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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Chocolat
154/168

02.2月14日(火)〔2〕

 賞味期限直前の弁当。少し遠いそのコンビニに向かうのはそれが目的だった。

 コンビニに流れる有線の曲を口ずさむ。『チョコレートで』というイントロがもう、今日はバレンタイン・デーて感じ。有線にあわせて、


「ぱっぱっぱらっぱー」


 ってノリノリで弁当を選んでる俺は、疑いなくアホだ。

 レジから冷たい視線。サナリだ。コンビニ店員サナリとは、腐れ縁、バンド、コンビニ弁当で結ばれた仲でもあった。だがそれも今月末までだとか。

 サナリをバンドに誘ったのはシャレだった。ところがどっこい、今やいなくては困る存在なのだ。サナリはすごい。一度原曲を聞き、スコアを見れば苦もなくリードする。橘先輩の仕上がりを見て絶妙なアレンジを合わせてくる。プロレベルのパフォーマンスもできるんだろうが、敢えてアマチュアの域を越えない。


「サナリ、瞑想神経さんとセッションするアレ、出来上がっとう?」

「私を誰だと思っているのですか」


 返す言葉もない。

 ドラムのみならずヴァイオリンも余裕という、さすがの魔王の側近、元・どっかの神だ。規格外な相手に嫉妬しても仕方ないが、やっぱり思わず嫉妬だな。


「私のことよりアキナリ」

「ほい」

「あなたも今回は不安定な出来映えでは許されませんよ」

「大丈夫。と思わないでもないこともない」

「大丈夫で当然でしょう。たった一曲に絞ったのだから」


 返す刀で斬りつけられた気分。胃に悪い叱咤激励やなあ。

 今月末のライブ、俺のギターは一曲だけ。キーボード転向を命じられのだ。オルタナティヴなラインナップだからもあるが、近来の実績が導いた結論、というのは動かざる事実だ。

 鍵盤叩く方が認められるこの現実。ギターにはまってバンドを始めただけに、思いのほか打ちのめされてるんやけど。『下手の横好き』の実例が自分自身やったとは、って。

 体感と心、両方の寒さでため息が出る。


「よっ、久瀬くんっ」


 さらに別の意味でため息が出そうだ。

 コンビニ前で自転車のカギを外して、頭を上げた先に、天然女子高生・天宮はるこ嬢。さらに疲れてマイナス思考に陥るリスクは避けたいものだ。


「ああどうも天宮さん。寒いね。そんじゃ」

「あっ、えっと、ちょっと待って。すぐ終わるし」


 天宮さんはそう言って俺を引き留めると、あわててコンビニに突入。

 逃げようとぼんやり思ったが、なぜか足が動かなかった。

 天宮さんはサナリにチョコレートを渡していた。ここから店内での会話は当然、聞こえない。ただ、チョコはサナリへのプレゼントではなさそうだ。手振りでなにやら説明をしているようで、サナリも彼女があれこれ言うに応じて、謝意ではない、なにやら別の返事をしているようだった。

 そして天宮さんは妙に意気込んで店を出てきた。三分以内の速攻帰還であった。


「お待たせしました」

「サナリに藤生君に届けろって頼んだん」

「さすが、よく分かるね」

「他になにがあるのかと」

「奮発してん。おいしかったんよこれが。久瀬くんも食べてみる?」


 藤生君用と別に自分用を買ったらしい。

 藤生君のとは同じ品なのかな。そんなことを考えつつ、


「いただきます」


 と手を伸ばす。オレンジピールチョコだ。

 手に取ろうとして軽く手に触れた。温かい。犬にじゃれたときの温かさというか。犬に触れるのは、嫌いじゃない。

 天宮さんは無言。しかし注目されているような気が。感想を待っているんだろうか。


「いまいち」

「えー。ベルギー直輸入やのに」

「特設会場で並んでたやつやろ。真っ当な保管がされてなさそうな」


 肩を落とす天宮さんを見下ろしつつ、自分も落ち込んだ。

 なんでこの子にはずけずけとものを言うてしまうんやろ。普通に「おいしい」と答えたら、角も立たないだろうに。毎度反省しても直らない。しかも謝ったところで、彼女は謝られてる理由が分からんてな反応をするだろう。自己満足な謝罪なんぞ、寸分の意味もない。

 となれば。


「ショコラ」


 俺のつぶやきに天宮さんが頭をもたげる。


「ショコラ飲む? バイト先での本日限定品。賞味期限、本日限り」

「いただきますっ」


 オヤジが「ほらごほうび」と持たせたものだ。何がごほうびや、元々、俺のチョコレートやっつうに。ただ、ショコラにした魔法にだけは敬服したいがね。どうやったんだ、マジで。

 ともあれ、目を輝かせている彼女の期待に応え、カバンからペットボトルを取り出す。保温カバーに入れてあるから、まだ温かいはずだ。

 天宮さんがペットボトルを手に取った。そして首をかしげた。

 そうか。コップ。

 俺は気にならないが、天宮さんは気にするだろうな。サナリに借りて来る、と言い出そうとした矢先、


「久瀬くん。気にせぇへんよね」


 彼女は尋ねた。カラっとした調子だ。


「ああ、回し飲み?」


 何で言われて初めて気づいた振りしてんだ、自分。


「ちゃんと拭くからね」

「そんなん気にせんて。気にしてたら今ごろ僕はバンドの全員と熱い仲になってしまう」


 しかも余計な減らず口まで叩いて。

 彼女はそれを聞いて、いや聞き流してボトルに口をつけた。その顔はまぬけ面、じゃなくて幸福に満ち足りた表情だ。


「おいしいっ」彼女は破顔し問いかけた、「久瀬くんこれ飲んだん」

「いや、まだ」

「じゃあ全部飲んでしまいそうやから、半分どうぞ」


 天宮さんはにっこり笑ってペットボトルを差し出す。

 勢いに押されて思わず受け取ってしまった。鼻腔を刺激するその香り。それは店でのものと同じだ。不意に名前も知らないあの彼女から味わった、あの苦い味を思い出しながら、悪魔のように黒い液体を堪能する。


「ほのかな甘さと苦味がなんともいえずって感じっしょ」

「う、うーん」


 甘すぎるのは……きっと冷めたせいだよな?

ホワイトデー話を3.14前後にup予定です。

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