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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
149/168

Epirogue ; the spiral stairway.

 ひたすらな闇の中。アンティークな机が一つ。

 机の上には青磁の花瓶。藤生氏は席に着き、ノートパソコンを眺めていた。


「ベリアルさんどーぞ」


 時待たずして、無の闇の中から湯気らしきものが沸きたった。

 湯気は次第に人を形どり、やがて理想的とも言える造形をつくりあげる。透きとおった白い額とは対照的な黒髪と黒のコートで身を固めた長身の人。いや、彼は人のようで人ではない。翠の瞳は爬虫類を思わせる。


「おそばに」

「おれの代役、つとめてくれて、ありがとう」

「身に余る光栄」


 彼は微笑をたたえ答えた。


「えらい素早い行動やったみたいで」

「偶然にも早期に気づいたまでです」

「右目も手を打てなかった時期に?」


 彼は微笑を藤生氏に向けつづける。


「偶然にも」


 藤生氏はいつもの仏頂面。黙りこくってじっと、目をそらさない。ほとんどにらみつけるような格好だ。対する彼は一辺のスキもない笑顔。整いすぎた造形はかえって不気味で得体が知れない。


「今後は行方をくらましたまんまにはしないよ。今回はありがと」


 ことばとは裏腹に感謝のかけらも見えない藤生氏。対する彼はうやうやしく、紳士さながらのしぐさで拝礼をみせた。計算されたように流麗だった。

 帰ってええよ、と藤生氏がぞんざいに手ではらうしぐさを見せる。

 彼が黒いコートのすそをはらうや、黒い霧がその身を包んだ。異質な闇はやがて周囲の闇に溶けこむといずこへか霧散し、あとかたもなく消えたのだった。

 再び訪れた暗闇の静寂に、藤生氏はひじをついて手を組みあわせる。

 ふうっと太息をつき、その手の甲にひたいを乗せた。目をぎゅっとつぶり、口もとをつよく結んでなにかに耐えるようだった。


「もうええよ。たち、なんやったっけ」

「橘。たちばなもとい」


 藤生氏はやっぱり名前を忘れていた。

 橘先輩は高飛車・事務的態度で藤生氏を見下ろす。対する藤生氏は、


「あれ威嚇やで。シラ切られてなんもつっこめへん。こんな針のムシロ、代わってもらえるんなら代わりたい」


 と、崩れるように机に突っぷした。

 変わらず不機嫌かつ上から目線の橘、いわく。


「契約は解約してくれるんやろな」


 藤生氏は机にほおをよせたまま、ぼそっと言った。


「解約は、認めれん」


 橘はしかめ面になるが、つとめて平静に告げた――なら俺はあんたを攻撃するしかない。

 座ってほおづえつく藤生氏は、のんびりと返した。


「そない短気にならんでも」

「短気で片付けるなや藤生ちゃん。これでも腹くくって言うてんのやで」

「ごめん」


 藤生氏は素直に謝る。と、ごつんと相当派手な音をさせて机に額にぶつけた。そしてそのまま微動だにしない。

 これはごめんなさいしているのか。頭を上げないのも深い謝意の表明か。

 んなわきゃないか。

 橘は藤生氏のキテレツなパフォーマンスに困惑したようで、当初の不機嫌な態度はなりをひそめている。


「お二方おそろいで」


 今度はE.T、じゃなくて右目さんが闇から姿をあらわした。

 藤生氏が顔だけを重たそうに上げる。と、漆黒の空間が、書斎ふうの明るい部屋へと一変した。


「なんの用。ちゃんと仕事片付けとうで」

「最善策を奏上しにまいりました」右目さんは軽く頭を下げる、「お二方協力し合い、魔法の花瓶を三つ集めるのです」

「ちょっと待てよ右目ちゃん」


 橘が異をとなえた。


「なんでございましょう」

「俺こいつ蹴落としに来たんやけど。協力ってなにナナメ前のこと」

「斜め前でも前向きですよ。私の提案は」


 右目さんは顔をくしゃくしゃにした(たぶん笑った)。


「先代様はその存在の概念を三つに分けました。詳細は分かりませんが、それをお集めになれば、先代様を越える力を得られるはず」

「あんたの提案は矛盾の見本市か。最初、花瓶を集めると言うたよな。その説明に『概念』を集める。意味分からん。しかも詳細不明。テキトーぶっこいてね?」

「めんどくさそう」


 どちらが言ったと書かずとも分かる、両者の反応だった。


「概念の具現化がすなわち花瓶。橘さまがこの花瓶に籠めた『何か』もそれなのです」


 右目さんはベストのポケットから灰褐色の陶器を出した。橘が私を拉致して今田町で作った、あの花瓶だ。右目さんのポケットは四次元ポケットか。

 青磁の横に並べてみる。つるりと艶っぽい青磁とざらついた触感の灰陶。対象的だ。


「立杭焼かあ。色合いは微妙やけど、なんやろな」

