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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Wednesday's child
157/168

01.放課後、お宅拝見〔2〕

 鹿嶋くんの家は、公園に隣接する分譲住宅地区の中にある。

 落ち着いた色合いの一戸建住宅。空間をさえぎるへいを排して、木や花を家と家との境界線にしている。『開放感がありオープンテラスが似合う住宅地』がまちづくりのコンセプトってとこだろうか。

 都市郊外が舞台のハリウッド映画みたいな雰囲気だ。

 ただそういう映画って、閑静な町の一角の主人公の家で、主人公が銃撃戦にまきこまれたりするんだけど。


「モデルルームみたい」

「新築で住んでまだ一年ちょいやしな」


 鹿嶋くんがドアを引く。鍵はかかってない。

 彼が、たっだいまー、とあいさつ。

 アクセントのつけかたが関西人らしくない。

 二階から、女の人が応じるのが聞こえた。ふたりきりじゃない。なんとなく安心。


 玄関からすぐがリビング・ダイニングだった。向かって正面の西側に六人がけのダイニングテーブルがあり、南の窓ぎわにはヴィヴィッドな色あいのミニソファがふたつ。そのひとつに私は案内され、腰をおろした。

 ちょうど庭が見える。物干しざおの向こうに公園で見かけた赤い花が咲いていた。

 ところで「住んでまだ一年ちょい」って、中三に引越したってことか。聞くと彼はキッチンから答えた――苅野に来て数年は賃貸マンションに住んでたんで。

 キッチンのほうを向いて問いかける。


「あれ、鹿嶋くんも転入してきたん」

「小六に朝日ヶ丘小に転校してきて、そんで城山中」


 私と同じく転校生だったんだ。

 だけど朝日ヶ丘小って。この町とは別の学区だ。ここは城山小か芽衣小の校区のはず。ちなみに私は城山小区。町内行事でしか城山小に行ったことないけど。

 さっきの『ただいま』もなんか違った。関西弁は『い』を下げ加減に言う。鹿嶋くんは関西圏外から転入してきたのかな。


「鹿嶋くんも転校生なんや。前はどこおったん」

「大阪」


 予想と違った。

 でも私も仙台、神戸と転々としてるし、帰省先に至っては静岡。方言も使い分けるようになるわけで。


「ずっと大阪?」

「まあそんなとこ」

「へー今まで知らんかったわ」

「ここって転入者ばっかやし『ヨソモノ』っておたがい分からんし気にならんのよな」


 次の話題を探すまもなく彼はリビングに戻ってきた。

 トレイにはティーポットと、茶色い何かが見える。

 彼はひざを落として、まずポットとティーセットとケーキらしきものをテーブルに並べる。そしてポットからカップにお茶を注ぐ。紅茶、だよね。

 それにしてもとても慣れた手つき。ふだんからやってるしぐさなのだろう。

 さすが久瀬くんの嫁(久瀬くん談)。

 少し感心して、次はケーキらしきものに注目。らしきもの、というのは一般的な見た目でないからだ。全身光沢ある茶色いものが固まっているのだが、それが照り煮の大根が並んでいるようにしか見えない。

 これはスイーツ……だよね。

 ついで言うと形もいびつだし。


「これ、なんてケーキ」

「タルトタタン、みたいな?」

「みたいな? ってなにその疑問形」


 パトカーの赤いサイレンが脳裏をよぎった。


「昨日、アタマ煮詰まってつい衝動的に作ってんけど」

「作った。鹿嶋くんが」


 『つい衝動的に』そんなメジャーじゃない(私が知らないだけ?)お菓子作るって。かれはなに者だ。そしてこの所業にいたる心境とはいかに。


「一応ちゃんと食えるもんになってんで」

「そうじゃなくて」


 驚いたのを鹿嶋くんの腕前を疑ってるようにとられたか。失敗したな。

 紅茶を入れる手つきはかなり手慣れている。お菓子も作り慣れてるかもしれない。なにしろ乙女趣味な鹿嶋くんだ。きっと期待できる、はず。


「アズサ……二階におるアネキやけど、アイツの評価では、人様に出せそうとのことやから、ごめん消費してもらえると助かるわ」

「こんなの作れるてすごいと思ったんよ」と時遅しなフォローをいれつつ、「美味しそう、いただきます」


 見た目は微妙でもタルトだよね。

 いざチャレンジ。


 う。

 ううっ。


 おいしい。


 甘くてちょっぴりすっぱい。

 そしてほんのりあたたかい。

 さくさくクッキー、やわらかりんご、パリっパリのキャラメリゼ。それぞれたがいに絶妙なアクセントになっていて。

 おいしい!

 という感想を伝えようとしたら、鹿嶋くんはニヤニヤ笑ってた。


「え、なにか面白いすか」

「幸せそうに食べるし幸せうつったわ」


 そのせりふはネタか天然か。

 反応に苦しみつつ、


「タルトタタン、おいしいよ」

「そう思う」

「うわぁ自画自賛」


 ツッコミ半分、絶賛半分であった。

 しかしほんのちょっぴり敗北感も味わっていた。

 私、お弁当は作るけど、お菓子づくりは敬遠ぎみなのだ。お菓子づくりって計量がかなり結果を左右する。それが私には面倒というか根本から合わないというか。だからクッキー作って学校持ってくる子の几帳面さは尊敬ものなのだ。


「鹿嶋くんて乙女、尊敬」

「乙女でも理想の嫁でもいかようにも愚弄してください」

「尊敬やと言うに。しかもその反応、板につきすぎておもろないし。そんなとこで本題はいってよい?」

「よしきた。船旅の件な」


 前ふりが長かったですね。ここからが本日訪問した理由です。

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