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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
127/168

17.海上のオペラ〔4〕

 どうしてこうなったのだろう。

 どれだけの時間が経ったのだろう。

 分からない。

 静寂の中にあり、その静けさが邪魔でしかたがない。恐れだけをふくらませる静けさに押しつぶされそうになる。

 私はいすの上でひざをかかえ、丸くなっていた。

 ただ―――ただひと筋だけ、望みがある。

 戻らない私を不審がってくれるだろう。久瀬くんは今頃、なにか手を打とうとしてくれているかもしれない。

 絶対そう。信じよう。

 私は頭を上げた。

 コトリ、コトリ。

 扉の向こう、奥から響いて近づいてくる。

 なにかがやって来る。

 不安だけがふくらむ。身震いがした。

 ドアノブが動いた。耳障りな金具のきしむ音。

 私は動くに動けなかった。じっと見つめたなり、扉から目が離せなかった。怖くとも目を離せば最後、そんな不穏な考えで頭がいっぱいだったのだ。

 果たして、そこには白い毛皮に包まれた少女が立っていた。ゼンタ・クヴィスリング。ほっぺたの赤さに対し、まなざしは冷たく固い。

 きしむ音、そして金属どうしが軽くぶつかる音とともに扉は閉まる。

 閉ざされた空間には、彼女と私のふたりきり。


 なんでこんな仕打ちをするよ、と心の中は非難ゴウゴウだ。でもことばにできない。ことばの問題より、頭がこんがらがって声が出せない。

 彼女は私になにか言葉を投げた。語調の鋭さだけが伝わる。


「アイ・ノウ」


 彼女は一歩踏み出した。ぎしり、と床板がきしむ。


「カイ、コンパス」


 藤生氏!

 反応しそうなところを寸前で抑えた。

 気づかれるな。知らぬ存ぜぬで通せ。久瀬くんの注意がすぐさまよみがえった。

 努めてポーカーフェイスだ。私のポーカーフェイスはすなわち、ぽやーっと口を開けてアホ面。強調しておこう、地ではなく演技だ。

 その一方、今なら逃げられるのではと果敢な考えを思いつく。彼女をふん縛ってしまえば、ここから逃げられる。

 いや待て。乱闘騒ぎになり、この船の暗い幽霊たちがやって来るかも。逃走中、船内で迷うかも。彼女を人質にすれば逃げ切れるかも。いや、逃げ切れる保証は多くはない。

 保証?

 ここにいたままでいて、なにか保証ある?

 ひとつ案が浮かんでは、否定し、また肯定する。出口は見つからない。でもいつもみたく、考えなしで動くのはダメだ。

 どうしたらいい。久瀬くんならどうするだろう、どう考えるだろう。

 藤生氏、コンパス。

 彼女はそう言った。質問にもとれる言い方をしていた。彼女が私を閉じ込めたのはなぜ。なにかを聞き出そうとしていたのなら。知らぬ存ぜぬよりも、会話するほうが事態が動くのでがないか。


「なんで閉じこめたん」


 日本語で通じるわけない。頭をひねって言い直す。


「ほゎい、ゆー」閉じ込めるってどう言うんやろ、「くろーず、どあ、アンドごー。ぜあいず、いんでぃするーむ、おんりー、みー」


 たどたどしい点は開きなおる。

 自分でも「ナニ言いたいねん」とツッコミたい。知ってる単語、並べてみたけど。通じてますかね、お嬢さん。

 そのお嬢さんは頭を垂れ肩をすくめて、はーっとため息をつく。

 カチーン。

 なんだろねこの態度。確かに話せん女だけどさ。でも努力してんだから、温かく見守ってくれても良さげだろうに。

 とまあ、グチっている場合ではない。

 意志の疎通をはかるのが先決。

 全然聞き取れなければ、筆談すればいい。さしあたって必要なのは。


「ペーパー、ペーパー、ペン、どぅーゆーはぶ?」


 書くジェスチュアをくりかえした。

 アホだ。でも必死。

 彼女は、私のパントマイムをじっと眺めていると、やおら立ち上がった。クロゼットテーブルの引き出しを引く。メモとペン、インクが現れる。彼女は固い表情を浮かべたまま、それらをテーブルの上に置いた。

 ブラボー! 通じたっ!

 私は感謝を述べた。

 どうせ分からんやろ、とは思いつつ。


「ありがとサンクス。意外と友好的やん、ネエさんてば」


 少なくとも敵意はないかも。敵意があるなら、紙やらペンやらを出してくれるわけはない。ましてや、私の壊れ英語を聞き取る努力はすまい。

 凍りついた態度も理由ありかもしれない。理由の推測は今時点では情報不足。なんとなくな希望的観測だけど、絶望的になるのは早い気がしてきた。

 ペンは時代がったつけペンだった。映画でしか見たことない。初めてのつけペン。インクをつけて紙に書く。手が汚れた。紙はインクを吸わず紙の上に浮いたままで、書くにつれ手が汚くなる。


「ムキーっ」


 なんて声を出して怒ってみたりした。どうでもいい話だけど。

 真ん中に大きく書いた。



 Kai Fujio



 ゼンタ嬢は視線を紙から私の顔に移した。

 どう出るか、カケだ。

 彼女は私に藤生氏のフルネームを告げていない。分からんことばでも、さすがに藤生氏の名前なら聞き取れる。これは間違いない。なのに、私は藤生氏のフルネームを知っている。

 そのことに気づいたかどうか。

 彼女は無言だった。

 問いつめているか、待っているか。そのいずれかだ。

 私はていねいな書き方で、横にもう一筆添えた。友達――「my friend」と。


「ユア……!」


 彼女は絶句し、私の両肩を押さえ揺さぶった。

 表情は一変、険しく厳しい。激しくなにかを訴えて私を問いつめようとしている。やはり言うことは理解できない。でも彼女はひどく興奮している。

 なにがそんなに、と頭が混乱しかけたところ。

 どん、という音と衝撃。地面が傾ぐ。

 ゼンタ嬢は悲鳴を上げつつ後ろに転び、私はその場にしゃがみこんだ。

 船の中だ、地震なわけない。とはいえ、直下型地震の縦揺れに似た揺れだった。地震に慣らされた日本人な私は、揺れても冷静になに次にすべきことーー結局外に出ることだよなって考えるんだが。

 慣れていない身にはショックだろう。ゼンタ嬢は呪うがごとくがなりたてた。オーマイゴッドの類だろうか。


「船が揺れただけやって、落ち着いて」


 ゼンタ嬢は目をつりあげて、私をにらむ。私をにらんでもしゃあないやろに。まあ、騒がなくなっただけマシだ。

 ところが、さらに衝撃音。

 遠いけど確実にこの船だ。どこかで木が割れる。これは自然現象ではない。人為的な事象だ。

 彼女が両手で耳をふさぎ、金切り声を上げた。

 ぎしりぎしり、と室内ぜんたいが音を立てた。部屋ごとしぼりあげられているような。そのまま、この部屋はつぶれてしまうのではないか。冗談でなく本気で想像してしまう。

 しかもゼンタ嬢はこの船の人間だ。その彼女がこんなパニック状態。この状況、どう考えても彼女には想定外なのだ。

 そのことがなお恐怖を覚える。


 いったい、なにが起こっている? 起ころうとしている?

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