表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Wednesday's child
156/168

01.放課後、お宅拝見〔1〕

 今日は放課後、用事がある。

 なんか今からどきどきする。

 思えば人生はじめてだ。男子の家へひとりで行くのって。


 帰りのHRが終わるや私は自転車置き場にダッシュ。かばんをカゴに投げ入れ、スタンドをけり上げ、


「おっしゃあ!」


 なんて妙な気合いを入れてから、いざ進め、とこぎ出した。

 校門まで人はちらほらいて、多少は慎重に進まねばならない。しかし序盤の徐行区間を抜けてやがて校門を出ると、束縛から解放されたがごとく、太ももに気力を集中させた。

  その気合いの入れように、


『与一、鏑を取ってつがひ、よっぴいでひゃうど放つ。』


 なんて平家物語のフレーズを思い出す。

 『よっぴいでひゃうど』。言い回しがすごく好き。琵琶法師のトークセンスは七百年の時を越え、私の心をわしづかみだ。

 話がそれた。

 要するに私は矢のように飛び出してったのだった。


 心拍数が上がっている。

 自転車とドキドキのせいだ。

 これよりはじめて男子の自宅に私個人・ひとりでお邪魔する。だが、気持ちの準備はいまだできていなかった。私の心臓はなんでこんなに過剰反応してるんだろう。数日まえ来たお誘いメールにはどうとも思わなかったのに。


 赤信号。止まる。


 きっかけは世界史の授業中。

 パラパラと資料集をめくって、ふと手が止まった。

 ムガル帝国の勃興のページだ。

 同時代にスミタカさまや船のみんなは生きていた――感慨深げに図表をながめてたら、ふと鹿嶋久瀬の顔をセットで思いだした。


(そういや家にいくって、彼らんちどっちも知らんな)


 同じ城山中学校区内のはずだが。


(いや、そもそもやね)


 そして今にいたる。

 この身もだえしそうな気分を今日はずっとひきずっている。実に不安だ。このまま面と向かったら、どんなリアクションしてしまうやら。

 だから私は全速力で自転車をこぐ。

 こいでこいで、このモヤモヤを汗とともにふっ飛ばすのだ。


 信号が青になる。ペダルを思いっきりふみこんだ。

 待ち合わせ場所は、東谷公園の南入口付近。

 東谷公園までの直線道路をかっ飛ばしてくと、やがてこんもりとした公園の緑が見えてきた。

 いよいよラストスパート。全力で、こぐ。

 枯れ芝生の石碑がぐいぐい近づく。あれこそ公園入口を示すもの。狙いを定めてチキンレースさながら急ブレーキをかける。

 ブレーキの声なき悲鳴が、強い振動となって両腕に伝わる。

 自転車のブレーキだけではやばい、人力=足による摩擦をも駆使してストップをかけた。


「……はあ」


 太息をつくと、ぐったりハンドルにもたれた。

 バクゼンと思う。


(くつのかかと相当すりへったかもなあ)


 さて、休憩もそこそこに顔をあげる。

 冬枯れの公園にぽつぽつと赤いものが目に入る。ツバキ、だっけ。

 目線を右に移すと、入口に一番近いベンチに茶髪男子を発見。苅野北英の制服、メガネの横顔。てっぺんの髪を青いとんぼ玉のゴムで無造作にくくってる。

 まさに彼こそはわが待ち人、いや、待たされ人か。

 私はあわてて自転車を降りて、走って押して。


「鹿嶋く、お、おま、お待たせ」


 息ぎれがひどい。急いだの丸出し。

 かたや彼は手にした冊子を閉じ、立ちあがっていわく。


「天宮さん。スピード違反にもほどがある」


 私の激走、見られてたか。


「その反応ひどない? 急いで来たのに」

「いやいや遵法精神が第一」

「ジュンポウ精神?」


 法律を守る心がけのことらしい。


「ともあれ、急いで来てくれたのな。ありがとう」


 あいさつ代わりのツッコミもそこそこに、にっこり笑った待たされ人――鹿嶋くん。相変わらず人よさそうだった。そしてもう一点、相変わらずなのは彼の手中にあるそれだ。


「『フェイクな王子』の新刊」

「昨日発売。天宮さんも読んでるん」

「買ってる」


 今日たまたま貸してた四巻、持ってたりするし。

 赤枠の表紙に描かれた可愛らしい半身像は実は少年で、内容はショタ嗜好女子御用達である。男子が読んで面白いかは微妙。しかし鹿嶋くんなら愛読してても不思議じゃない。

 しかしなにより最初の話題が少女マンガって。


「アスローンええよなあ。めっちゃビューティかっこええ」

「私は相模くんが」


 じゃなくって。


「鹿嶋くんは、自転車や、ないの」


 と聞く。

 まだ息苦しい模様。


「自転車おいてきた。おれんちすぐそこ」

「そうなんや」


 鹿嶋くんち、公園の近所なんだ。

 彼はベンチに向かって体を曲げた。黒く小さいザックにマンガを押しこんで撤収準備中である。


(黒のザックちっこいな。ほとんど荷物入らんやん)


 あまりなじみのない形に興味がわいて、待ちながらザックを観察した。

 ひょうたんっぽい細長フォルム。たて開きのジッパー。スリムでスタイリッシュなザックだ。かっこいいな。でも、荷物を少なくまとめられない私では活用する自信がない。マンガと水筒とさいふ入れて終わりか。無理だ。

 なんて余計なことを思いながら、眺めて待っていた。


「じゃ、天宮さん、まいりましょうか」


 鹿嶋くんはひょうひょうとしている。時代劇チャンネルで見た水戸のご老公にも負けてない。

 深呼吸すると、だいぶ気分も落ち着いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