14.結界復活
「ごめん。時間くわせた」
「ぜんぜんオッケー。ここが神社やし」
彼はそう言って水面を指さした。
川の中?
「正確には結界のもとになるもんが埋められていた場所」
「埋められていた……って、過去形?」
「過去形。公園として整備するとき、浚渫工事で、つまり川底を掘り起こしたら発見されて、取り除かれてしもうたというわけ。詳しいことはこの記事見てみて」
久瀬くんが差し出したファイルにはさんである新聞記事、それは五年ほど前の地方記事だった。そこにはモノクロで陶器の破片の写真が掲載されている。
内容を要約してみると。
『都市整備事業の調査中、芽衣川から発見されたこの陶器片は、苅野近辺に伝わる古陶器のシンプルな様式と違って派手な装飾がなされ、珍しい遺物として注目されている』
……と、こんなところだろうか。
「想像でしかないけど、装飾された陶器って、魔よけ?」
ふと、私は大阪の百貨店で見た中国の殷・周時代の遺物とやらを思い出した。難しくて読めない名前のついた青銅器のたぐい。古い時代の器についてる派手な文様は、呪術的な意味がこめられているとか。
物知りの久瀬くんだから、そんな知識も知ってるだろう。こくりとうなずいて同意する。
「ぼくも思った」
「でも……この陶器片が取り除かれて、苅野の結界とやらは不完全な結界になってしまった。だから、魔のものがばんばん入り込んでくるようになったけど、封じ込める力だけハンパに残ってるから、入りっぱなしで出ていかないで、苅野にたまりっぱなしになる、と」
久瀬くんはにぱっと笑う。
「大正解! つーわけで、どうしよう」
どうしようって、どういうことだ。
「けっかいふっかつかびん〜」
彼はドラ○もんチックなノリで宣言するとともにかばんから花瓶を取り出し、高々とかかげる。
結界復活花瓶、かな。
それにしても、ひみつ道具をくり出すときのノリが藤生氏とかぶってるんだが……。本人には言わないけど。
「それって、藤生氏愛用の青磁」
「藤生くんにおねだりしててん。ちょいこの前くれてんけど、思えばこれも予兆ってやつやったんかも」
それをいうと、私にくれた赤い石の、魔法のアクセサリー。これも久瀬くんへの花瓶と似たようなものかな。なんとかしようという、藤生氏の決心のあらわれという意味で。
「その花瓶で工事でこわれた結界が復活するん」
「復活する」
久瀬くんは即答した。
「なら久瀬くん、復活させよう結界。今より良くはなるっしょ」
「そのノリが藤生くんをまるくしたんやな」
「は?」
「なんでもない。じゃ水面に投げとくれ」
私は『結界復活花瓶〜』をかかえた。案外重みがある。
てや、と思いっきり腕を後ろから前へ伸ばす。 茜の空に花瓶は弧を描いた。
「えっ!」
水面に、人影!
それは花瓶の落下地点に現れ、花瓶をらくらくキャッチした。
「サナリ」
片手に花瓶を持ち水面を歩いてくるのは、あの美形のおにいさん。
だが、いつものようなかっこいい印象はなかった。禍々しい……そんな言葉がぴったりだ。
「あきなり、これは人間のやる仕事じゃない」
初めて見る、サナリが怒りの感情をあらわす場面。
怖い。とんでもなく怖い。
風もないのに水面が波立つ。サナリから感じる感情の強さと同調している。
「すでに離反の準備はできていたというところですか……しがらみも切ったところで」
久瀬くんは静かに聞き、サナリは続ける。
「しかし、私としてもそこの彼女に写しこめばもう君の手助けは無用。彼女は彼の御方の御心も同調率も、すべて満たしている」
川面が鏡のように静かになる。
意味はわからないが重要なことに違いない。聞きもらすまいと、私は顔を上げてサナリを見た。
目線が合う。いつもの柔らかそうな笑顔だ。
「天宮さん」
「……え」
目が合っても呼びかけられるとは想定外。反応に迷った。
「結界を壊したままにしているのは確かです。だから魔の物どもが増加した。一連の推理は、因果関係の認識として正しい」
「え……」
「しかしそれは、苅野やその他世界中の‘MagiFarm’で進めているプロジェクトのためです。協力してくれませんか? これは、皆自身のためにもなることです」
すごく素敵な、包み込むようなテノール。余韻にひたりつつ私は考える。
このままの方が藤生氏のためになるというなら、協力した方がいいのでは。
迷う私の横で、久瀬くんがつぶやく。
「理屈はともあれ、藤生くんひとりのために苅野じゅうが魔のものだらけになるんなら、ぼくは藤生くんをぶち殺すね」
ずいぶん乱暴な意見だが……温厚な久瀬くんがそこまで言うとは。
私は考えた。
たぶん、彼の意見が正しい判断なんだろう。なぜって、藤生氏は彼を信頼しているから。あおいいちゃんのタマシイのありかも教えてるし、魔の世界へ行くというメールも久瀬くん宛てだったし。
藤生氏にとってはやっぱり、彼の方が大事な友人なのかな。私よりは後事を託すことができて、なんでも話せる相手なんだろう。少し……くやしくて、うらやましい気がする。ああ、これって嫉妬ってやつかもしれない。
でも今からする選択には関係ない。
私は大きく息を吸い込んで、言葉をのせた。
「お断りします」
「ならば」
サナリは手のひらに光の玉を造りあげた。
「覚悟してもらいましょう」
「お願い! 藤生氏」
私の目の前で、光の玉ははじけた。
藤生氏からプレゼントされたシルバーアクセサリーが輝きを帯びている。
魔法は本当に成功した。
「藤生氏のところへ!」
コンクリートの遊歩道に魔法陣が描き出される。そのまぶしい閃光の中に私たちは飛び込んだ。
サナリが手を出す。が、はじき返される。
目の前が、真っ白になった。