01.放課後、お宅拝見〔2〕
鹿嶋くんの家は、公園に隣接する分譲住宅地区の中にある。
落ち着いた色合いの一戸建住宅。空間をさえぎるへいを排して、木や花を家と家との境界線にしている。『開放感がありオープンテラスが似合う住宅地』がまちづくりのコンセプトってとこだろうか。
都市郊外が舞台のハリウッド映画みたいな雰囲気だ。
ただそういう映画って、閑静な町の一角の主人公の家で、主人公が銃撃戦にまきこまれたりするんだけど。
「モデルルームみたい」
「新築で住んでまだ一年ちょいやしな」
鹿嶋くんがドアを引く。鍵はかかってない。
彼が、たっだいまー、とあいさつ。
アクセントのつけかたが関西人らしくない。
二階から、女の人が応じるのが聞こえた。ふたりきりじゃない。なんとなく安心。
玄関からすぐがリビング・ダイニングだった。向かって正面の西側に六人がけのダイニングテーブルがあり、南の窓ぎわにはヴィヴィッドな色あいのミニソファがふたつ。そのひとつに私は案内され、腰をおろした。
ちょうど庭が見える。物干しざおの向こうに公園で見かけた赤い花が咲いていた。
ところで「住んでまだ一年ちょい」って、中三に引越したってことか。聞くと彼はキッチンから答えた――苅野に来て数年は賃貸マンションに住んでたんで。
キッチンのほうを向いて問いかける。
「あれ、鹿嶋くんも転入してきたん」
「小六に朝日ヶ丘小に転校してきて、そんで城山中」
私と同じく転校生だったんだ。
だけど朝日ヶ丘小って。この町とは別の学区だ。ここは城山小か芽衣小の校区のはず。ちなみに私は城山小区。町内行事でしか城山小に行ったことないけど。
さっきの『ただいま』もなんか違った。関西弁は『い』を下げ加減に言う。鹿嶋くんは関西圏外から転入してきたのかな。
「鹿嶋くんも転校生なんや。前はどこおったん」
「大阪」
予想と違った。
でも私も仙台、神戸と転々としてるし、帰省先に至っては静岡。方言も使い分けるようになるわけで。
「ずっと大阪?」
「まあそんなとこ」
「へー今まで知らんかったわ」
「ここって転入者ばっかやし『ヨソモノ』っておたがい分からんし気にならんのよな」
次の話題を探すまもなく彼はリビングに戻ってきた。
トレイにはティーポットと、茶色い何かが見える。
彼はひざを落として、まずポットとティーセットとケーキらしきものをテーブルに並べる。そしてポットからカップにお茶を注ぐ。紅茶、だよね。
それにしてもとても慣れた手つき。ふだんからやってるしぐさなのだろう。
さすが久瀬くんの嫁(久瀬くん談)。
少し感心して、次はケーキらしきものに注目。らしきもの、というのは一般的な見た目でないからだ。全身光沢ある茶色いものが固まっているのだが、それが照り煮の大根が並んでいるようにしか見えない。
これはスイーツ……だよね。
ついで言うと形もいびつだし。
「これ、なんてケーキ」
「タルトタタン、みたいな?」
「みたいな? ってなにその疑問形」
パトカーの赤いサイレンが脳裏をよぎった。
「昨日、アタマ煮詰まってつい衝動的に作ってんけど」
「作った。鹿嶋くんが」
『つい衝動的に』そんなメジャーじゃない(私が知らないだけ?)お菓子作るって。かれはなに者だ。そしてこの所業にいたる心境とはいかに。
「一応ちゃんと食えるもんになってんで」
「そうじゃなくて」
驚いたのを鹿嶋くんの腕前を疑ってるようにとられたか。失敗したな。
紅茶を入れる手つきはかなり手慣れている。お菓子も作り慣れてるかもしれない。なにしろ乙女趣味な鹿嶋くんだ。きっと期待できる、はず。
「アズサ……二階におるアネキやけど、アイツの評価では、人様に出せそうとのことやから、ごめん消費してもらえると助かるわ」
「こんなの作れるてすごいと思ったんよ」と時遅しなフォローをいれつつ、「美味しそう、いただきます」
見た目は微妙でもタルトだよね。
いざチャレンジ。
う。
ううっ。
おいしい。
甘くてちょっぴりすっぱい。
そしてほんのりあたたかい。
さくさくクッキー、やわらかりんご、パリっパリのキャラメリゼ。それぞれたがいに絶妙なアクセントになっていて。
おいしい!
という感想を伝えようとしたら、鹿嶋くんはニヤニヤ笑ってた。
「え、なにか面白いすか」
「幸せそうに食べるし幸せうつったわ」
そのせりふはネタか天然か。
反応に苦しみつつ、
「タルトタタン、おいしいよ」
「そう思う」
「うわぁ自画自賛」
ツッコミ半分、絶賛半分であった。
しかしほんのちょっぴり敗北感も味わっていた。
私、お弁当は作るけど、お菓子づくりは敬遠ぎみなのだ。お菓子づくりって計量がかなり結果を左右する。それが私には面倒というか根本から合わないというか。だからクッキー作って学校持ってくる子の几帳面さは尊敬ものなのだ。
「鹿嶋くんて乙女、尊敬」
「乙女でも理想の嫁でもいかようにも愚弄してください」
「尊敬やと言うに。しかもその反応、板につきすぎておもろないし。そんなとこで本題はいってよい?」
「よしきた。船旅の件な」
前ふりが長かったですね。ここからが本日訪問した理由です。