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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
140/168

19.名もなき氷の海で〔4〕

 なんだか知らないが、天罰や。

 フロリアンへの憎悪は積もり積もって、うず高い山と化していた。そりゃそうだ。藤生氏も久瀬くんも水中に沈められた。藤生氏はまだなんとかなるだろうが、久瀬くんは……。フロリアンの美形ぶりをもうのどかに見とれてはいられない。ヤツは私の数少ない『抹殺リスト』の上位に急上昇した。ちなみにリストの一位はゴキブリだ。

 転んで起き上がって正座している私の目の前には、棒切れが落ちている。二度の放火(しかも二度目は現在進行形で炎上中)と、数度以上の砲撃にみまわれ、壊れた船の部品だろうか。

 これで殴りかかるか。

 今はスキだらけ、かもしれない。

 でき得るなら一矢報いたい。久瀬くんの弔い合戦として。

 不穏な誘惑にかられる。


 『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる(「ローマ人への書」第12章第19節)


 と聖書にいわく。

 小学校のころ、近所の教会の信心深いおっちゃんが言っていた。仕返しするのは神さまの役割や、自分で仕返しするとまた仕返しされるから、神さまにお任せせなあかんよ、と。それが『復讐するは我にあり』なんや、と。

 おっちゃんの言うことを目の当たりにした今。自分は、やっぱり復讐なんてガラじゃないような。


 激しい衝撃がおこった。

 めりめり、と大きな音とともに、船は前方から後ろへと順に木片をまき散らしていった。どんどん速度は落ちてゆき、さらにもう一度――。

 がくん、とタテゆれ。船が傾いたために後ろにあお向けに転がり、床に頭をぶつけてしまった。目の前が暗転して星が飛んだ。さっき転んだのより、数倍痛い。

 船が、動きを止めた。

 頭をさすりつつ、上半身を持ち上げる。と、甲板が船首に向けて微妙に斜めせり上がっている。なにが起こったかは分かった。船が、岸に乗り上げたのだ。

 銃を取り落とし、我にかえる船長。

 ぼう然とする乗組員たち。

 途方に暮れる景童子と私。

 苦痛ゆえに他のことなど眼中にないフロリアン。

 敵意マンマンらしい船団は背後にせまり来ているに違いない。

 船が陸に乗り上げたなら、と私は一生懸命頭を回転させた。船から降りればフロリアンから逃げられる。なんとか逃げまくっていれば、いつか藤生氏か橘が反撃してくれるかもしれない。このまま船にいれば、どうなるだろう。フロリアンが痛がっているのは今もってワケ分かんないけど、さらなるピンチに遭遇しかねない。『復讐するは我にあり』と棒切れ見つめて考えたところだけど、倫理的判断より命あってのモノダネ。機を見て逆襲のいかんは考えるとして、今はより確実にうまくいく方を選ぼう。久瀬くんなら、きっとそう考えるはずだから。

 それにここは、夢で出てきた場所だろう。たどり着くべき場所にたどり着いたのだとしたら。


「降りるにしくはなしっ」


 急に立ち上がったら、からだの節々が悲鳴をあげた。コケたとき打ったかな。でもそんなの気にしてる場合じゃない。

 船べりに手をかけて、水面を見たらごつい岩場に見事に船体をぶつけ、壊れている。さらに岩と船体との暗い間に目をこらすと。


「浸水してたりして」


 いや、マジで命あってのモノダネ。タイタニックの犠牲者体験はしたくない。ピンチに助け合うステキな恋人もいないことだし。とっとと逃げねば。

 浸水に気づいたか、船から陸へとジャンプする船員があらわれはじめた。でもかれら、陸に届く前でその姿が消えてしまう。跳び損ねて落ちたのではない、煙のように姿を消してしまうのだ。

 理解不能。なんで。

 逃げそうとしたその足を、しばらくストップして考える。

 私もああなったらどうしよう。消えたら、どこへ行くのだろう。


「離せ!」


 ぎょっとして声の主を見た。

 フロリアンだ。


「助けて!」


 次いで船首の方、岸で女の人が叫ぶ。

 腰が抜けそうになった。驚かずにいられようか、いや、ない。反語までつけてしまいたくなるくらいに、びっくりしたのだ。

 ゼンタお嬢さんが厳しい顔を船に向けている。

 助けを求めて泣き叫んでいるのは、夢であらわれたシギンさんだ。


「私はこの地の神、人が神を殺すというの」


 そして私を驚異の嵐に導いたのは……そのシギンさんののどもとにナイフを突きつけている、愛想笑いの達人。


「んなもん日本人に通用するかい。信じてへんでもとりあえず初詣いっとこか、って国民に。もちろん僕はそのひとり。そもそも日本人って、古来より今に至るまで、怒る神を黙らすわ、無視するわ、ときには殺しもしてきたって知ってる?」


 まさに神をも恐れぬ人だ、久瀬あきなり。

 半分以上、話の主旨はわからないけど。

 ともかく、助かったんだ。


「理屈はともかく」ゼンタさんが言った、「私はあなたと同じことをしているだけ。あなたは弱みを握り、相手を追いつめ、相手の判断に任せるように見せかけて、思いどおりに誘いかけた。

今、私もあなたに判断させてあげるわ。

あなたの妻を助けたい? その身を回る毒から、自分自身を救いたい? もしそうならば、この場にいるすべての存在に(あだ)なさないと、その血をもって誓いなさい!」


 フロリアンは怒りをあらわにして呪った。


「切り刻んではらわたを引き出し、川に沈めて氷と氷で潰してやろうか」

「船長、撃ってやれっ」


 久瀬くんのことばに船長はすぐさま応えた。

 マッチを擦るような音のあと、発砲音が連続した。軽いが頭に長く響く。 

 フロリアンが、苦痛に顔をゆがめる。


「今度は命中か……業腹な」


 普通だったら倒れるだろ。なのに立って久瀬くんをにらみつけたままだ。敵に回した相手は人間じゃない、とあらためて震えそうになる。

 神さま。

 そうや、久瀬くんやったら、知ってる。

 私はぴんときて、叫んだ。


「藤生氏の、ほんとうの名を」


 久瀬くんは一瞬、顔をしかめたがすぐ、特技の愛想笑いをうかべた。

 そしてなにやらつぶやいたのだ。


 ばん。


 どがん、ぐしゃっ、ぎりぎり。


 と、なにかしら起こったらしく、後方で派手な音がした。この船ではない。もっと遠くだ。ちゃんと状況を描写したいんだけど、なにぶん事態がまったく分からないので、とりあえずは擬音で語るのみにしておく。

 主帆からたちこめる煙が視界をさえぎる。

 桟に手をかけ身を乗り出して、目つき悪げに目をこらしてみると。

 次々と煙を上げて、船が沈んでいっていた。ヴェッケン船長の船を追い詰めていた船たちが、背後から攻撃を受けているようなのだ。

 味方、なのか。

 もしかして藤生氏。

 たちのぼる煙と煙の間に、蜃気楼が浮かび上がる。明らかに周囲の艦船とは趣が違う。大きな箱に城みたいな楼閣が、一枚帆の中型船を従えていた。

 見忘れはしない。和船の船団だ。


「ナナツギの」


 近づいてくるその船。

 スミタカさまは楼閣のある船の船首に立っていた。扇をひらひらはためかせ、なんと優雅なお方だろう。


「そこにおるのは天宮はるこか」


 はい、おおせのとおりで。

 しかしお待ち下されたく。

 久瀬くんがお呼びになったのは、藤生氏のはずじゃなくって?

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