02.2月14日(火)〔2〕
賞味期限直前の弁当。少し遠いそのコンビニに向かうのはそれが目的だった。
コンビニに流れる有線の曲を口ずさむ。『チョコレートで』というイントロがもう、今日はバレンタイン・デーて感じ。有線にあわせて、
「ぱっぱっぱらっぱー」
ってノリノリで弁当を選んでる俺は、疑いなくアホだ。
レジから冷たい視線。サナリだ。コンビニ店員サナリとは、腐れ縁、バンド、コンビニ弁当で結ばれた仲でもあった。だがそれも今月末までだとか。
サナリをバンドに誘ったのはシャレだった。ところがどっこい、今やいなくては困る存在なのだ。サナリはすごい。一度原曲を聞き、スコアを見れば苦もなくリードする。橘先輩の仕上がりを見て絶妙なアレンジを合わせてくる。プロレベルのパフォーマンスもできるんだろうが、敢えてアマチュアの域を越えない。
「サナリ、瞑想神経さんとセッションするアレ、出来上がっとう?」
「私を誰だと思っているのですか」
返す言葉もない。
ドラムのみならずヴァイオリンも余裕という、さすがの魔王の側近、元・どっかの神だ。規格外な相手に嫉妬しても仕方ないが、やっぱり思わず嫉妬だな。
「私のことよりアキナリ」
「ほい」
「あなたも今回は不安定な出来映えでは許されませんよ」
「大丈夫。と思わないでもないこともない」
「大丈夫で当然でしょう。たった一曲に絞ったのだから」
返す刀で斬りつけられた気分。胃に悪い叱咤激励やなあ。
今月末のライブ、俺のギターは一曲だけ。キーボード転向を命じられのだ。オルタナティヴなラインナップだからもあるが、近来の実績が導いた結論、というのは動かざる事実だ。
鍵盤叩く方が認められるこの現実。ギターにはまってバンドを始めただけに、思いのほか打ちのめされてるんやけど。『下手の横好き』の実例が自分自身やったとは、って。
体感と心、両方の寒さでため息が出る。
「よっ、久瀬くんっ」
さらに別の意味でため息が出そうだ。
コンビニ前で自転車のカギを外して、頭を上げた先に、天然女子高生・天宮はるこ嬢。さらに疲れてマイナス思考に陥るリスクは避けたいものだ。
「ああどうも天宮さん。寒いね。そんじゃ」
「あっ、えっと、ちょっと待って。すぐ終わるし」
天宮さんはそう言って俺を引き留めると、あわててコンビニに突入。
逃げようとぼんやり思ったが、なぜか足が動かなかった。
天宮さんはサナリにチョコレートを渡していた。ここから店内での会話は当然、聞こえない。ただ、チョコはサナリへのプレゼントではなさそうだ。手振りでなにやら説明をしているようで、サナリも彼女があれこれ言うに応じて、謝意ではない、なにやら別の返事をしているようだった。
そして天宮さんは妙に意気込んで店を出てきた。三分以内の速攻帰還であった。
「お待たせしました」
「サナリに藤生君に届けろって頼んだん」
「さすが、よく分かるね」
「他になにがあるのかと」
「奮発してん。おいしかったんよこれが。久瀬くんも食べてみる?」
藤生君用と別に自分用を買ったらしい。
藤生君のとは同じ品なのかな。そんなことを考えつつ、
「いただきます」
と手を伸ばす。オレンジピールチョコだ。
手に取ろうとして軽く手に触れた。温かい。犬にじゃれたときの温かさというか。犬に触れるのは、嫌いじゃない。
天宮さんは無言。しかし注目されているような気が。感想を待っているんだろうか。
「いまいち」
「えー。ベルギー直輸入やのに」
「特設会場で並んでたやつやろ。真っ当な保管がされてなさそうな」
肩を落とす天宮さんを見下ろしつつ、自分も落ち込んだ。
なんでこの子にはずけずけとものを言うてしまうんやろ。普通に「おいしい」と答えたら、角も立たないだろうに。毎度反省しても直らない。しかも謝ったところで、彼女は謝られてる理由が分からんてな反応をするだろう。自己満足な謝罪なんぞ、寸分の意味もない。
となれば。
「ショコラ」
俺のつぶやきに天宮さんが頭をもたげる。
「ショコラ飲む? バイト先での本日限定品。賞味期限、本日限り」
「いただきますっ」
オヤジが「ほらごほうび」と持たせたものだ。何がごほうびや、元々、俺のチョコレートやっつうに。ただ、ショコラにした魔法にだけは敬服したいがね。どうやったんだ、マジで。
ともあれ、目を輝かせている彼女の期待に応え、カバンからペットボトルを取り出す。保温カバーに入れてあるから、まだ温かいはずだ。
天宮さんがペットボトルを手に取った。そして首をかしげた。
そうか。コップ。
俺は気にならないが、天宮さんは気にするだろうな。サナリに借りて来る、と言い出そうとした矢先、
「久瀬くん。気にせぇへんよね」
彼女は尋ねた。カラっとした調子だ。
「ああ、回し飲み?」
何で言われて初めて気づいた振りしてんだ、自分。
「ちゃんと拭くからね」
「そんなん気にせんて。気にしてたら今ごろ僕はバンドの全員と熱い仲になってしまう」
しかも余計な減らず口まで叩いて。
彼女はそれを聞いて、いや聞き流してボトルに口をつけた。その顔はまぬけ面、じゃなくて幸福に満ち足りた表情だ。
「おいしいっ」彼女は破顔し問いかけた、「久瀬くんこれ飲んだん」
「いや、まだ」
「じゃあ全部飲んでしまいそうやから、半分どうぞ」
天宮さんはにっこり笑ってペットボトルを差し出す。
勢いに押されて思わず受け取ってしまった。鼻腔を刺激するその香り。それは店でのものと同じだ。不意に名前も知らないあの彼女から味わった、あの苦い味を思い出しながら、悪魔のように黒い液体を堪能する。
「ほのかな甘さと苦味がなんともいえずって感じっしょ」
「う、うーん」
甘すぎるのは……きっと冷めたせいだよな?
ホワイトデー話を3.14前後にup予定です。