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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Magi Farm
18/168

18.契約

作中に噺家の人名が登場しますが、架空のものであり実在の人物とは一切関係ありません。

「そそ、右目さん、基本的な質問で申し訳ないんですけど」

「なんでしょう」

「MagiFarmって、なんですか」


 右目さんはしばし黙想し、再び切り出した。


「人間であるあなたには不快に感じるかも知れませんが」


 MagiFarm――直訳して『魔法の農場』。

 それは、人間の世界の野菜を育てる田畑や家畜を育てる牧場と同じ、魔のものにとって食事となり財産となる魂や精神を、より良質に育てるため定義された領域(テリトリー)。同時に、みだりに『狩り』を行う魔のものたちを取り締まり、人間と我々の調和を守る拠点でもある。

 ことばは難しいけど話は理解できた。久瀬くんが話してくれた結界のことも、似たような意味だった。


「そういったMagiFarmはけっこうあるんですか」

「一万九九九。これが上主様の治めていらっしゃる数です」


 世界全体で一万九九九。

 うーん、想像つかない。と思ってると突然、ドアが開いて顔がぬーっと現れる。久瀬くんだ。


「手間取ってもたんで、右目さんは手っ取り早くお願いします」

「こればかりは上主様のご意向によりますから」


 右目さんは苦笑して、部屋に入っていった。

 また扉が閉まる。

 しばし沈黙。

 扉に背もたれて石の冷たさを感じながら、久瀬くんなにしてたんだろ、と考えた。じつに興味深い。扉の向こうで二人きりの儀式……なんか危険な香りがするかも(ニヤリ)。

 聞いていいのか悪いのか。ま、ダメなら答えてくれへんだけやろ。思い切ってたずねてみた。


「中でなにしてたん?」

「落語」

「はあ?」

「『池田の(しし)飼い』ていう古典落語の演目なんやけど、あれ()っててん」

「……なんでまたそんな」

「知らんやん。藤生くんに聞いてくれ」


 そんなもんをやれという藤生氏も藤生氏だが、言われてできる久瀬くんも久瀬くんだ。


「儀式は半ばですね」


 聞き覚えのある声。それは同時に、今は聞きたくない声でもある。

 長身の影――サナリが暗闇から現れる。

 手が震えだした。 怖いのは認めよう。たとえここが思いどおりになる世界だとしても、勝てる自信がない。

 一方、久瀬くんは余裕そうに腕を組む。強がりなのか作戦があるのか、それはわからない。


「『池田の猪飼い』といえば、それって確か、藤生くんとぼくが小学校五年生の時やったかな。苅野市民会館に、今は亡き桂円雀一門がやって来て、『苅野寄席』が開かれたんやったっけ。で、そんとき円雀が取りで演った『池田の猪飼い』。他の子はようわからんて言うてたけど、藤生くんとぼくは、あの表情が創り出す濃ゆい雰囲気、独特のリズムとテンポの話術が良い! と意見が一致して、そのころより熱き友情で結ばれたんや。藤生くんもよほど印象に残ってたんやろなあ。上方の落語のお笑いが復活に大いなる影響を与えるって、なんかすごいと思わへん?」


 もしかしてこいつ、落語マニア?

 サナリは冷笑を浮かべながら聞いていたが、ふと口を開いた。


「今日は饒舌(じょうぜつ)ですね。普段はポイントを狙い澄まして話すのに」

「だって、円雀自身がわざわざ苅野くんだりまでやって来て演ったんですよお。こりゃファンには涙目もんやないすか。それが偉大なる上主さまにいかなる影響を与えるのかの考察は」