「橘さまがご自身でお作りになったものです」

「たたずまいが素人っぽいのは、そいで」


 藤生氏の審美眼は厳しい。


「素人で悪かったな」

「ほめことばやで。野趣あふれるとかそんな」


 橘がはあ、と大きくため息をつく。心の声が口からだだもれだ――だめだこいつ絶対あおってもマトモに勝負にならん。フィヨルド対決のひどい体たらくで予想はしてたけど。

 さんざんな言われようでも藤生氏は聞いてない。


「花瓶持ち片っぱしからあたればええかな」

「上主さま、花瓶なんて全国津々浦々のご家庭にありますよ」

「学習教材の訪問販売員でも雇おかな。さて何年かかるやら」


 というアホで悠長な会話に、あの橘でさえ……キレた。


「分かった! 協力するっ!」


 やっと藤生氏は上半身を起こした。


「た……さん」

「た・ち・ば・な」

「おれらって、呪と人間を利用した企みを確認してんねん。そういう中で花瓶の主に接触できる可能性はある。あるきっかけで花瓶の主が動きだすみたいやし」

「確かに俺は『藤生ちゃんに会わなならん』と思ってた。あんたはのんきに寝てたけどな」

「んで、たちばなさん? はアンテナにひっかかった話があれば教えてくれたらええ。相手に仕掛けるなりの実動はおれがやる」

「協力してやるからひとつ教えろください」


 橘が投げやりに命令か頼みか分からない申し出をする。

 と、藤生氏は質問を聞くことなく、スラスラと答えた。


「契約解約の件やんな。今解約すると追徴の代償が発生して大惨事になる。そんな後で非難ごーごーなん、めんどくさくておれは認められん。けど、解約やなしにちょっと契約内容訂正するだけにして、少し追徴分を払う」

「少しずつ……」

「それを何回かに分けて間隔もあけて、やる。不幸電波体質は変わらんけど、生傷たえへんくらいの日常の不運程度ですむ。それくらいならたちばなさん? の魔法でカバーできることやろ」


 右目さんはうなずいている。さすが上主さまと感心して、ただ一点問題ありと指摘した。


「訂正毎に橘さまのお力が落ちることになります」

「藤生ちゃん的には問題ないんか。協力要請する俺の魔法を少しずつ制限するような」

「だから実動はおれがやる、って言うてんけど」


 橘はすとんとその場に座る。

 しばらく考えこんでいたが、やがてゆっくり頭をもたげると、まぶしそうな目をして笑った。理由は分からないが、とにかくホントに……見てるこちらがとろけそうな素敵な笑顔だった。


「藤生ちゃんて実はできる子?」

「あのう、藤生皆さん」


 ほへ、と藤生氏がねぼけたような顔を上げた。橘、そして右目さんに目で訴える。

 橘が忘れてた、と藤生氏の足もとを指さす。『長野レタス』のダンボール箱だ。


「それサナリから預かった」

「開けてくださーい」


 ダンボール箱が音源に違いない。

 うながされ開けてみると、缶詰・ファイル・ぬいぐるみ。理解不能な宅配物に眉をひそめる藤生氏だったが、十秒ほどして、驚愕の声をあげた。


「ええっ自分、天宮さんとこに、いやなぜパンダ!」


 藤生氏は箱からパンダのぬいぐるみを取りあげた。

 苅野から幽霊船で旅立ったあの日の未明、サナリさんがあおいちゃんを封じこめた人形だ。缶詰と一緒に藤生氏に送ったものだろうか。

 ともあれ、日下部パンダあおい嬢は藤生氏につかまれた状態で、小さく小さく頭を下げた。


「こんにちは、日下部です。サナリさんからの紹介でこちらにお世話になりたく」

「あ、はい。こんにちは。藤生です」


 つられて藤生氏もお辞儀をし、机の青磁の横にパンダを行儀よく座らせる。へなへなと倒れてパンダが落ち着いて座ってくれないからか、妙に顔が真剣だ。

 橘と右目はおたがい顔を見合わせた。すると彼らの背後にいきなり階段があらわれ、二人はやれやれ、と言いながら階段を下りていった。

 慎重に慎重を重ねての時間が流れ――ついに青磁にもたれるパンダの図が完成した。藤生氏はちょっぴり満足げだった。


「藤生氏、お知らせしたいことが」

「あい」


 ひじかけいすに正座し、パンダを正視する藤生氏。


「あのアロマキャンドル、煙吐いてて危ないです」

「うあ! しもたっ」


 藤生氏はあわてて立ち上がる。そしてまず。


「忘れとっ、たあ痛っ!」


 転んだ。見事にコントのお約束を踏んでいる。

 その後はうように窓ぎわに近寄ってアロマグラスのフタに手を伸ばし――。



 そんなほほえましい情景を最後に、私は一連の「現実な夢」を見なくなった。

Spiral Stairway おしまい。

ちなみにプロローグの定冠詞が a でエピローグが the なのは、ツッコミなしでおねがいします。

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