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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
134/168

18.ヒロインはかく語る〔2〕

「ところでゼンタさん、切実にお聞きしたいんですけど」

「なに」

「ここって、どこ」


 彼女も私も空を見上げた。灰色のうず巻きを描く空。

 周囲を見渡した。延々と果てなくつづく、白い地上。

 もし風景画を描くなら絵の具は白と黒だけでOKだ。モノクロームで構成された、抽象画チックな平面と線の世界。そこに異質なものは二点ある。ゼンタ嬢と私だ。

 あたりはしんと静まりかえっている。音さえも塗りこめられたようだ。

 そんな中だからか、


「さあ」


 と自動翻訳された返答は脳内で反響し、倍増しでへこむ。

 でも、めげない。


「さあ、ってねぇ」

「この世のどこかには違いないでしょう」


 なんだろうか。この事態の受け取りかたの違い。マリアナ海溝より深い断絶感。


「でも見て。彼女たちがいる」


 彼女たちって。

 ゼンタ嬢が手をのばした先には、妙な格好をした三人が立っていた。ヒラヒラの白い布をまとい、肩や胸に銀色に輝くお皿をつけている。今からタカ○ヅカのレヴューでもおっぱじめるのかというような、すさまじくきらびやかな衣装だ。金に輝く長い巻き髪は、お蝶とかポンパデュールとかお呼びしたいくらいのビックリ度であった。


「お知り合いですか」


 知り合いだったらすごい。


「あなたも見える?」

「今まさに」


 しかもすごい存在感やし。


「私、昔からよくこういうのに会うのよ」

「それは災難なことで」


 ゼンタ嬢はやわらかく微笑む。

 ………あ。

 これって失言やん!

 私はあわてて謝った。


「ごめんっ、ヴェッケン船長さんは別やから」

「彼と出会ったこと、それは確かにとんだ災難ね」


 笑顔のままだ。リアクションも皮肉ではなさそうに思える。

 私と目が合うとゼンタ嬢はやや首をかしげた。少し物思いにふけるようにしていたが、やがて私にかく語るのだった。


「でも、ヴァンと出会えたから私は逃げることを自分に許すことができた。そして今は私は抵抗し、立ち向かっていいんだとも知った。だれのおかげと思う?」

「えーともしや私、ですか」

「あなた、そしてカイ」


 私はともかく、藤生氏なら分かる。

 たぶん、いやきっと、藤生氏はゼンタ嬢を助けようとしていたんだろうから。だけどゼンタ嬢が逃げようとしていたのは、なんなのだろう。家出したのは船長さんに会うためだ、そう私は思ってた。でも『逃げる』そして『抵抗』。船長さんへの恋ゆえの家出行動ととらえるには、少し違うように思える。


「彼女たちには今、初めて会うけれど」彼女は立ち上がった、「お願いです。私を行くべき場所に、彼女を帰るべき場所に……」


 初対面でいきなりお願いとは図々しいにも、とつっこむ間もなく。

 金髪の『彼女たち』がふわり、浮きあがる。そよ風が彼女たちを追いかける。小さな雲も風に乗り、彼女たちを包みこむ。

 まるで羽衣をまとい空を舞う、天女のようだった。金色の粉をまいたような。

 彼女たちは神様か天の御使いか、いずれにせよ人でないんだ、と今さら思う。と、その考えを裏付けるかのごとく、空の灰色が二つに割れ、すき間から白い光が差しこんだ。彼女たちは光をまといキラキラ輝いていた。中でも手もとが黄金色にまばゆい。短剣だ。彼女たちは腕をのばし、自由の女神よろしく短剣で空を指ししめした。

 すると白い大地がふるえた。

 私の視界はぐるり、と回った。

 やがて……ぼうっと目に映ったのは、真っ白な小さい丘。そして大きな大きな木が一本。太陽の光に鮮やかに反射する、その緑の下には、人がたくさん寄り集っている。

 平面モノクロ世界に、そこだけが鮮明写真画質。

 あそこは一体、と思う一瞬で、幻のようにかき消されてしまった。

 一転、闇。


「うそっ」


 あせりを覚えてあちこちふり返ってもなにもなく、ゼンタ嬢さえいない。

 どこへ行ったのだろう。

 そしてこの暗闇は。

 天国から地獄へと、私だけ突き落とされたのかしら。

 たちまち恐れにとらわれかけ、うち払おうと頭をふった。なにがあってもおかしくないのだ、次にまた絶望を打破する(都合のいい?)新しい展開があるに違いない、今までそうやったやんか――強く、自分に言いきかせる。

 少し落ち着いたころ。

 ふと、気づく。

 かすかに耳もとに届くのは、歌。

 私は耳をすました。

 いずれからだろう。穏やかな風に運ばれる旋律。


 ――蒼く茂ったとねりこも今は朽ち果て

 ――今はもう荒れた岩に運命の綱を掛ける

 ――私たちの()る運命の綱は……


 ぼんやりと、光る線が現れる。

 細くまっすぐに、どこまでも続く地平に伸びていく輝く。


「運命の綱って」


 むしろクモの糸。今にも切れそう。

 芥川龍之介の『蜘蛛の糸』って小説あったよね。細いクモの糸を頼りに地獄からはい上がろうとした主人公が、同じ糸にしがみつく亡者たちをにケリを入れていると、糸がプツンと切れて、もとの木阿弥。

 同じならかなりイヤだ。

 フシギ展開にも感激度は限りなくゼロ、ツッコミ至上主義な私だった。ていうか私もずいぶん警戒心強くなったもんだ。

 するといきなりのこと。

 きゃああ、と叫んだのはあのキラキラコスプレ御使い様たちだ。

 なんだ、と思う間もなく私にも強風が襲いかかる。吹き飛ばされそうになるのを、顔を下げ地面にうつ伏せで丸くなってこらえる。が、生ぬるい重たげなモノを横っ腹に叩きつけられ横転しかけて、

 なにすんねんこらぁ!

 と、ひたすら心で叫んで顔を上げる。

 ……犬。

 じゃなくて。こいつ、フェンリルとかいう狼だ。

 どうしてここに。

 と突如現れた狼に意識を集めたとたん、私はついに吹き飛ばされた。


「降りれん船がこの世にあるかいボケ犬」


 その声は。


「藤生氏!」


 また、人が逆立ちしている。

 でもその人は藤生氏に違いなかった。黒いモッズコートと黒いワークパンツ。

 目が合った。彼ははじかれたように手を伸ばした。私も手をのばしかえす。

 彼はなにかを叫ぶ。

 でものばした手は届かずに、


 ――あまみや……。


 私の名を呼ぶ声だけが届いた。

 そしてそのまま、またしても目の前は闇に閉ざされる――。

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