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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
135/168

18.ヒロインはかく語る〔3〕

「おお、目を覚ました」


 まず景童子のアップが目に飛びこむ。その背景は曇り空。私は寝っ転がっているらしい。

 またもや夢オチっぽいぞ。

 がばりと起きて見回した。船べりにしゃがみこんでる船長。他に幽霊はひとりもいない。カンヅメに閉じ込められたのだろうか。


「助けてくれ」


 あらぬ方向でおびえた弱々しいことば。あの船長が発したものだ。

 かたやカンヅメを手に追いつめる久瀬くん。


「望みどおりにしたげよってのに。あきらめ悪ぃな」

「違う! ああ、みな、消えて……」


 久瀬くんマジ悪人。追いつめながら笑ってるし。しょーもない悪の総帥はどうしたんだ。

 そこへ景童子が告げる。


「久瀬どの、天宮どのが目を覚ましたぞ」


 久瀬くん、ピタリと動かず三〇秒経過。ぽつりと一言。


「無事やったん」

「私は無事生還したよ。ゼンタさんは、ええと」


 景童子がすぐさま答えた。


「異国の女は消えた。あぶくのように、目の前より」

「あぶく、泡のようにってこと?」

「おぬしが高くに持ち上げられて」


 景童子の証言を要約しよう。

 私がまたもや海に落とされそうになったとき、急に突風が吹いた。その風にさらわれ(どんな強風やねん!)、海に落ちずに船の帆にひっかかり、最後には甲板に落っこちた。そして私はそのまま気を失い、今に至るという。

 そんな幸運ありかよ。てなツッコミはともかく。

 一方、ゼンタさんはいなくなった。まるで入れ替わりに、忽然と、船上から姿を消したのだ。

 ヴェッケン船長は叫んだ。


「どこへ消えたのだ、ゼンタ!」


 そして船長の態度は豹変した。強気モードが一変、すっかり縮まってしまったのだ。久瀬くんのカンヅメよりも彼女が消えたことに、その理由の見えない結果に脅えていた。

 ゼンタさんは確かに夢でも消えた。ベツモノとは考えられない。

 思い出しつつ、頭の中を整理する。

 まず、ゼンタさんは『心が』とらわれの身であると説明した。そして、船長さんを助けてほしいと頼んだ。藤生氏がなんだか偉いようだと気づき、わらをもすがる思いで、友だちであるという私に頼んだのだ。

 するとタカ○ヅカな御使いたち(?)が歌うわ浮くわ、派手に登場。気を取られたすきに、ゼンタさんは消えていた。消えた後には光るクモの糸……『運命の綱』と呼ばれる代物が見えた。そして突風が来て藤生氏を見たのだが。

 彼女はどこへ消えたのか。彼女は謎の言葉を残した。


「行くべき場所。帰るべき、場所。帰るべき」

「一時休戦」


 久瀬くんはカンヅメを持つ手を下ろした。


「彼女は何処……」

「俺が知るか。それは天宮さんに数々の無礼を頭を床にこすりつけ謝罪してから、尋ねろや」


 そこまでされると私が恐れ入ります。

 しかし久瀬くんは一人称が『僕』じゃない。かなりキレてる証拠だ。アレを話して火に油を注がねばよいけれど。


「また夢見たんですけど、藤生氏がお目覚めのようで」

「あ、そ。で、ゼンタさんは」


 私は困惑して声が出なかった。

 藤生氏起きる。この衝撃の出来事、もっと派手なリアクションを期待したんだが。しかもそれよりゼンタさんはと、当然私が知っているものとして聞いてくるってどういう料簡なんだ。

 とりあえずさっき頭の中で整理したことを話した。

 意外な反応をしめしたのは景童子だった。


「光るクモの糸と申したか」

「いや、クモの糸じゃなくて」

「少々気になることが」


 景童子は黒装束に手を突っこんだ。そして懐から出てきたのは。


「コンパス、持ってたんすかっ」


 久瀬くんも私もびっくり仰天。コンパスは両手に余る円筒型の物体だ。細身の衣装に、しかもごく自然にどうやってしまい込んでいたのやら。その装束は四次元ポケットか。

 どうでもいいツッコミはさて置いて。


「光を放っておる。気になってな」

「運命の綱って」

「それは私の……」ふらふらとヴェッケン船長が景童子に近づき、「私の船のコンパス!」


 突然、荒縄がからんだ。

 景童子があ、と声をもらす。と、ひょうっと荒縄は曇天へと突き上がる。わずかな太陽光に反射し白金色に輝くそれはコンパスだ。まるで縄が太陽を突き刺すように見えた。


「何をするかっ」


 景童子がヴェッケン船長に飛びかかり、馬乗りになる。大乱闘かと思いきや、久瀬くんが景童子を背後から脇を抱えホールドする。それもほのぼの笑顔。感心するほど切り替えが早い。


