03.3月25日(月)
宛先:白河たかなり
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件名:お伝えしておきました
苅野の家に帰ってくることについては、母に伝えてあります。
前回のご連絡通り、僕は家を出ておきます。
以上
* * *
五弦のアコースティック・ギター。
自分のギター・スキルは、五弦を生かした細やかな旋律を出せるほどではない。時々、音が絡む。寒さのせいやろか。
東谷公園。少なくとも俺の周りには人っ子一人いない。
身を切るような寒風が頬をかすめてゆく……。
「白河くん、なにしてるん」
突然の声に驚いて顔を上げた。
さきほどまで通行人もいなかった。なのにどうしてかくも運悪く天宮はるこに出会うんや!
泡喰いながらもいつもの愛想笑いを……なんとか準備した。
「ちょいと遊んでるの」
「ひとりギター片手に?」
「孤独と旅を愛する漂白の吟遊詩人ごっこ中」
「スナ○キンかい」
「なんだいムー○ン」
「だれがじゃ」
「まあ、そういうわけでギターの練習中」
だからどっか行け。
愛想笑いで邪険にされれば機嫌も悪くなろう。案の定、天宮はるこは眉間にしわを寄せて怒った。たいへん分かりやすくてよい。ついでに、そのまま腹を立てて立ち去ってくれればなおよい。
ギターに目線を戻してそう祈ったのだが。
あ、と女の子らしい細く高い声に続いて、質問が飛んだ。
「でもどうしたん。なんか追い詰められてますって感じ」
手が、こわばった。
この俺の態度からどうしてそんな結論が導きだされるんだ。しかも正解を。おかしいやろ。
藤生君から聞いたのかと思ったが、まったくの勘らしい。これには驚いたが、その外れた予想をした自分にも驚き直した。
藤生君が他人のことをネタに話す――藤生君に限ってありえないその状況を、彼女相手なら十分にありえると、ごく自然に想定してしまった。
話してもいいのかもしれない。
ふと思った。反応を見たくなった。この脳天気かつ首突っ込みたがりなクラスメートの反応を。
「緊急避難?」
軌道修正はできそうにない。
「今、家がごたついとって」
「なに? 事件? 事故? 非常事態?」
「いやいや、親父が帰ってきただけ」
「そいで緊急避難って、お父さん暴力ふるうとか!」
さんざん脱線したあげく、彼女は神妙になって俺の話を聞いていた。
この子でもこんな顔をするのか。
「親父と顔あわせんのが、ちょっとね。親父が寝るまでのがまんです」
なぜか誤魔化しなく答えてしまう。
どれだけ表情を崩さず淡々と語るか。そこに力を注ぐ。
「がまん……おじさんが嫌いなん?」
「親父がおれを、嫌いやねん」
なぜだろうか。俺の中で警鐘が鳴る。淡々と語る冷静さが失われてゆく。取り繕うことができない。これ以上この話題が続いたら、本気で感情を吐きだしそうだ。
自分で話そうと思ったというのに、矛盾している……。
終わってくれ、頼む。
「でも、こんなとこずっといてると風邪ひくよ。しばらくうちでも来る? いいお茶入荷してん」
終わってくれた。
肩の力が抜ける。
……お茶か。呼ばれよかな?
お茶ていうたら、藤生君、中国茶の銘柄覚えさせられたって語っとったな。巻き添えはごめんだ。それに、天宮はるこの家に行くなんて、藤生君に悪い。
「他人ん家あがると長居してまうからなあ」
「ヒマくない? 少しつきあうよ」 藤生君が手なずけられたのが分かる気がした。オトコマエな性格をしてるが、意外と気遣うところもある。
……ひとりでいるつもりだった、時間。
不意に天宮はるこが現れて正直扱いかねている。時間そのものも、彼女自身も。
「ヒマくない? 少しつきあうよ」
この言葉は正直言って救いだった。
時間を押し流すために、ギターに手を伸ばし、弾き語る。
『CHANGE THE WORLD』、エリック・クラプトンのナンバー。
ゆるやかに音が流れる。目を伏せても指は動く。何度も繰り返し見たライブDVDの、彼の息遣いまで全身で覚えている。
こうしながらいつも自分に疑問を投げかけている。
なにかを変えたいんだろうか。
自分に問いかけながらメロディを進める。
そして、なんとなく思うのだ。時間を、現状を止めているのは、自分じゃないのだろうか、と。