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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Magi Farm
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02.魔法の花瓶

 私は市街地のどまんなか、高台にそびえる高層マンションに住んでいた。

 部屋からは眺めがよくて苅野(かりの)市内が見渡せる。

 屋上からの眺めはそれはたいしたもんだろう。


「苅野ランドマークタワーとか言ってお金とってもええんちゃう?」


 と我が家では冗談半分に言っているくらいだ。ただ、お父さんはせっかくオートロックのマンションなのに、住人以外を立ち入らせたらセキュリティに問題がでるじゃないか、とまじめ顔で反論してた。

 その屋上は、なぜか立ち入り禁止で、小さな扉に鍵がかかっている。

 私はもったいないなあ、と思っていた。


 ところがある日、鍵がはずされていた。

 入っていいよというわけじゃなく、だれかが鍵を開けて入った、といった具合だった。

 ちょっと気持ち悪いと思ったが、好奇心の方が強かった。

 私はそっと、入っていった。

 夕焼け空の下、だれかがこちらに背中を向け、座っている。

 少年。

 中学生?

 見知った顔だった。

 私は近寄った。


「藤生くん?」


 当たりだ。

 彼は振り返った。いかにも不機嫌な顔をしていた。

 どうせ覚えちゃいないだろう。先に名乗りをあげた。


「今度転校してきた、同級生の、天宮」


 藤生氏は、座っていた。

 彼の正面には小さくて細長い花瓶が置いてある。花瓶は陶器でできていて、中にはなにも入っていないように見えた。

 花瓶に禅問答? そんな雰囲気だった。


「なにやっとんの?」


 当然ながら、彼は答えない。


「こんなところ入りこんどったって、バラす」

「あんたもここに入って来とうやろ」

「私はここの住民やから不審人物に退去を勧告すんのはおかしないもん」


 まずもってオートロックのこのマンションに入り込んでるのが疑問だ。言うまでもないが、藤生氏はここの住民ではない。


「さあて、なにしとったん?」

「壷に呪をあつめてる」

「じゅ? なにそれ」

「もう、ええやろ」


 あからさまに嫌そうな声で、藤生氏は言い捨てた。


「ええことない。私にわかるように言葉を尽くしてもらいたいもんだね、でないと」

「このなかにたまった呪をネタに魔法を使う」

「魔法?」


 私は不思議なことに、この奇怪な内容を本気にした。

 ふつう、絶対とぼけられてると思うはずだ。けれども、この藤生氏が言うとなぜか納得した。


「魔法かぁ。ちょいとばかし使ってみて、ねえ」


 彼は無視した。


「バラす」


 なにも言わず彼は壷を手にして立ち上がった。『マジうざい』と顔に書いてあるが、知ったことかい。彼は目をつぶった。

 ……しばらくして。

 突如として横殴りの強い風が駆け抜けた。

 一瞬、ふっとばされるかと思うくらいだった。

 少しの間、私は風の行方を追って放心していた。

 そして、髪がばさばさになっていることに気づき、あわてて頭をなでた。

 藤生氏は、また、元通り腰を下ろして花瓶と向かい合った。

 私は、なんてうさんくさくてすごい奴だ、と妙に感心していた。



  * * *



 それからというもの、何度となく藤生氏をこの屋上で目撃した。やっぱり花瓶と対面に座り、じっとしていた。

 そして私は彼の邪魔をする。

 絶え間ない攻撃の結果、彼から非常にファンタジーな話を聞き出すことに成功した。

 彼の家族は母親がひとり。片親でずっと育ってきた。その母親が、彼が小学校五年生のころ言ったという。


「あんたは悪魔の子供なんよ」


 小学生藤生氏は『なに冗談いってんだこのおかん』と思っていたそうな。

 しかし、転機が訪れる。

 小学校の卒業式。帰りに知らないお兄さんに呼び止められた。

 ビジュアル系のお兄さんで、顔もびっくりするほどかっこよかったらしい。お兄さんは藤生氏に聞いた。


(かい)、魔法使えないのか?」


 皆とは藤生氏の名前である。

 理解不能な問いかけをする彼に、藤生氏は、こいつ頭いかれてんじゃないの? と思ったらしい。

 それでも、ネタ半分に話を聞いてみると内容に破綻がない。母親の知りあいみたいだし、父親のことも知っているそぶりだった。


「おれが魔法を教えてやろうか?」


 小学生藤生氏はその誘いに乗った。

 母親の冗談じみた言葉に、突如として現れた魔法使いの美形師匠。そして、謎の父親の存在。これが彼をあやしげな世界に引き込み、魔法というものの存在を知り、のめりこむきっかけとなったのだ。

 こうして呪を集めていれば、いずれ父に対面することになるやも知れない。

 藤生氏はそう思って、このマンションで実行している。彼によると、かなり集まってきた、らしい。

 結構、けなげな少年じゃないか。

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