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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
130/168

17.海上のオペラ〔7〕

 がたん。ばたん。

 今度は廊下が騒がしい。

 私は急いでカバンの中身をもとに戻した。

 つづいてカギの摩擦音。ギシリと重たい開閉音。何度聞いても耳ざわり。

 またあの少女か。今度はなにをしに?

 私は身がまえた。

 だが、顔を見せたのは彼女ではなかった。黒っぽいアースカラーの着物に、すそを絞った袴をはいた、


「景童子、やったっけ」


 私を海に放りこもうとした、あの仇敵。長い黒髪を頭上で結い、キリっと美少年なのはあいかわらず。目つきの鋭さもあいかわらず。

 身がまえるどころか、無言で三歩、退いてしまう。

 まさか天宮暗殺じゃ、ないよね。


「ありがたい。助かります」


 久瀬くんは笑顔を浮かべてみせた。


「喜ぶのは早計ぞ」景童子は冷淡に答える、「潜り込むのは容易なれど、この船の者どもに見咎められず脱け出すすべは、皆目見当つかぬ」


 肩から力が抜けた。

 助けに来てくれたのか。どういう風の吹き回しだろう。

 まあ、味方が増えるのはよいことだ。でも希望を壊すことを言うてくれるなとツッコミたい。


「見つかっても力押しでいけます」

「力押しでか」

「強力な武器、持ってるし」


 部屋さえ出りゃ大丈夫。久瀬くんは自信たっぷりに宣言した。

 今度こそ彼の考えがくみ取れた。


「ミカンのカンヅメか」


 私がカバンからカンヅメを取り出すと、彼は笑顔でうなずいた。


「『みかんの缶詰』で幽霊たちを脅すって、くだらん世界征服方法を企てるしょーもない悪の総帥になったみたいで、血沸き肉踊るよなあ」


 沸かないし踊らないです。

 ともあれ。

 うだうだ駄弁っている時間ももったいない。とっとと廊下へ出た。

 まさに一寸先は闇。真っ暗だ。

 私の記憶が確かなら、ランプがあったのに。どこへ向かえば良いのかさっぱり分からない。船が傾いたりきしんだりはおさまったが、視界はゼロ。不安は解消されない。

 景童子が先頭を歩いた。私は彼の着物のすそをつかみ、ついて行く。

 だがしばらくも歩かないうち、景童子は足を止めた。

 その矢先、背後から叫び声があがった。


「やつらか。走るぞ」


 ヤツらって、幽霊さんですか。

 部屋から出てすぐなのに、さっそく見つかったのか。

 着物のすそを離さぬよう、必死で走った。

 どたどた、ばたばた。

 その足音、どう考えても近づいてきている。

 一方、私は暗くて足もとが分からない。景童子をつかんで走るのはつらすぎ。力いっぱい走れない。

 ていうか、どうして景童子とかあやつらは見えてるんよ。幽霊さんは暗闇に耐性があるのだろうか。

 明かりがぼんやり見えた。

 やがて明かりの正体が分かった。壁にかかっているランプだ。


「離れて」


 久瀬くんはランプに手をかけた。

 そしてランプの上ぶたを開けて、床に投げつけた。ランプはひしゃげ、壊れた。ランプが炎に包まれた。

 その炎は瞬く間に大きくなった。ランプから油がこぼれ、火が燃え移ったのだ。一気に床一面に燃え広がった。炎のじゅうたんだ。

 その鮮烈な色に目が痛い。油臭さにむせ返り、熱さにじりじりと焼かれそうになる。

 火と向かいあわせ、火に目が離せぬまま、私は無意識のまま後ろに下がっていった。

 炎の向こうで幽霊数体がほえていた。ドクロマークのような顔が暗闇に浮かびあがり、舞台で生首を見せる、不気味な奇術のようだった。こちらへ来い、と呼ばれている気がして、熱いのに今度は寒気をおぼえた。


「早くしろ」


 景童子が鋭く言った。

 そうや、逃げんと。私はあらためて自分に言いきかせた。

 煙と臭いで頭がクラクラしかけている。

 景童子は自分の着物の袖をくわえ、私は久瀬くんにティッシュを渡し、私自身はハンカチで口と鼻をおさえ、たちこめる煙と悪臭をふりはらい、走った。

 思うに、船に火を放つなんて、私ら放火犯やないのか。彼らはどうなるんだろう。炎に巻かれてしまうんだろうか。幽霊が焼けたらどうなってしまうんだろう。船全体に火の手が回って私らも巻きこまれたりして。

 そんなことを漠然と考えてしまう。

 前方、明かりが差しこんでいる。光の筋道は上方向からだ。はるか遠く離れているように見える。遠近感はまるでなかった。

 ともかくも、光の下へと全力で駆けた……ら、意外と近かった。


「空や」


 そこから見えるのは、鈍い色の曇り空。

 重苦しく雲が動き、崩れ、流れ、消えていく。私たちは光のシャワーを浴びているようだった。


「外へ出られる。あー生き返るーっ」

「ふたり分の大きさだが」


 景童子は穴を見上げた。

 久瀬くんもとなりに並び、腰に手をやる。


「順番に片付けよう、まずは」


 私、自力で上がれるかな。ジャンプすれば穴のへりに手は届く。だけど足場もなく腕力だけではちょっと……彼らに上げてもらうしかないかも。肩車とか。台になってもらうとか。うーん、足手まといこの上ない。なわばしごとか、うまいことないのかな。

 相談しようと思ったら、景童子は無言で羽織を脱いだ。そして久瀬くんに目配せをし、やおら羽織を勢いよく穴に放り上げた。

 すると穴の上でなにかが光った。


「あ」


 羽織は空中で浮いている。

 いや、違う。

 横から剣やら槍やらで突かれている。だから浮いたように見えるのだ。


「チイッ」


 頭上から舌打ち。

 待ち伏せされてた!

 剣やら槍が羽織から引き抜かれるや、久瀬くんは素早く半身、穴によじ上る。

 そして缶詰を開ける、小さな音がした。


「缶詰に、入れ」


 一瞬の静寂ののち。


 ―――アアアアア!

 ―――コオオオオ!


 声ならぬ悲鳴が何重ものコーラスとなり、あたりにとどろいた。

 そして久瀬くんが上りきると代わりに、はらり、と羽織が落ちてきた。

 羽織は穴だらけで裂けていた。それを受け取った景童子は身軽にジャンプし、穴の上に姿を消す。

 私はどうなるよ。

 と思ったら、上から景童子が手をさしのべてくれた。当たり前のように。

 前は海に突き落とされかけ、今度は上に上げてくれて。なんと不思議なめぐり合わせだろう。

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