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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Wednesday's child
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02.神無しの杜〔3〕

 夫人につづいてコウくん、鹿嶋くん、そして私の順でいざ拝殿の中へ。

 おっとその前に、土足は厳禁。靴を脱ぐ。

 夫人が壁ぎわのスイッチを入れると裸電球にぱっと光り、小さなお社の中のようすが分かった。広さは四人でギリギリ。一メートルサイズの巨大神棚と、白木の楽譜台みたいなものが置いてある。彩りといえば、しきみの葉の緑だけ。どこかわびしい感じがする。

 でも外見のおんぼろさに反して、中の掃除はいき届いている。床にはチリひとつなく、そのまま座りこめそうだった。というか鹿嶋くんはすでに正座していた。

 その鹿嶋くん、天井をぐるりと見上げていぶかしげにこぼす。


「ここが総領さまのお住まい」

「とりあえず知ってることは忘れて」コウが問いかける、「素直に思ったこと言ってみ。ここが神域って、思う?」

「そんな感じしない」


 鹿嶋くんは即答、さらにコウくんがたずねる。


「じゃ、あの神棚に意識を集中してみ」


 鹿嶋くんが神妙にこうべをたれる。

 不思議な問答の中の、しばしの静寂。

 私も流れに乗って目の前の巨大神棚に注目する。でもこれといった特別な感じはしない。

 しばらく時を置いて、再度コウくんがたずねた。


「どうやった」

「微妙。神域って気もする。けどプラシーボ効果かも」

「ひねくれてんねえ。素直に答えてって言うてんのに」


 鹿嶋くんが不満げにコウくんを見上げる。


「なにが言いたい」

「『微妙』で正解ってこと。まだまだ修行が足りんね」

「修行してへんし」


 なんだろこの二人の関係って。

 鹿嶋くんは不思議ちゃんなことを言ってるし。

 コウくんはもはやナニモノって感じ。人を瞬間移動させてるし、魔法使いなのだろう。


「ねえコウくん」安賀島夫人が不安げに呼びかけた、「これまでに起こったことと同じ、よね」


 これまでに起こったこと、てなんだろう。

 だが部外者の私、話に割って入りにくい。聞くことに徹した。


「同じです。結論から言うとあの連中、いや窃盗団ぽく彼らに憑依した悪意たちかな。やつらの目的は『神宝』やったんでしょ」

「ご神宝を!」


 安賀島夫人は小走りで巨大神棚にしがみついた。「目的だった」といわれればあわてて確かめたくもなる。かといって今あわててもどうにもなるわけではないだろうけど。

 夫人は少しだけ開けたすき間から中をのぞきこんでいた。

 中にある『ご神宝』がなにかは私は分からない。私の立っているところからも中は見えない。

 ただ、彼女が一息ついたことから、ご神宝が無事だということは分かった。

 その夫人は私たちへとふりかえって疑問を投げた。


「うちにとってはとても大切やけど、盗んだって骨董価値なんてないのに」

「ご神宝がどういうもんかは知りませんけど、このお社にとっては骨董品なんかより価値が、いや、なくてはならないものでしょう」


 コウくんは優しげに笑った。

 それがまたキレイで見とれてしまう。美人というほうがしっくりくる。絵になる人物ってこういう人かもしれない。こんな人目をひく公務員さん、市役所にいたか?

 だが観察とモノローグもここまで。コウくんのせりふはつづく。


「その棚の中から伝わってきますよ。安賀島さんの毎日の、敬虔な思いの積み重ねが」


 なんてことを彼に語られて、しかもじっと見つめられながらなのだ。安賀島夫人も陥落するだろう。鋼鉄の精神はどこへやら、ほおを染めて初々しいったらありゃしない。

 しかしそこに青い髪飾りの乙女少年が水を差す。


「なんかその表現うさんくさー」

「いちいちうっさい。それ以外言いかた分からんわ」


 コウくん、鹿嶋くん相手だとイメージ崩壊するな。

 あらためてコウくんがスネながら淡々と語ったこと。それは、安賀島さんが毎日お世話くださっている、その思いが<呪>となっていて、神宝に残る総領さまの意思と共鳴して神域を保ててる、ということだった。


「なぜ『神無しの杜』を非力なおれたちで守れたか」と正座の鹿嶋くんが言った、「それは安賀島さんのおかげ。とするとさっきぶちのめした窃盗団て、神宝を盗んで神域を壊すのが目的やったってことで、あってる?」

「あってるよ。城山の神域は完全に無力化して主も帰れない『神無しの杜』、いずれは『魔の棲む森』になっちゃうね」


 黙っていたが私もついに質問した。


「そうなったら、どうなっちゃうん」

「いろいろやり放題になりますね」

「いろいろってなにを」

「ここは長年放置されている空き家と同じと考えてみてください」


 私は空き家というより『お化け屋敷』を空想した。


「そんな空き家だとまずは近所の悪ガキに落書きされ、窓ガラスが壊され、探検と称して扉や建具も壊されるでしょう。やがては浮浪者のたまり場になるかもしれない。こうして徐々に荒廃していけば、いずれ大きな悪事に利用される危険も生じかねません」


 コウくんの答えかたは丁寧だった。

 そもそもおまえ誰だ、と言われても不思議はないんだけどね。しかし、鹿嶋くんに対する口調とはえらい違いだな。やっぱり二人の関係っていったい。

 そんなひとしきり説明を受けた後、安賀島夫人は深くため息をついた。


「総領さん、早く帰って来ていただきたいわ」

「そうですね」コウくんはうなずいて言った、「でもお帰りになるまでは私もがんばって退治しますから」

「面倒なこと頼んでごめんなさいね」

「気にせんでください。こんなん、先生と奥さんへの恩返しにもなりません」


 どうやら安賀島夫妻ともどもコウくんと知り合いらしい。安賀島さんちは地元の名士。公務員のコウくんとは関わりがあってもおかしくないのかも。

 新たにローカルな人間関係図を描いていると、


「あらそうそう、忘れてたわ! 彼女、天宮はるこさんっていうの。私の若いお友だちよ」


 いきなり夫人が私を紹介しだした。

 しかも『お友だち』。自分の認識より人間関係のグレードが高くてびっくりした。だって、クリスマスの朝に久瀬くんと総領神社と七鬼家の話をうかがって以来、特に交流ないのに。

 で、一瞬の沈黙が流れたあと。


「知ってます」


 と、コウくんは答えた。

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