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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
124/168

17.海上のオペラ〔1〕

 空は灰色。冬空だ。海は一面、黒に灰色のまだら模様。

 上下から周囲から、押しつぶされそうな風景が目の前にある。眺めているだけでも寒々しい。

 ここは目的の海。ノルウェー海。

 きっとこの近くの氷の中に藤生氏がいる。そう期待する一方で不安はつのる。

 一面氷の世界のただ一点、闇雲にさがしたって無理。それくらいはさすがの私でも想像がつく。


 オランダ幽霊船との会談は間近らしい。

 ワーグナーのオペラではオランダの会社のオランダ人船長という設定。なので「オランダ幽霊船」と呼んでいる。その「オランダ船」とはノルウェー近海で落ち合う手はずとなっている。フロリアンを介しての約束だそうだ。

 あの少女と白髪の船長さんが乗っている、はずなのだが。

 私は船のへりにほおづえついて考える。


「その美少女と会う機会できへんかねぇ」


 久瀬くんもとなりでほおづえをつく。


「会ったことないのに美少女と断定ですか」

「目の保養かねて藤生君の居場所、聞き出すチャンス」

「それならご両人、連れだって来るかい」


 ふりかえるとスミタカさまが立っていた。扇子片手に涼しい微笑み。

 彼の背後はいつもの側近二人組だ。右近さんのすまし顔と伝左さんのいかつい顔が並んでいた。

 久瀬くんは彼らに向きなおる。


「気まぐれに言うてるわけないですよね」

「当然。損得相計らってのこと。なにか懸念でも?」

「敵陣に赴くんやし懸念はありますよ。橘先輩も居いひんし」


 橘は小早船でひと足早く陸地に上陸ずみだ。この地の神様に接触してみるって言い残して。中身は詳しくは知らない。

 だから魔法でどうとか考えてはいけない。

 用心・肝心。思いつきで動くのはやめよう。誓ってやめよう。


「来るのはよいが、例の羅針盤は切り札じゃ。うっかり話すでないぞ」


 と伝左さん。

 少女の持ち物だったオランダ船のコンパスは、当分隠しておくらしい。相手の出方を見て、都合の良いときに使うつもりなのだ。

 久瀬くんがうなずいた。


「了解です。ご一緒させていただきます」



  *  *  *



 ひさしぶりにザックを背負った。

 ちょっと重い。どうしよう。荷物、抜いていこうかな。

 ザックを降ろして考えあぐねていると、ごんごん、とノック。


「どれ置いてくか迷ってて」


 久瀬くんは聞くやザックを背負った。


「全部持ってけ。早よ行かな。待ってくれとうよ」

「持ってくれるのん?」


 こういう親切を受けたためしがないもんで、戸惑ってしまう。こういうときは「ありがとう」か?


「気使うんやったら、これ持ちない」


 そして渡されたのは久瀬くんの財布。

 かなり太った財布だ。ただし中身はレシートばっかりの模様。つまらん。

 ともあれ甲板に戻ろうとすると、安賀島大地に呼び止められた。


「持ってけ」


 久瀬くんは銀色の小さなブツを手渡される。スマートフォンだ。


「デストロイヤー橘君を送った時、ついでに入手して来た。橘君にも持たせてある」

「なぜに僕らに」

「そりゃ前途有望な少年少女の未来を支えるのが人生の先輩たる」

「時間の無駄」


 スマホを手に笑顔が怖いです。久瀬くん。


「投資だよ」安賀島大地は声を落とす、「連れてくにはバックドアとしての期待もあるけど、それ以上に含みはないよ」

「安っ。スマホ一個が投資って」

「今のきみらがここで使える端末、入手できるか」


 久瀬くんは私に携帯電話を渡した。


「遠慮なく。ありがたくいただいときます」


 私は液晶ディスプレイを見た。

 画面はシンプルに年月日と時刻を表示している。日付は表示の順番が違っているが、時刻は同じ表示、朝、十時。日本は何時だろう。アンテナ表示は万国共通らしい。海の上、しかも幽霊船上だけど十分、通話圏内に入っていた。


「コートのポケットに入れとくけど」


 彼は「電源は切ってていい」と素っ気ない。せっかくもらったのに?

