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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Magi Farm
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16.救出

 降りる前には永遠に続くかもしれない、と思われた縄ばしご。

 実際はすぐに一番下まで到着してしまった。あんなに高かったはずだけど。

 肩すかし感はさておき。


「久瀬くん」

「おぉ、天宮さんだ」


 魔法陣の放つ光の量は大きいものの、魔法陣自体は非常に小さかった。その小さい魔法陣から、手品のように久瀬くんの上半身が乗っかっている。逆に言えば、腰より下がひっかかって出られないのだ。

 たぶんひっぱっても無理だろう。それが可能なら自力で脱出できるはずだ。


「どうすれば助かる?」


 私は彼の前にしゃがみこんだ。

 彼はにっこりとして答える。


「ええっと例のタマシイ? あれがここでは武器になるそうやねん」


 自分で聞いときながら、なぜそうサラっと答えられんのってツッコミ入れたくなるけど。

 それは置いといて。


「武器にする? やりかたって」

「彼女に願いをこめればOK」

「願いをこめる」

「そう。頼みこむ」

「あおいちゃんに、頼むの?」


 私は……ちゅうちょした。

 日下部あおいちゃん。彼女のタマシイは今、私の中にいる……らしい。それが彼女の望みだったし、藤生氏がそうしてくれた。

 だけど、私に取り込まれてしまうこと。それが彼女にとって本当に幸せだったのか。たまに自問する。

 タマシイのライフサイクルがどういう仕組みなのかはよくわからない。けれど、受ける印象としては、死んでもなお、自由でない――そんな感じがする。私は深く考えずに、思いつくまま『OK』と答えた。それがよけいに後悔なわけで……。


「なにも、トラウマに思うことないやろ」


 私の迷いをどうして見透かしているのか、久瀬くんは強い口調で説く。


「でも」

「彼女が望んだんやろ? それに自分もそれがいいって思ったんやろ? なら悩む必要、どこにあるよ」


 トラウマ。言い得て妙だ。

 考えすぎかもしれない。だけどさくっと割り切れない、いまの私には彼女に都合良く願いをかけてよいものか、というジレンマがある。

 だけど……あえて願う。

 久瀬くんを、助けて下さい。

 魔法陣が一層、光り輝く。

 久瀬くんが身軽そうに抜け出す。彼が立ち上がるとすぐ魔法陣は閉じ、跡かたもなく消えた。


「ありがと。助かったあ」


 久瀬くん、いつもの人の良さそうな笑顔だ。


「それとごめんな。かなり偉そうなこと言うたよな」

「……なんかすっきりした」

「ほんま?」

「あ、完璧すっきりってわけやないけど」

「そんなもんなんやろな。ぼくは他人やから『簡単に割り切れ』て言えるんやろし」


 そんなことを言いつつ、彼ははしごに手をかけた。

 すると……崖が急に低くなり、はるか上空にいるはずの右目さんがすぐ頭上から顔を出している。なんだか笑顔ぽく見える。

 どうなってんの?

 右目さんは、はてなマークを周囲にとばしてる私を哀れんだか、ゆっくりと次のように述べた。


「ここは人間にとっては現実であり現実でない。簡単だと思えば簡単になり、苦しいと思えば苦しくなる。はしごで下に降りるのも案外簡単だったでしょう? これは私にはできないことだったんです」


 確かにすぐ下に降りてしまったっけ。


「それって、テストも百点と思たらほんまに百点になるんやろ。ええなあ」


 おいおい久瀬くん。


「あなたはダメですよ。一応半分こちら側の人間ですからね。だから彼女の助けがないと抜け出せなかったんですよ、左目どの」

「左目?」


 右目さんが久瀬くんをそう呼んだのを私は聞き逃さなかった。


「前から思ってたけど久瀬くん何者なのさね」

「うーん。自分でも詳しくはよう分かってへんねんけど」


 考えている彼に代わり、右目さんが答えた。


「上主様……ここの支配者の知恵と記憶と感情の一部、それが私『右目』とこちらの『左目』どのです。これらの役は上主様の御心が決定しますが、記憶の植え込みはサナリが行います。すなわち最も波長が合い、知恵を持ち、記憶、感情を任すに足る者が選ばれるのです。私の知る限りでは、人間が選ばれた前例はないのですがね」

「久瀬くん確かに頭いいし、藤生氏と仲良しやもんね」

「我思うに、ぼくがなってしまったのも偶然で、波長が合うからと、サナリの陰謀みたいな。その証拠に、いままでサナリに従ってたぼくが土壇場で裏切ったら本気でキレてたし」

「なんで笑ってそんなん言えるん?」


 ものすごく怖かったんだぞ私は。

 怒る私を彼は平気で笑い飛ばす。


「結局ぜんぜん平気やん」


 なんだか、無性に腹が立ってきた。


「サナリの味方してたくせにっ!」

「まあまあ天宮はるこさん、左目どのが今までサナリに従い、そして今、我々の味方であるお陰で、彼の者の罪業の証を揃えることができたのですから」


 右目さんになだめられ、この場は収まった。

 収まったといっても、私がひとりで怒ってたにすぎない。それも本気で怒ったわけじゃなく、いわば逆ギレか。どうせ久瀬くんもサナリに本気で従っていたのではないだろう。むしろ失言だよね。しかもうまくいなされてるし、完全に私の敗北。


「そっか。納得いった。『ミココロ』とか『ドウチョウリツ』とか、そのへんなんのこっちゃ? と思ってたけど」

「要は、天宮さんを、言うこと聞かんぼくの代わりに仕立てよってつもりやってん。サナリは」


 私はオッケー、と指でサインを示した。

 久瀬くんはそれを確認すると、穏やかに笑みを浮かべる。ときに、彼が保護者のように思えてしまう。


「ま、この際だからその役目とやらを果たすことにします。無敵な味方もいますし」


 久瀬くんは実直そうな顔でそう言って、私に改めてよろしゅう、とお辞儀した。

 無敵な味方?

 そして一言、彼はつけ加えた。


「右目さん、ぼくのことは久瀬って呼んでくれませんか?」

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