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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
125/168

17.海上のオペラ〔2〕

 甲板の上が会談場所だ。

 船室に入らないのは用心と、周囲からの監視にさらすためらしい。

 私たちは彼らとは少し離れて座らされた。その距離、五メートルはありそうだ。なんか隔離されたみたい。

 テーブルのカフェラテは空っぽになり久しい。かけつけ一杯、飲み干してしまったのだ。その後おかわりは、いまだにいただけていない。

 私たちは交渉に参加するわけではない。船に乗せてもらったものの、とりたててなにかをするわけでもない。あの少女はいない。しかもえらく寒い。なにもすることがないとき、人はつい無駄話をしてしまうものだ。

 私だけかな。


「手持ちぶたさやねえ」


 久瀬くんがぼそっとツッコミ。


「手持ちぶさた、やろ」

「そう、手持ち、ぶたさ。あれ」

「手持ち豚さん」


 私に応じる久瀬くんもヒマ人である。どうでもいいネタは続く。


「肉食でも干し肉食べて育った、て感じ」

「なにが」

「あの船長さんとか。見た感じ」

「そういう人、知り合いにいてんの。干し肉食って育った人が」

「いない」


 日本の幽霊さんたちは小柄で小麦色の健康兄さんぞろい。お祭り騒ぎが大好きだ。例外はそのお頭・スミタカさまで、色白で背が高めなんだけど。穏やか、のんびり屋というところは、お祭り好きのお頭にはぴったりかもしれない。

 一方、オランダ船の幽霊さんは背は高いがやせて消え入りそうだ。雰囲気も暗いことこの上ない。ただ今の天候は、霧。でも気象条件がどうこうで発生した、というより、この船が霧を呼んでいるような。そういうオカルトっぽい想像も納得できそうなほど、暗く陰鬱な空気がこの船には漂っている。


 会見が、はじまった。

 待望のおかわりのカフェラテを味わいつつ、その様子を拝聴させていただく。

 スミタカさまが単刀直入、切り出した。


「貴殿は我が船団への組み入れを望まれている」

「はい」

「そして、異国の者の下風に立つことを望まれている」

「その通りです」

「私は真意を計り兼ねております」


 ヴェッケン船長はしばらく目を閉じた。

 眉を寄せ首をかしげる。答えるべき回答を探しているようだ。やがて暗く青い彼の目が、薄く細く開き、スミタカさまをとらえる。


「あなたはお分かりにならない。呪われた船に乗る者ではないのだから」

「呪われた、船」


 スミタカさまは確かめるように言い直す。


「いや、呪いという言葉はふさわしくない」ヴェッケン船長はかぶりを振った、「私は、神の罰を受けた身なのです」


 ヴェッケン船長は目をそらし、海を眺めた。

 霧は濃くなる一方だった。取り囲むナナツギの船もはっきり見えない。


「私の船はこの北海を去る時は必ず喜望峰へと向かい、そして喜望峰を越えることができない。越えようとすると激しい嵐に遭い、そして気がつくと、また北海の冷たい波間を漂っている。これは創造者によって定められた運命なのです」


 スミタカさまは相手を直視したまま目を細めた。


「私は新しい世界へ向かわねばならない。キャプテン・ナナツギ」

「あなたが待ち望む気持ち、よく理解できる」

「ですが、罰を背負った身には叶わない願い」

「我々の船団と組めば叶うと、ヴェッケンどのは申されるのですね」

「北の神フロリアン様が語ったことには――北の海を越え、あらゆる海の幽霊たちに号令をかけよと」


 私はえっ、と驚く。

 ―――狙うは海の領域や。

 橘の言うとおりだった。

 そして藤生氏が海に消える前に、フロリアンに放ったせりふ。

 船長はフロリアンの計画をそっくりそのまま、話しているのだ。

 海の領域の「世界制覇」ってやつを。

 ナナツギ船団やヴェッケン船長の船が、海を支配する。どんなに大変なことなのか、なぜ藤生氏がからむのか、裏で起こっているらしきことがなんなのか。どういう意味があるのか。私は理解しちゃいない。

 ただ、私はタマシイの争奪戦を知っている。

 彼女にくすぶる黒い闇が群がり、彼女を階段から突き落とした。その事実は動かない。MagiFarmが壊されたから、起こった出来事だと知っている。

 今回の「世界制覇!」は、MagiFarmが決められていないのをいいことに、好き放題しよう、てことなのだ。

 藤生氏はそれを止めようとしていた。

 スミタカさま、引き受けたらあかん。

 安賀島大地は翻訳した後、少し顔をゆがめた。うさんくささを感じたのかもしれない。

 一方、スミタカさまはいつもと変わらない。表情も穏やかなままで、ぴくりとも動かず、次の言葉を待っている。

 ヴェッケン船長は両手をきゅっと握りしめ、話しつづけた。


「そうすれば私の神は、私への罰を考え直す。私を創造し、凍るような海にこの身を縛りつける神と取引ができるのだ、と」


 私は横をちらりと眺めた。久瀬くんは、なにやら考えこんでいる。


「久瀬くん」


 返事も関係なく、うわの空状態。

 寝ぼけてなんか見てるとか。まさか。

 もう一度、声をかけるべきか否か。

 と思ったら突然、彼はなんの脈略もなく早口小声で話した。


「船長の手元には渡っていない」

「え」

「羅針盤」

「コンパスのこと? 藤生氏がぱちったとかいう」

「天宮さん」


 久瀬くんが低く小さな声とともに、とってもステキな笑顔を見せる。

 これはなにかあるに違いない。私は心の底から恐怖を覚えた。


「その言葉を使ったら、罰金」

「罰金て、いくら」

「ねぼすけ上主さまの名前、その美少女に知られてる」


 私は黙ってうなずいた。

 真っ先に値段を聞いたボケはどうやら完全に無視されたらしい。

 英語は会話を類推されやすい、羅針盤と日本語で言う方が安全。というより我々が羅針盤を知っていて、藤生氏を知っているのは切り札とすべきだ。だからここぞという時だけ口にするべき――久瀬くんの考えはそういう主旨だった。


「そうだ慎重に。僕の考えが合ってたら、おたがいにはめられている可能性も」


 久瀬くんが難しい顔をしているところ、背後からかすれた声がした。


「エクスキューズ?」


 その背後からの声にぎょっとした。

 久瀬くんと私、同時にふり返る。

 暗いスーツのオジさんがポットをしきりに見せつける。


「おかわり、くれるの」


 私はカップを持ち上げた。

 するとオジさん、もごもごと口を動かした。そしてゆっくり、カップにお代わりを注ぐ。全く時間という概念がないんじゃないかと疑わしい、動作の緩慢さ。ヒマ星人の私だから待つけど、ふだんなら代わりにポットをくれ、と言いたくなったろう。

 たちのぼる湯気。見るからに温かそう。

 サーブされたカップを両手で包んだ。じんわりあたたかい。手の表裏を何度もひっくり返し、凍えた指先を温める。次にカップをほおにくっつける。

 カップへそんないくつかの狼藉を重ねたのち、一口。食道から胃へ液体が流れていくのを実感。じわーっと、温かさの輪が広がっていく。

 湯気の向こうでスミタカさまとヴェッケン船長は―――。


 えっ。


 クールなのに甘い表情が印象的な、あの銀髪の貴公子が微笑む。

 スミタカさまの椅子には、彼が座っている。

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