじゃ」

「まあ、そういうわけでギターの練習中」


 だからどっか行け。

 愛想笑いで邪険にされれば機嫌も悪くなろう。案の定、天宮はるこは眉間にしわを寄せて怒った。たいへん分かりやすくてよい。ついでに、そのまま腹を立てて立ち去ってくれればなおよい。

 ギターに目線を戻してそう祈ったのだが。

 あ、と女の子らしい細く高い声に続いて、質問が飛んだ。


「でもどうしたん。なんか追い詰められてますって感じ」


 手が、こわばった。

 この俺の態度からどうしてそんな結論が導きだされるんだ。しかも正解を。おかしいやろ。

 藤生君から聞いたのかと思ったが、まったくの勘らしい。これには驚いたが、その外れた予想をした自分にも驚き直した。

 藤生君が他人のことをネタに話す――藤生君に限ってありえないその状況を、彼女相手なら十分にありえると、ごく自然に想定してしまった。

 話してもいいのかもしれない。

 ふと思った。反応を見たくなった。この脳天気かつ首突っ込みたがりなクラスメートの反応を。


「緊急避難?」


 軌道修正はできそうにない。


「今、家がごたついとって」

「なに? 事件? 事故? 非常事態?」

「いやいや、親父が帰ってきただけ」

「そいで緊急避難って、お父さん暴力ふるうとか!」


 さんざん脱線したあげく、彼女は神妙になって俺の話を聞いていた。

 この子でもこんな顔をするのか。


「親父と顔あわせんのが、ちょっとね。親父が寝るまでのがまんです」


 なぜか誤魔化しなく答えてしまう。

 どれだけ表情を崩さず淡々と語るか。そこに力を注ぐ。


「がまん……おじさんが嫌いなん?」

「親父がおれを、嫌いやねん」


 なぜだろうか。俺の中で警鐘が鳴る。淡々と語る冷静さが失われてゆく。取り繕うことができない。これ以上この話題が続いたら、本気で感情を吐きだしそうだ。

 自分で話そうと思ったというのに、矛盾している……。

 終わってくれ、頼む。


「でも、こんなとこずっといてると風邪ひくよ。しばらくうちでも来る? いいお茶入荷してん」


 終わってくれた。

 肩の力が抜ける。

 ……お茶か。呼ばれよかな?

 お茶ていうたら、藤生君、中国茶の銘柄覚えさせられたって語っとったな。巻き添えはごめんだ。それに、天宮はるこの家に行くなんて、藤生君に悪い。


「他人ん家あがると長居してまうからなあ」

「ヒマくない? 少しつきあうよ」 藤生君が手なずけられたのが分かる気がした。オトコマエな性格をしてるが、意外と気遣うところもある。

 ……ひとりでいるつもりだった、時間。

 不意に天宮はるこが現れて正直扱いかねている。時間そのものも、彼女自身も。


「ヒマくない? 少しつきあうよ」


 この言葉は正直言って救いだった。

 時間を押し流すために、ギターに手を伸ばし、弾き語る。

 『CHANGE THE WORLD』、エリック・クラプトンのナンバー。

 ゆるやかに音が流れる。目を伏せても指は動く。何度も繰り返し見たライブDVDの、彼の息遣いまで全身で覚えている。


 こうしながらいつも自分に疑問を投げかけている。

 なにかを変えたいんだろうか。

 自分に問いかけながらメロディを進める。

 そして、なんとなく思うのだ。時間を、現状を止めているのは、自分じゃないのだろうか、と。

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