 まあいっか。

 私たちはふたたび甲板に上がった。

 そこかしこに焚き火がたかれていた。

 船団の船は、ひし形に陣形をとっている。錨はおろさず、おたがいを縄でつないで停泊している。来た航路をちょっと戻れば、かなり波が高くてそんなこともできない。

 私の乗る御座船は母艦、指揮をとる船で、ひし形の中心にいる。

 西洋風の帆船はそのひし形の中心に、ゆるやかに進んできた。


「向こう見ずな」


 スミタカさまは相変わらず扇子で顔をあおいでいた。

 寒くないのかな。クセなのかも。


「どこの馬とも知れぬ陣形に自ら入るとは。大将がいかなる者か、楽しみなことよ」

「向こう見ずは若もご一緒」


 右近さんのツッコミにスミタカさまは声をこもらせ、笑った。

 やあれ、わっしょい。わっしょい。

 凍りつきそうな寒さなのに、幽霊船乗りたちは元気だ。寒さを感じないのかな。みんなお祭りさわぎだ。

 彼らにしちゃ珍しい形の船が近づいてくる。しかもその船を「船団に組みこむ」と彼らには伝えられている。ただ。


「あくまで交渉しだいってスミタカさま、言うてたけど」

「その部分の説明は飛んじゃってるな」

「中には複雑な気分の幽霊もいてそうやけど」

「大半はむじゃきに大喜びしていらっしゃる」


 その交渉相手の船は今まさに接近中だった。

 待っている間……何度も言うようだけど、寒い。

 旅のはじめの防寒装備、ダウンを羽織る。身を縮めて表面面積を狭めれば耐えられる。と思ったのだけど。

 甘かった。足もとから冷えが襲いかかり、おなかがきゅうっとさしこんでいる。非常事態宣言とまではいかないまでも、要注意だ。思わず顔をしかめてしまう。

 一方、メガネくんは元気で学究精神旺盛だった。


「あちらの帆や柱の多さ、装飾性。和船はシンプルやな。操舵も和船はプロ仕様やな」

「プロしよう?」

「役割をパーツ化すればするほど、ひとりの技術の習熟レベルは高くなくてすむ。せやから逆に和船はシンプルな作りなぶん、各個人の熟練度が高いプロ向き。先祖代々海の人ていう日本古来の海賊の、特殊事情が理由なんやろな」


 久瀬くん、分析好き炸裂。

 どこであいづちを打ったものやら。


「後ろ寄りのバランスの船体、沈没の時は後ろからかな」

「はあ」


 沈没て。感じ悪い。

 しばらくして、帆船は御座船にすり寄ってきた。

 甲板には十人ほどが立っている。あの船長がどの人……幽霊かは簡単に推理できた。一番えらそうに見える、黒服で短い白髪頭だ。

 船の側面どうしが接触。ガツッ、と派手に音を立てた。

 船の揺れに負け、私は後ろに四歩くらい下がる。

 さらにぶつかる音がつづいた。立っていられず座りこむ。

 怒鳴り声がした。声の主はオランダ船だ。なに語かは分からない。「ナナツギ」とだけ聞き取れた。

 揺れがおさまる。

 船乗りたちが板を運びはじめた。船と船の間に板を順に並べていく。

 よいこらせ、と立ち上がって視線を高くすると、驚いた。

 あっと言う間に即席の橋ができあがっていた。

 伝左さんがまゆをしかめる。私たちにちらっと目を向けた。

 ついて来いってことだ。


「行く?」

「当然」


 スミタカさまは扇子をぴしゃりと閉じた。

 それは合図だった。彼と右近伝左コンビ、安賀島大地、あとに三人が従う。

 彼らは同時に足を上げ、歩きだした。歩きだしはぴったりだ。でもそのあとはつづかず。歩くリズムはてんでバラバラ。まあ……そういう個性派たちな船なんだわ。

 ともあれ私たちも後ろについて行く。

 御座船のみんなが手を振った。ほかの船からもみんな外にくり出し、ようすを見つめている。

 私たちを含む一行がオランダ幽霊船にたどり着く。

 すると黒服白髪の彼が、なにやら呼びかけ、両腕を広げて出むかえた。

 大地さん翻訳するところ。


「ようこそ我が艦へ。私の名は、キャプテン・ヴァン=デル=ヴェッケン」


 彼が船長だ。

 ただ気になるのは夢で見た印象と違うこと。

 外見の神経質ぶりとは異なり、動きは落ち着きはらっててむしろ頼もしい。夢の中に登場したときはもっと不安そうだった。演技だろうか。今が、もしくは夢が?

 私は居並ぶ彼らを観察する。

 ぱっと見には、あの少女のすがたは見いだせなかった。

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