「時間稼ぎありがとう」

「ばれてるよね」


 久瀬くんはいつもの笑顔でいう。


「天宮さん、こう願ってくれへん? サナリをここに近寄らせない」


 私は日下部あおいにお願いした。サナリを近寄らせないで。

 ぴきん。

 一瞬にして厚い氷壁ができあがる。

 サナリは炎を手のひらの上に作り上げ、投げつけた。でも壁はびくともしない。

 サナリは炎を作るのをやめると、壁面に手を当てて微笑みかけた。

 その相手は久瀬くん。


「そういえば……ご両親が離婚なさったそうで、大変でしたね」

「いえいえ、どういたしまして」


 久瀬くんはにっこり答えた。

 サナリの手は氷壁の冷気で徐々に凍り、壁面と一体になりつつあった。


「その事実は、契約上の私のきみに対する権利にいささかの変わりもないのですがね」


 サナリは、氷のような冷たい表情を浮かべた。

 と、突然。

 久瀬くんの体が崩れ落ちる。


「くぜくん!?」

「地位と名誉を条件に白河と交わした約定は、きみと白河の血縁に拠るもので、社会的関係の変化には影響されない。すなわち今、きみが私の意志に反して動く権利は一切ないのですよ」


 私は彼のそばに寄った。が、


「うわっ!」


 近づけない。

 彼の周囲から、黒いもやがたちこめはじめていた。足元には血が固まったような色の魔法陣が描かれている。


「久瀬くん!」


 黒いもやは、じょじょに、確実に彼を包み込んでいた。

 私は、彼が公園のベンチでひとり座っていたことを思い出す。

 聞こえるのは独り言、心の声?


 ここで死んだところで、家族は悲しまない。厄介な子供がいなくなって、かえってほっとするやろう。目立たんよう生きてきたから、クラスでもそんなに顧みられることもない。

 あ、鹿嶋はギターパートが減ったて残念がるかも?

 でも……それも基本的観測……。


「そんなことない!」


 真っ向から否定した私を、久瀬くんは黒いもやの中から、疑うような目でにらみつける。

 私はひるんで問いかけた。


「なぜ……」


 問いかけは久瀬くんにではなかった。

 分からないのだ。なぜ、賢くて冷静な彼がこんなに簡単にあきらめて、サナリの思惑どおりになってしまったのか?

 氷壁が鋭い音をたてた。サナリの手が当たる場所から放射状に亀裂が走る。

 私の心の動揺と同じくして、次々といくつも、幾重にも、より深くなり。

 そして氷壁は派手な音をたて、割れた。


「人間の感情は綾のごとく麻のごとく」


 サナリは両手をかざし光を集めた。


「通していただきます」


 サナリは風を起こして、私たちをすっ飛ばした。私も、もやに取り囲まれた久瀬くんも。

 なのに衝撃は軽かった。

 久瀬くんが下敷きになって倒れてる。

 かばってくれたのだ……そうだ、彼はあきらめてない。

 久瀬くんが手を伸ばす。私の袖をつかもうとして、触れた彼の手はとても冷たかった。彼はどこか強く打ったのか、立てないでいる。


「天宮さん、ひとこと……」


 彼は小さな声しか出なかった。私は耳を寄せた。


「藤生くん、頼むって」


 あたふたしてる場合じゃない。

 私は敢然、立ち上がった。腰と右ひじ右ひざが痛む……けどそんなのは、知るもんか。

 サナリは扉に手をかけようとしていた。


「あおいちゃん、お願い!」


 願った瞬間、手首の赤い石がまぶしく輝いた。

 サナリが放った以上の衝撃が、私の手首からサナリめがけて走る。

 うわぁ、すごすぎる攻撃魔法、あおいちゃん、ありがとうっ!

 サナリは両手を構えた。

 氷壁の残骸に衝撃波が直撃。小さな氷の破片が舞い上がり、まるで霧雨のように降り注いだ。目の前が視界がゼロになる。

 さっきの魔法をリピートすれば、勝てる。


「あおいちゃん、もう一度お願い!」


 ……だがしかし今度はまったく無反応だった。

 しだいに視界が回復する。

 ど、どないしよう?

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