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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Wednesday's child
159/168

01.放課後、お宅拝見〔4〕

「なつきにも話しとくわ」

「早めに頼むわ」


 鹿嶋くんは小波さんがとりついたこと、幽霊船のことをなつきにも話すように頼んだ。

 難しいことじゃない。当初、鹿嶋くんに話した筋立てで語ればいい。

 彼の依頼はなつきを心配してのことだ。


「なにも知らんよりは知ってるほうが自分で警戒するから、リスクも下がるやろ」


 ただ、私は少し疑問だった。

 そこまで警戒させなきゃいけないかな。

 いくら幽霊に一度とりつかれたとはいっても、少し心配性じゃなかろうか。

 とはいえ拒否するほどでもない。


「鹿嶋くんから話したら」

「天宮さんのほうがいいと思う」

「前フリは私からしといて、詳しくは鹿嶋くんからってのは」

「いや、天宮さんから話してもらえん?」


 なつきと二人で話できるいい機会と思うけど。

 かのんに聞かれたら即、しばかれるよ。鈍感野郎か奥手野郎って。

 でも一応理由を聞いてみる。


「この件、今は『鹿嶋は認識してない』ことにしたい。久瀬から話さん限りは」

「不自然やないの。それに知ってるのに知らないふりって、ばれたらぎくしゃくせえへん?」


 聞くと彼は軽く笑って、


「長年知らんふりなんは久瀬やん」

「でも」

「やっかいごとにまきこみたくないって、あいつなりの不器用な友情、尊重したいんよ」


 久瀬くんが不器用て思ったことないな。鹿嶋くんにはそう見えるんやな。


「さすが久瀬くんのお嫁さん。気くばり上手やわ」

「さっき『友情』て言うたの、完全スルーなん?」


 夕方十七時。窓の外は闇だった。

 まだ冬なのだ。

 近所まで送る、と鹿嶋くんは言ってくれた。自転車だし怖いことはない。けど、東谷公園を抜ければ意版の近道だし、夕方の犬の散歩兼ジョギングがてらと言うし、お言葉に甘えることにする。

 しかし東谷公園が近道と知ってるってことは、我が家の位置を知っているってことだ。久瀬くんには何度か送ってもらっている。だったら驚きの事実でもないか。

 でも不公平。私は彼らの家、知らなかったのに。というか久瀬くんち、知らないし。


 鹿嶋くんは庭からワンコを連れてきた。

 黒いけど鼻や足やしっぽは白い。コリーのシューターくんというそうだ。かっこいい。

 例の小さいリュックを背負って走りはじめる。

 私もゆっくり自転車を動かした。

 自転車とジョギングだ、会話にはならない。と思いきや、


「今日、同級生の井沢さん、に相談されて」


 走りながら話すとは思わなかった。


「井沢ゆずちゃん?」

「そ、天宮さんから、聞いた、って」


 井沢柚ちゃんはバイト先の友達だ。

 ゆずちゃんと私はスーパーで週三回シフトに入ってて、同い年は彼女だから仲良くしてる。

 最近、試験明けから春休みはもっとシフトを増やせないかと店長から頼まれた。でも北英高は試験明けに補習をするらしい。北英名物・補習はけっこう出欠が厳しいと橘先輩も言ってたけど、ゆずちゃんもそろそろ学校に許可してもらわないと、とこぼしていた。それで私が久瀬くんなら申請方法は知ってそうと言ったのが、昨日のこと。


