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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Wednesday's child
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02.神無しの杜〔4〕

 遠目に石段の下がぼんやり光っている。

 確か街灯があるはずだったが、神社の会談を下るには力不足。安賀島夫人の持つ懐中電灯を唯一の頼りに、神社の石段をゆっくり下っていく。

 やがて石段下の薄ぼんやりな光も街灯として認識できるようになった。白い灯を受ける、私の自転車、シューターくんの姿が暗闇に浮かびあがった。

 シューターくんは座っていた。

 彼は長い間、じっと待っていたんだろうか。

 私たちが階段を下りきると、賢いシューターくんはすっくと立った。

 すると、背中から黒いものがころんと落ちた。

 みゅー、と鳴いてる。黒い子猫だ。


「マロちゃん」


 安賀島夫人が呼びかける。

 子猫は彼女へと一目散にかけていった。


「じゃあコウくん、残業片付けたらいらっしゃいね」

「はい。お言葉に甘えて」


 コウくんは今日の安賀島家の夕食に呼ばれた。お呼ばれは日常茶飯事、独身の身には助かってます、という話の流れだった。

 独身フリー。

 かのんが聞いたら(彼氏いるくせに)紹介しろと言いそうだ。

 ちなみにメニューは八宝菜で……案の定、中華ですか……安賀島翁、文句言わないのかな。

 鹿嶋くんと私は素直に家に帰るんだけど、もう真っ暗だからと、私は再び鹿嶋くんに送られることになった。

 ただ、今度はジョギングではなくお散歩である。


「サニャっちとコウって魔物仲間兼飲み友なんやって」


 サニャっちとは、サナリさんのことだ。

 サナリさんはありふれた外国人の偽名を名乗っているそう。アレクサンドルさん、略してサーニャさんといって、だからバンド仲間の鹿嶋くんは『サニャっち』と呼んでいるとか。

 ぜんぜん知らなかった。

 そしてコウくんが私のことを知っていたのは、サナリさんから聞いていたためだ。<呪>や<農場>のことを知っている鹿嶋久瀬の友だちだって。


「コウくんとはどういう知り合い」


 彼は少し考えてから、少し困ったように答えた。


「ゴメンな。あいつから口止めされてることがあって、微妙な話やけど」


 といいながらも彼は話し出した。

 コウくんとは高校に入ってからの縁。

 きっかけは省かれたが、魔法だの呪だのは関係ない、偶然だった。久瀬くんとコウくんとに面識はない。それにコウくんからはサナリさん以外のバンド仲間、つまり久瀬くんや橘先輩へは口止めされているそうだ。理由は分からない。

 ということは、私もコウくんの話は鹿嶋くん以外とはしない方がいいってことだ。

 次にコウくんについて聞いたのは、昨年九月の幽霊船を見に行く話だ。

 あれは鹿嶋くんが発起人だった。しかしコウくんが目撃談のネタ元だったそうだ。コウくんは自身で見に行きたかったがマズい事情もあって、鹿嶋くんに目撃レポートを頼んだんだそう。

 レポート、といっても鹿嶋くんは一部始終を覚えていない。幽霊船に乗りこんだことは覚えている。けれど七鬼の武士のことは忘れた、そう聞いた。これではレポートなんてできない。

 その点を指摘したら、彼は苦笑して答えた。

 久瀬くんや私の会話をコウくんに話しただけだ、と。


「今思えば、コウはそれでなんか察したみたいやった」

「え、そうなんや」

「そこで会話できてたら武崎さんは連れ去られんかったかも」


 そう言った彼の表情はまれにみる冷たさを帯びていた。

 しかしそれも一瞬だった。再び口を開いて話すその表情は明るい。


「そんな後悔もあってコウの鬼退治を手伝いはじめて、今日も鬼退治に呼び出されてん」

「鬼退治って、怖くないん」

「多少は。でも魔法ってすごいやん」


 すごく無邪気な感想で、冬の寒さもゆるむようだ。

 魔法ってすごい。

 私もそう思う。そしてつい最近まで無邪気にそう思えてた。

 藤生氏の魔法はすごい。

 記憶を消し、存在を消し、そして思い出までも消してしまう。だけど、消えるのは都合のよいものだけじゃない。ゼンタさんの大事な思いを一瞬で消した。それは二度と取り戻せないものだ。

 今、あらためて怖いと思う。だけどその怖さを鹿嶋くんに伝えるすべがない。

 無言がもたらす微妙に気まずい空気を感じつつ、頭の中がもつれかける。


「そういや話変わるけど、実は」


 明るく言って鹿嶋くんはリュックをあさる。

 取り出したのはチケットのような紙片。


「再来週の土曜十八時から、ライブやるねんけどさ、今度こそはぜひ来て」


 私はしばらくチケットを見つめてから、頭を上げた。


「なぜ四枚」

「天宮さん、武崎さん、渡邉さんと相良さん」


 私はいったん受け取ったが一枚はつき返した。


「なつきは自分で誘え」

「なんでやねん。明日ガッコでさらっと渡してぇな」

「病院のスケジュールも知っとうっしょ。待ち合わせて直接渡したらええやん」


 強固に拒むと、鹿嶋くんは肩をすくめた。


「そんなあおっても今以上は進展せんから」

「どゆこと」

「告ってんけど、すでに」

「えっ」


 私はぴったり動きを止めた。


「しかも二回」

「ええっ」

「で、二度もさくっとふられとんのやけど」

「えええええっ」


 マジで。

 脳内で『だるまさんがころんだ』リピート状態。

 動こうか、でも動けない。聞こうか、なにを。

 会話をつなげる苦肉の末にでたことばは。


「それ、いつ」

「一回目は九月の終わり」


 九月。

 たしかなつきと鹿嶋くんの初対面は八月の花火大会だった。

 一ヶ月しか経ってない時期か。

 ちょっと待て、かのんの『トリプルらぶらぶ大作戦』の発動前じゃないか。すでにあの時、見こみがなかっ……げふんげふん。


「に、二回目は」

「幽霊神社拉致事件後の検査入院時のお見舞いんとき」

「そういう状況って、かたくなな心もついほだされそうやけど」

「いや、どっちかっつーと、弱り目に祟り目な余裕ないとこ攻めてみた、卑怯な手口を見抜かれたかもね」


 それ、自分で言うか。存外、鹿嶋くんて人がいいようで抜け目ないかも。

 さっきの鬼退治の手伝いを怖がらない度胸も意外だし。

 今日一日で私の鹿嶋くん像がガラリと変わりつつある。


「ちなみに三度目の正直は」

「ないよ」

「『三顧の礼』とか」

「もう一度チャレンジって意味なら、ぜんぜん違うって」

「え、違うん」

「違うよ。『三顧の礼』の玄徳と孔明は二回すれ違って三回目で対話できて成立した主従。武崎さんは二回会って二回ともNG……って、説明してて泣けるしもうかんべんして」

「ごめん」


 まさに傷口に塩をこすりつけんばかりの質問でした。 

 私が反省してうなだれてると、彼は軽く「いいよ」と答えると、ひときわ楽しそうに宣言した。


「気にしない気にしない。いいお友だちということです」

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