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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Wednesday's child
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05.蒲公英

鹿嶋視点その2。

 久瀬とおれとは並んで教室を出た。

 雲のあい間に青空が見えた。テレビでは春の装いが目立ちはじめたが、だまされるな。テレビの中は現実から遊離した別世界だ。

 マフラーで首をガードし、部室棟の裏手へと歩く。

 ほーらやっぱ寒いやんか!

 無言で不機嫌な久瀬に絡むのは控え、道中に季節の便りを探す。

 校舎の片隅のわずかな日陰に目がいった。

 タンポポだ。やたら気の早いそいつは黄色い花を控えめに広げようとしている。まるで寒さに身を縮めながらなお、微かな太陽に立ち向かうように。その小さい姿は妙にほほえましく、そして力強い。



  陽を仰ぐ蒲公英(たんぽぽ)の姿 凛として



 うん、一句できたよ。

 さて、待ち合わせの場所には可愛い女の子が待っている……んだったら良いのに、ワガママな先輩がダラダラとンコ座り。残念極まりない。

 その橘先輩、周囲の無人っぷりを確かめてから、慎重に切り出す。


「校内とその周囲で呪が人為的に集められてるっぽい。量的に大した魔法も展開できなさそやけど、ちょっと気になる」

「それで」

「久瀬、探れ」


 急に『来い』と呼び出された用件の全貌がこれ。

 久瀬は顔に心のつぶやきが出ていた――いい加減にしろ自己中マイペース。後ろで控えめに気配消してるおれにも丸分かりだ。

 橘先輩も間が悪い。

 久瀬は今、次の授業の準備を忘れてあせっているのだ。

 次の時間は広尾の英語。今までの指名パターンから、長文読解の解釈を当てられるのは確実だった。

 広尾って、末尾の単語集や参考書とニュアンスの異なる意訳すると鬼の首とったように批評しやがる。久瀬最大の超能力、鋭い着眼力と応用力がまったく通用しない。

 おれもああいう授業スタイルはカンに障る。そんな内容ならお前の授業いらね、教科書ガイドだけで済むし、といつも思ってしまう。

 おおっと脱線した。話を続ける。

 久瀬は不満全開で反論する。


「無茶言わんでください。僕には感呪能力ないのに」

「だっせ。なんのための左目ちゃんよ。使えへんわあ」

「なんのためか知りませんよ。それとださいのは先輩のほう。僕の手を借りんと動かれへんのですか」


 橘先輩はそこまで言うかとしょぼくれ、果てにはウソ泣きをはじめる。それがなかなか色っぽい風情で、カオスな空気を創り出す。

 逃げたい。

 そして二度と近寄りたくない。

 対する久瀬は恐ろしく冷静に、わざとらしいため息をつき、尋ねる。 


「先輩。どこで呪を感知したんですか」

「南校舎」

「それやと一年二年ほぼ全員でしょうが。さらに場所をしぼりこめませんか」

「中央階段の近辺。最初に感じたのは半年前、三年の女と遊んでたときやから二階のトイレ」

「地獄へ落ちろ」

「え、ちょっ」

「了解ですって。教室戻りますよ」


 久瀬、誠意ゼロの片付けっぷりだ。

 しかも一秒でも惜しいとばかりにさっさと教室に戻る。

 一応おれは橘先輩にフォローを入れた。


「なんだかんだいって頼んだ以上の結果出しますから」


 すると橘先輩、神妙な面持ちでいわく。


「童貞にはちと刺激が強すぎたようやな。以後気をつけよう」

「絶対帰るまでに忘れるやろ」


 ホントややこしいやつらだ。

 おれは久瀬を早足で追いかけた。どうせ行く先は同じ教室だが、早々に会話したいこともある。

 久瀬の横に並ぶ。と、先に口を開いたのは久瀬だ。 


「鹿嶋サンクス」

「なんの礼よ」

「先輩しばきかけた」

「いつものことやん」

「いつもって、ひどっ。さすがに学校では自重しとうのに」


 ――呪、そして魔法。

 こいつらは何度かそんな非常識な話にまつわる事件に巻き込まれてきたらしい。

 天宮さんから聞いた、憑依事件と<農場>のあれこれ。それはコウからの伝聞と一致する。


「あれか。幽霊とか魔物とか」

「そんなとこ」

「おれに手伝えること、言って」


 久瀬はおれの顔を見かえした。探るような目だ。

 対するおれは、かかわらせろと目で訴え返す。ポケットに突っ込んだ手の中のビー玉に触れる。夏に幽霊船で橘先輩が使っていたものをコウが再現した。


「ありがたいよ」

「天宮さんなら手伝わせるのに」


 久瀬は想定外の会話の展開に驚いたか、階段の途中で足を止めた。

 してやったりだ。

 けど、なんとか笑ってふり返っておれを見返す。


「なに? 天宮さんにヤキモチ?」

「ヤキモチかも知らんな。おまえがホレるの分かるわ。あの子て、すっとぼけてるようで、するどいな」

「今ごろ気づいたか、あのさわやかな男前さに」


 否定しなくなったな。


「はいはい。けどな、いくらイケメン度高いゆうてもな、いちおう女子」

「実績がある」

「実績?」

「僕はかつて殺人未遂者になって」


 また言ってやがる。

 こういう自虐な久瀬はドロップキックをくらわしてやりたいが、つとめて冷静に反論した。


「それは武崎さんの誤解やろ」

「誤解でも多くの認識する『事実』はそうなっている。ところが天宮さんはある女の子の命は救えずとも、心は救った。それに」

「なに」

「絶対話すなよ」

「なんやねん」

「僕の命の恩人」


 おれは一瞬、目を丸くして驚いてしまった。

 だがすぐ不満顔に戻した。半ば無理やりに。

 天宮さんはそんな話、したっけ?

 あのサーニャさんとバトルした話。体育倉庫で集団幽霊に出くわした話。幽霊船の話。天宮さんは、久瀬が頭がいいおかげでいつもピンチを回避できた、と言っている。

 それが久瀬視点だと『命の恩人』になる。

 今までどんなヤバい橋を渡ってきたってんだ?

 教室の前までそんな徒然(つれづれ)を考えて、沈黙を保っていたのだが。


「それでも、ふに落ちたわ」


 教室の自席に戻ってすぐだった。

 そして淡々と次の授業の教科書を机に置くと、ノートをさし出した。


「鹿嶋?」

「おれができることで助けたる。次の授業のパラグラムで出るイディオム、まとめといた」

「さすが僕の愛する花嫁!」


 久瀬は声高らかに宣言、クソ暑苦しく抱きしめられた。

 当然、昼休憩後半戦の教室、見事に衆目を集めた。教室のド真ん中で暑苦しいもん見せつけるな、とヤジも飛ばされた。

 おれも大いに不満だよ。

 女子への印象操作作戦をわりと真面目に考えてた、バレンタインデー直前にこれって。

 もう半分あきらめたけど。


「なあ。なんでいつもおれが受け役やの」

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