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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
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17.海上のオペラ〔5〕

 ゼンタ嬢は荒い息を吐きながら、扉まではい進んだ。

 乱暴にカギを差しこみ、しきりにガチャガチャいわせた。錠前がはずれたらしく、カギを抜くとそのカギも手にしたまま、足をふるわせて立ち、扉を開いた。


「待った! どこへ」


 私の声をも無視して扉を開け放ち、船室を出て行くのだ。

 私もついて行く。千載一遇のチャンスともいえるけど、置いてきぼりをくわぬよう、必死で追いかけた。

 床が傾き、戻りするたび、彼女も私も壁面にぶつかり、すがりついた。廊下は湿っぽく暗い。カビ臭さに満ちている。来る時は暗いだけで感じなかった。行きしとは違うところを進んでいるのかも。

 彼女に追いつけ。頭の中をそれだけにする。この期に及んでよけいなことは考えるな。


 突き当たり、白木っぽい扉から明かりが漏れていた。

 彼女は叫んでいた。たぶん、開けて、と言ってるんだろう。彼女は戸を殴りつけた。壊さんばかりの勢いだ。

 私はすぐ後ろで、壁面にへばりついていた。

 また、船体がギシギシときしむ。衝撃はさっきより近いかもしれない。

 ゼンタ嬢は叩きまくる手を止め、目を大きく見開いて天井をあおぎ、息のつづくかぎりに長い悲鳴をあげた。その後、みだれた荒い息とともに彼女はその場で座りこんでしまった。わなわなと、小さなくちびるがふるえている。


 やがて……彼女の姿に暗い影が刻まれた。

 開いたドア。そのそばには「キャプテン・ヴェッケン」白髪の船長が立っていた。

 船長はしゃがんで彼女をいたわる。彼の背後、彼の身長で隠れていた、部屋の中が見えた。見えたはいいんだが、よくよく目をこらして見た光景に、私は叫ばずにはいられなかった。


「な、なな、なんやこりゃあー!」


 彼らの背後にあった光景、まず思ったのは『戦場のオープン・カフェ』という変なフレーズだった。明らかに一室であったろう、空間の壁面が破壊されている。さらに甲板丸見えで、そこかしこで煙が上がっているのだ。

 さらに驚くべきは。


「なんで久瀬くんが」


 アンティークな木のいすに座っている。

 しかも白い布で、きれいにす巻きにされている。

 どうしてどうなってんのかと頭の中を整理する間のこと。

 背後、しかも両側から手が伸ばされる。身をすくめたら、羽交い締めにされていた。


「なにすんの!」


 このままでは、す巻き二号にされかねない。腕をじたばたさせ、足でけりまくる。


「なん……」


 だが口をふさがれてしまう。


 天宮さん、と久瀬くんが叫んだ。

 私はおさえつける頭を無理に動かし、彼を見た。そしてまたしても驚く。

 彼はひどく情けない顔をしていた。こんな様子、見たことない。

 どこにも逃げ場はない、望みはないぞ。そう宣言されているように思えた。

 こんなとき、二時間サスペンスやったら自慢げにタネ明かしがあって、どんでん返しの逆転劇が用意されているはずだ。しかし現実は厳しい。事情聴取もなにもありゃしない。今まさに問答無用で裁かれようとしている。


「ヴァン!」


 ゼンタ嬢だった。

 ヴェッケン船長が反応する。

 彼女がなにかを告げた。対するヴェッケン船長はうなずくと、起立して私に向き直って早口で話した。

 うぉう、と答えたのは、私を捕まえている幽霊船員たち。私の口もとが自由になったと同時に、足が宙に浮いた。


「え、ええ? なにすんの」


 と聞いて答えてくれるわけもなく。

 わけもわからぬまま、このままいずこかへつれ去られるのか。

 わずかな抵抗、じたばたさせた足もただ、むなしく空を切るだけだった。


「待って下さい」久瀬くんが訴えた、「…… Do You keep leaving me?(僕を置いて行くの?)」


 弱々しく疲れの色濃い笑顔。

 なにをされてたんだろう。彼がこんな様子になるなんて。


「Please――」


 あと、彼はなにやらしきりに英語で訴えてるが、聞き取れない。

 ただ、その結果はヒアリングできなくても分かる。

 船長はうっとおしそうに手を払った。連れて行けとの命令らしい。

 幽霊船員らは、す巻き久瀬少年に剣を向けた。これは立てってことか。彼は足を震わせ青ざめながら立ち上がった。しかもその向けられた剣といったら、赤いさびが刃の付け根に浮かんでいて、かすり傷をつけられてもバイ菌にやられそうだ。幽霊船の剣にバイ菌があるかどうかははともかく、見るからに嫌悪感をあおるものだった。

 久瀬くんも私もこの明るい船室からはひったてられた。

 私は両脇をかかえられ、久瀬くんは剣で脅され歩かされる。さっき来た通路を後戻りしているような気がする。

 幽霊船員たちの足音と、どこかの水滴が交互に反響し、耳をつく。顔じゅうにまとわりつく湿気は気分と上着含めた全身もろともいちだんと重く感じさせた。

 顔をこわばらせ、久瀬くんがたずねる。


「あの、どこに行くんですか」

「Zeg niets!」


 どうも「黙れ」といった類らしい。

 久瀬くんは小さく悲鳴をもらし、肩をすくめた。小ばかにしたような笑いが上がる。つづいて、私を羽交い絞めにしている幽霊たちと、久瀬くんを剣を持って脅している幽霊は、ガラの悪そうな雰囲気をふりまき、話をしはじめた。久瀬くんはしおらしく、うつむいている。

 やっぱりさっき来た道逆戻り、だったようだ。

 たどり着いたのはさっきの『ピエタ』部屋。ドアは開け放されたままだった。

 どん、と背中を押され。

 私たちは、文字どおり投げこまれ、板の上に転がされた。

 腰の痛みもそこそこに体を起こす。

 ぎー、がしゃん、と無常にも重苦しく、ドアは閉じられた。カギをかけるさび付いた嫌な音もおまけつきだ。

 ドアに耳をあててみる。

 ときどき、船がギシギシいっている間に、あのイライラする笑い声が聞こえる。それもやがて遠ざかるのが分かった。

 要するに、ふりだしに戻ったわけだ。

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