「久瀬くんに聞いたらて言うたけど、なして鹿嶋くん」

「おれ、久瀬の秘書、つか伝言メモ、にされとんのよ」


 鹿嶋くんには疲れは見えない。

 平気でしゃべって、走るスピードは落ちない。息継ぎのリズムも一定。

 かなり走りこんでるとみた。ワンコ飼ってるし日課とは言うけど、これは相当だよね。乙女趣味のマンガ好きなのに、かなり体育会系でもあるみたい。


「伝言メモって」

「あのアホ、用事ある女子が来る前、うまいこと逃げんねん。鬼○郎の妖怪レーダー持ってるわ」


 女子高生を妖怪扱いですか。

 しかし、暴言への糾弾や鹿嶋くんの待遇への好奇心より、ゆずちゃん優先だ。


「それでゆずちゃんは」

「担任とこ連れてって、担任には相談乗れて言うといた」


 さすが人のいい鹿嶋くん。ゆずちゃんの質問に対応してくれたらしい。

 よかったよかった。


「ありがと!」


 思いっきりお礼を言うと、彼は足をとどめた。

 ブレーキ、ブレーキ。

 自転車を止めて足を地に着けて、鹿嶋くんをふりかえる。

 どうしたんだろう、下を向いてる。


「どしたん」

「……あ、ごめ。急用、みたい」


 彼の手には携帯電話があった。

 メッセージ確認していたらしい。


「そんならここまでで。今日はタルトなんとかごちそうになったり、ほんとありがと」

「タルトタタン、な。中途半端でゴメン」

「ええよ、じゃ、ばいばい」


 かなり急いでいるらしく、鹿嶋くんはシューターくんに一声かけると、ダッシュで走っていった。さっきまでは手を抜いた走りだったみたいで、ぜんぜんスピードも走り方も違った。

 さて、帰るか。

 と思った矢先のことだった。


「っ!」


 左腕にぴりぴりと電気が走った。

 ただ、それは一瞬のことだ。

 気のせいといえばそれで終わる。

 だけど、左腕――手首にはブレスレットがある。中学のとき、藤生氏がくれた細い鎖のシンプルアクセ。夏場はまるみえなのでカバンの中だけど、冬はこうして気が向いたらつけている。ちなみに気が向いてる日率は八割超え。

 さておき。


「追いかけなきゃ、いけない?」


 ブレスレットを右手で包みこみ、問いかける。

 当然答えるわけはない。

 それでもこの一瞬の思いつきは大事だ。いつも思いつきで反省はするけど、後悔はない。だから――今回もなにか誘われる気がしたのは、なにかからの啓示かもしれない。『藤生氏を覚えていた』鹿嶋くんをめぐる、不思議への第一歩への。

 そう考えたら追いかけるだけだ。

 公園から二車線道路に出ると鹿嶋くんが見てとれた。距離は七〇メートル以上。さすがに人の判別がつかないが、シューターくんがよい目印になる。しっかり目標をとらえると、私は立ちこぎ前傾で一気にスピードを上げた。

 この距離なら追いつく。自転車対ランニングだもん。

 そう思ってた。

 なのに差はたいして縮まらない。

 マジで鹿嶋くん足、速くない?

 このチャリがママチャリじゃなければ。ロードバイクならきっと追いついてるのに!

 私はあせった。

 芽衣川沿いの直線道路で追いつかないとまずい。この先、市街地区に入るY字分岐までが勝負だ。分岐より先は大通りが城山をとりまくように曲がっていて、さらに縦に道が交差している。小道に入られた時点で見失う。

 鹿嶋くんはY字分岐を北城山町、北英高校のある方角へとった。私も十秒遅れで分岐を過ぎる。そしてその先のカーブを曲がるところまでは彼の姿を確認できた。

 けれど、予想は的中した。

 私がカーブにさしかかったところで、彼を見失ってしまった。

 カーブの電柱にある標識の地名を、ふとつぶやいてみた。


「北城山一丁目……」


 探せる。見知った地域だ。

 このまま道なりに進めばサナリさんのいるコンビニ。

 サナリさんに呼びだされたのかもしれない。

 サナリさんのシフトは夜から深夜にかけてで、まだ勤務時間帯じゃない。でももうすぐ来る、微妙な時間帯でもある。

 コンビニまで自転車をとばした。

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