04.軽い話と重い話〔2〕
「はるちゃん」
「なんでしょ」
「女子高やと先生も女の人なん」
「いや半々くらい」
女子高が女の園なのは生徒だけだってば。
ちなみに私んとこの担任はおばちゃんだ。塩川みどりっていう三十後半の、ニットにパンツスタイルがユニフォームになってる人。まゆをいじった形跡のないナチュラルフェイス(つまり素顔)が彼女の特徴で、この年でファンデーション以外の化粧品の存在を知らんのだろうか、とさえ疑われている。でも人気はある。物言いがハッキリしていて、明るく前向きだけどどっかそれが空回りしていて、それがどことなく可愛くて親しみがもてるのだ。私も親近感がわいている。といっても用事ないからあんまり近寄らないけどね。
そんな彼女は、知らない人との話題にするには面白くない。
ネタに挙げるのは副担だ。副担は数学の酒井っていう三十半ばのおっさんである。
「酒井っていつもアゴヒゲがそり残ってて」
「そるならちゃんとそれよと」
「そうそう。でもまあ外見はまだ許せるねん」
「じゃーどこをダメ出し?」
「なにが最悪って、しゃべりがもうダメ。まずねちこい。それとしつこい。内容同じことばっかループしとうし。三分前言うたことまたリピートとか日常茶飯事よ。大事なことなので二度三度、はええっちゅうねん」
「非エコやねえ。時間と電気とが非効率」
なんで『エコ』なる発想に行き着くのか。
ゆずちゃんとの会話は、興に乗ると斜め上に進んでいく。
「でもはるちゃん。北英ておじいさんおばあさんばっかでつまらんよ」
「昔ばなしの舞台か」
「枯れ木に花を咲かせて桃太郎送り出せるくらい、高齢化社会」
「どないやねん。ええ高校やし、センセもベテランなんでしょ」
ペットボトルの冷えたお茶を飲みつつ、彼女の話を聞いた。
他校のことで役に立たない情報だ。けど鹿嶋久瀬が日ごろ接する先生に少し興味もあった。
「毎時間毎時間、教壇に昭和の木枯らし吹いてるもん、わたしも心が枯れそう。しかもね、一番若いんがダメ教師いばちゃんよ。なんか終わってると思う。だから広尾王子の天下になるんよね」
「王子なんてもんもおるんやったら、ええやん」
「あたしはあんまり好きじゃないけど」
広尾王子先生は二七才、独身。フルネームは広尾コーヘイ。精悍なイケメンで女子から圧倒的人気をほこる。サッカー部の顧問でコーチレベルの指導もしているらしい。神戸の山手の一戸建てが実家で、育ちの良さが随所にみられることから『王子』と呼ばれている。総合英語の担当だ。
担任のいばちゃんは広尾先生より下らしい。担当科目は英語のコミュニケーション。容姿の説明は『ヒョロい』『メガネ』だけだった。
どうせなら広尾先生が英語全部持ってくれたらいいのに。とは女子多くの意見とか。
ベテランのみならずイケメン王子教師まで存在するとは、さすが苅野の頂点・北英高校。
「広尾王子と水泳部の橘さんって二年の人が二大イケメンて言われてて」
タチバナ。
お茶吹きかけた。
「ん、知っとうの? 橘さん」
「えっと」
一呼吸置いて、話せる限界ラインを整理する。
鹿嶋久瀬もせりも私の中学からの友達。橘は鹿嶋久瀬のバンド仲間。せりは鹿嶋くんからもらったチケットが最初の縁。
うん、ここまでなら話せそうだな。
そしてゆずちゃんを見る。
と、彼女は心あらずのようすで暗い天をあおいでいた。
「……雪」
えっ、と小さく反応する間もなかった。
ちいさな雪がちらり、空にさしだした彼女のひとさし指に舞いおりた。しかしその白いひとひらは一瞬で消え去り、あとかたもない。ただもう一片、さらに一片が、きらり、きらりと誘いあうように彼女のもとへと遊び降りていく。
そんなゆずちゃんと雪の精のたわむれは、どこかはかなげに映る。まるで彼女も雪とともにどこかに消えてしまうかのようで……。
「ゆずちゃん!」
ゆずちゃんは大きくふり向いた。
まったく驚いたようすで、私の顔をまじまじとながめている。
どうしたん、と彼女は小声で問う。
だけど私も大声出した理由がわからない。
とりあえずなにか答えなきゃ、と思って適当に「バスがもうすぐ」と口走ったら、すぐに白いヘッドライトと黄色い光が見えた。黄色の光はLEDの行先表示だろう。
やがて『森林公園・学園町』という文字もハッキリ見えた。ゆずちゃんの家のある地域へ向かう、待っていたバスだ。
ああ、なんてタイムリーなんだろ。
ほっと一息つくと、バスはバス停前にすべりこむように停まった。
「はるちゃんありがと、気をつけてね」
ゆずちゃんは微笑を顔にはりつけて手をふった。私もまた、手をふり返した。