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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Farm Works
151/168

02.或る明神と其の苦衷

 やがて赤に白い文字で『籠谷神社』と染めぬいた(のぼり)を認めた。

 私たち一行は鳥居をくぐり、手と口をすすいで、石段を上がっていった。


「貴公」


 石段を上がりきり、両手二人分程度の本殿を前にしたときのことだった。


「誰です。私に声をかけるのは」


 鈴ががらがらと鳴った。

 夫妻のしわざではありえない。

 彼らは拍手(かしわで)という手をたたく動作をし、礼を繰り返していた。


「誰です。隠れて呼びかける者に名乗る筋合いはありません」

「呼びだてたのは余。この社の主」


 さい銭箱の上にふわり、と浮いたように姿をあらわした。

 身体の大きさは子供だった。顔は犬の面をかぶっている。


「貴公はどちらさまです」

「私はただの参拝客ですが」

「人に非ずとは一目瞭然。しかも余などおよばぬ強力な呪力、ひしひしと感じます」

「そんなことはありません」

「ご謙遜を」


 犬の面の下でからからと笑うが、その笑いは警戒心に満ちていた。

 私の言葉は決して謙遜ではない。

 呪力がこの身にいかに余っていても、行使できなければ地の精霊にさえ、かないはしないのだから。


「余は籠谷那来蘇明神と申しますが、貴公の御名は」

「『サナリ』です」

「なんと!」明神は大きく袖を払った、「なにゆえ、苅野農園領主の番頭閣下がかような場所へお出ましに」


 口調とは裏腹に、犬面明神は輪をかけて警戒を強めた。


「番頭とはまたずいぶん古風な表現ですね。私はマネージャーかバトラーと言っていただくと嬉しいのですが」と茶化してから私は続けた、「ただ、もしなにか誤解されているとしたら困ったものです。私は人間と連れだってやって来た初詣の参拝客で、他のなに者でもございません」

「人間とは川尻の家の旦那と奥方」

「ええ」

「どうしてまた」

「アルバイトで農作業のお手伝いをしています」

「……アルバイト……??」

「今日はおせちをごちそうになりました」

「???」


 川尻夫妻は本殿横のテントに足を向けた。

 テントは仮設の神社グッズ販売所だ。破魔矢、絵馬、お守り袋、御籤(みくじ)……白い装束を着込んだ壮年の販売員――あとで私は『神職』と呼ぶのだと知った――に声をかけていたから、互いに顔見知りなのだろう。私を『農作業を手伝ってくれる外国の学生』というウソくさい触れこみで紹介していた。

 しばらく犬面明神は彼らを観察し、口を開く。


「なるほど。『サナリ』さまは川尻の家の人とは仲が良ろしいようですね」

「取り入り、だまし、丸め込み、誘惑するのは仕事のうちですから」

「貴公のやり方に意見はしませんゆえ率直にお答え下さい。あの二人、だましているのですか」

「いいえ。そのように見えますか」


 犬面明神はまたしても無言になる。

 私は談笑する川尻夫妻の後ろ姿を見つめつつ、尋ねた。


「川尻夫妻の願い事、明神どのは聞き届けてさし上げるのですか」

「否……」明神は首を振った、「余の力では無理な願いでございました」

「無理と申しますと」

「遥か千葉、ましてやサイパンに居る者になど、余の呪力が届こうはずは……」


 私はふと微笑した。


「明神どの。少々お耳を拝借」




 二週間後――。


「農作業の口はありませんか」

「水菜の収穫作業があるよ。おいで」


 私は急いで原付で向かった。

 原付のガソリンを入れるにも厳しい財布になっていた。コンビニエンスストアの給料以外にも、もう少し補充が必要だった。


「こんにちは」

「来たね、サナリ君」


 私はマダム川尻に案内され、水菜の畑へと歩いていった。

 道すがら、彼女はいつものように世間話をした。


「先週、息子一家が来てね。もう三、四年ぶりなんやけど」

「はい」

「来たはええねんけど……あの嫁は生意気というか、全然なってへん。扉や冷蔵庫は、がたーんばたんと、えらい勢いで音たてて閉めるし、ご飯のあとも食器洗うだけ洗ったまんま。ふきもせえへんし」

「へえ。大変ですね」


 真剣に願うわりに願いが叶うと不満をこぼす。

 しょせん人間とはこういうもの。そしてこんな不満こそ、私どもには蜜の味――。


「でもねえ。孫がこれくらいに大きくなっててねぇ」

「へーえ。何歳ですか。女の子、男の子」

「四歳で女の子」

「可愛いさかりですね」

「生意気ざかりやわ!」


 しかし、喜びも確かに存在するものだ。

 こちらは私には必要ない。呪を私に提供した犬面明神に食わせてやろう。


「でもサナリ君。いきなり農作業ないのか、ないと困ってますって。年末に手伝ってもろたばっかりでしょ」

「ちょっと……使いこんでしまって」

「使いこむほど何に使うたんよ」

「旅行に」


 千葉の住宅地の地名は、さすがに言えない。行き先はネズミ王国ということにしておく。


「なにしとんの! 無駄づかいせんと、計画的に使わな!」

「はい。反省してます」


 私は苦笑しながら地面すれすれに鎌をはわせた。

 丸々と太った水菜、まず一個めを収穫。



 上主様。私はただ苅野で小さくなって待っているだけじゃ、ありませんよ。

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