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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Wednesday's child
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02.神無しの杜〔1〕

 いらっしゃいませ。


 機械音声を聞くと同時に、カウンター内の店員さんを見た。

 主婦っぽい女の人と、学生っぽい男の人。

 サナリさんはやはりいない。

 店内を一周してみた。客は雑誌コーナーにいる男子二人組だけだ。その二人はたぶん、北英の男子生徒だろう。地べたに置いてるエナメルバッグにそうロゴが入ってる。彼らは体育会系の部活帰りらしい。残念ながら顔見知りではない。

 カウンターの店員さんに聞いてみるか。


「さっき、メガネの北英の男子生徒、きませんでしたか」


 主婦っぽい店員さんが答える。


「北英の子はよう来るけど。メガネで」

「茶髪で頭のてっぺん青い髪飾りでくくってる」

「男子の生徒で、青い髪飾りなん?」

「そうです」


 微妙に変ですが本当です。しっかりうなずいておいた。


「たぶん来てへんけど、見た?」


 男の店員さんも首を横にふる。

 どうやらハズレらしい。

 お礼を言って店を出ようとすると、


「茶髪メガネ青ゴムて鹿嶋ちゃうん」

「あ、そやそやな、アイツや」


 と声を上げたのは立ち読み中の北英体育会系だった。

 ここで鹿嶋くんの名前が出るとは。彼は有名なんだな。あのヘアスタイルなら目立つわな。


「苅女の子が鹿嶋になんか用?」

「あーえーと、この店には来ま」

「来てへんけど、なんか用あるんちゃうん。俺、同じクラスやけど」


 来てないのなら用済みでございます。

 というのも悪い気がして、必死でいいわけを考えたあげく。


「忘れ物をしたから、えっと、公園にいてて、ベンチに忘れ物」


 そして忘れ物に仕立て上げるものといえば。

 マンガだ。

 きっしーに貸して返ってきたマンガがカバンにある。これなら鹿嶋くんの忘れ物っぽい。公園に鹿嶋くんがマンガを忘れてたったので、通りすがりの私が追っかけてきた、ってことにした。通りすがり、赤の他人。これ重要ね。

 名も知れぬ高校生Aはごく自然に納得してくれた。鹿嶋くんへの返却を乞うたところ、いかなる理由か姓名を問われたが、善意の無名の者としていただけるよう、強くお願いして早々にこの場を立ち去った。

 自転車をこぎながら思う。

 あぁ、店員さんに聞くんじゃなかった。

 そして私って、とっさのウソがうまくなった。ううむ、よくない傾向だよねぇ。


 コンビニはハズレだった。

 でも完全に手詰まりではない。この界隈にはもう一箇所、思いつく場所があった。それも因縁の場所だ。

 来た道を少しだけ戻ると、コンビニの裏手にまわる路地がある。軽自動車がかろうじて入れる狭い幅の小道だ。そこを私はこぎ進んでゆく。時々、自転車や徒歩の北英の男子生徒とすれ違う。地域の名となっている城山の丘を越えると、北英高校のグラウンドに近いのだと以前、聞いた。

 クリスマスの夜、安賀島のおじさんと久瀬くんとで歩いた道だった。

 その路地を抜けると道は三つ。

 ひとつは表通りに出る車道。

 ひとつは丘をぐるっと回って、北英高校のグラウンドに抜ける道。

 もうひとつは、玉砂利をたどっていけば総領神社へつづく階段だ。

 学校に戻ったのかもという気もするが、総領神社の方が近いから、ひとまずそちらに向かう。ただその選択は正しかった。

 シューターくんだ。

 石段の下の太い木の下、じっと座っていたのだ。枝にリードをつなげてある。鹿嶋くんはここでシューターくんを待たせて石段をのぼったのだ。

 鹿島くんの急用。

 総領神社に急用。

 魔法とか幽霊とかソレがらみしか考えられないよ。

 なんだか鹿嶋くんからしたら私、ストーカーみたいだ。でも気になった以上はつき進むしかない。もしついて来た理由を問われたら「たまたま来た」。めっちゃテキトーというかシラをきるのもはなはだしいけど、それでいいや。大事なのは事実確認なんだから。

 自転車にカギをかけ、シューターくんをひとなで。勇気をもらうといざ、登りはじめた。

 もう夕闇の中、足もとは暗い。石段を慎重に登る。何度か行き来したとはいえ、急でふぞろいの石段。ゆっくり確かめながらでないと危ない。


「あ」


 思わず声が出た。

 石段の途中になにかが……だれかがいる。

 しゃがんでいる。

 女の人だ。

 そしてそのひとも、私がのぼってくるのを認めたらしい。


「ごめんなさい、ここからは立ち入り禁止で」


 行く先をさえぎられた。

 ただその声は、なじみのある声だったから、


「安賀島さんですか」


 私は問いかける。

 すると彼女は数秒かの沈黙ののち、


「天宮さんやったかしら」


 と答えたのだった。

 間違いない。総領神社の宮司・安賀島さんの奥さんだ。彼女の比類なき中華料理への愛と幽霊の悲鳴にも怯えを覚えぬ鋼鉄の精神は、記憶に新しい。そして私の名前を覚えてくれてたことも、けっこううれしい。

 が、それはさておき。


「こんなとこで、なにされてるんですか」

「ごめんね、今ね、拝殿まわりがたてこんでて、参拝お断りしてるんよ」


 拝殿のまわりがたてこんでる。

 でもさっき、鹿嶋くんはこちら方面に来たと思うのだが。

 なにより私の知る安賀島夫人らしくない、あわてたような言い方。

 なにが起こっているのか、聞こうとした矢先。


 どん、どん


 と、ものを壁にたたきつけた激しい音がした。

 階段の上でなにかが起こっているのは明らかだ。しかも現場に鹿嶋くんがいるかもしれない。安賀島夫人の通せんぼに素直になってていいのか。

 私の結論は「否」だ。

 よって安賀島夫人の説得を開始した。事情を素直に話したのだ。心配になって鹿嶋くんという友人を追って来たこと、そうしたら階段下で友人のペットがつながれていたこと。なので登ってきたら安賀島夫人だし、あの音なんなの、と。

 すると安賀島夫人は開口一番、


「鹿嶋くんの友だちやったのね」


 と言ったのだ。

 あたりだ。この上に鹿嶋くんがいる。

 私は夫人の横をすりぬけ、全力でかけ上がった。


「あっ、危ないから……」


 アブナイ。

 なにが起こっているわけよ。神社の境内でアブナイってなに。そんなとこにどうして鹿嶋くんがいるんよ。そんないくつかの疑問を反すうし、階段を上りきった。

 日は落ちてすでに闇。

 町からもれる明かりでかろうじてすぐ先になにがあるかは見える。

 正面に、人がいる。

 黒っぽいコートを着ている。暗くてよく見えないが、身長からして男の人。たぶん知らない人だ。

 その先、闇の中に目をやった。確か小さな方丈の拝殿があったはず。だけどそんな構造物も闇で見えない。

 代わって小さな山が見える。

 そんなものあったっけ。

 よくよく目をこらして見る。

 やがて目が暗さに慣れ、物体の内容を把握した瞬間、私は絶句した。

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