「待ちんさいな」

「なぜに止める」

「童子さん、これでええねん」

「良くはない。あれは一時のみと、若より拝借つかまつったもの」

「ええねん。もともと船長の持ちもんやから」


 景童子はそんな事情なぞ聞かされちゃいないだろうが、反論しなかった。久瀬くんがホールドをはずすと、景童子もつづいて立ち上がる。


「北へ」船長はおずおずと顔を上げる、「それが、行くべき場所」


 彼女が言ってた『行くべき場所』って。もしかして船長は知っている?

 船長は少し表情をひきしめた。

 久瀬くんもなにかを察したか、黙ってカンヅメの幽霊たちを解放する。


「船長さん、どこへ行かはるの?」


 私が尋ねるも、やはり彼は黙ったまま、灰色に溶け合うはるかな水平を見つめつづけるのだった。

 無視かいおっさん。

 船は、コンパスの指す方向へと動き出す。いまさら心配してもはじまらない。波のゆくえに身を任せよう。

 景童子さんは船長、正しくはコンパスを見張っている。スミタカさまからお預かりしたものだ。きちんと見ておかねば、という理屈らしい。

 久瀬くんは船べりにしゃがんでいた。そして、私を見上げて唐突につぶやいた。


「で、藤生君が起きた」

「そうやねん!」


 つい興奮ぎみになる。ようやく久瀬くんが藤生氏に関心を払い出した。それが私はうれしかったらしい。

 だが彼は面白くなさそうな顔だ。


「せやったら藤生君、とっとと解決してくれよ」

「そうやといいよね。でもそうはいかん事情があるんかも知れへんし」

「その間にもまた犠牲が」


 心に引っかかった。


「犠牲ってどゆこと」

「どゆことって」

「ゼンタさんのこと言うてんのとちゃうよね。姿が見えなくなっただけで『犠牲』て表現、おかしかない?」

「また希望的観測でもの言うし」


 突き放した言い方。カチン、ときた。


「希望的観測ちゃうよ」

「彼女が失踪したんは確かやん」

「失踪がなんでイコール、犠牲なんよ」

「犠牲とか失踪とか、天宮さんは悪いようにとらえてるけど、彼女には幸せなのかもしれない」

「なにを言い出すわけよ。自殺肯定やん」

「否定は自己欺瞞のひとつ。肯定は素直な独白かもしれない」

「私には、幸せって絶対思えない」

「僕は大いに共感を覚えるよ」

「やめてよ!」


 思いがけず、半べそかくような声になる。

 久瀬くんがさも意外そうに私を眺めた。

 私は難しい顔をした。あからさまに取り繕っている。そんな自分が、嫌になる。消えてしまいたい瞬間。私にだって、それはある。でもそれは嫌なことでつらくてたまらない時だけだ。とてもせつな的なものだ。共感を覚えるなんてのは……。


「ごめん。天宮さん」


 久瀬くんはふらりと立ち上がった。


「ごめん、って」

「気に食わんかってん。ゼンタさんが消えたことより藤生君が起きた方が重大そうな、天宮さんの反応が。かなり言い過ぎやった」


 私は口をつぐんだままだった。

 本当っぽい嘘でおさめてしまう。それを私は素直に受け入れられない。

 景童子が間にいたらよかった。言い合いにまで発展しなかったんじゃないか。それも言い訳の一種かな。

 気まずさから抜け出せない。そんな時だった。


 ちゃんちゃかちゃかちゃか、ちゃんちゃん。


 緊張感を見事にぶった切る音楽。

 コートの内ポケットが楽しそうだ。たしか安賀島大地に渡されたスマートフォンがそこにはあったはず。すっかり忘れていたその着信音は、笑点だった。


「だれの趣味やねん、笑点って」

「ていうか海外調達の携帯に笑点」


 安賀島大地に疑惑を向けつつ、通話ボタンを押すと、


『やあ、俺のマイ・スイート・ハニー』


 頭痛。

 甘いハチミツがどうとか、と私は久瀬くんにさっさと電話をさし出す。

 彼は本っ当に不機嫌そうに、応答した。


「だれがだれの甘いハチミツですか。橘先輩」

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