Back On Topic―閑話休題。
朝はすがすがしく甲板でラジオ体操とスクワット。
それが終われば橘先生から一年の勉強。小亮太さんはじめ丹嬰衆の水夫さんと軽く筋トレを楽しんだ後、橘や久瀬くんの自習につきあってしかたなくお勉強。でも彼らの参考書、レベル高すぎやわ。お昼の三時には梅の間で茶菓子をすすり、夜は燃料電池がもったいないしと早くに就寝。
以上が船上での日課となりつつある。
晴れ乞い以来、幽霊さんたちと話するようになった。今まではなんというか、どちらからともなく避けてた。会話するネタが思いつかなかったってくらいだけど、
失ったものもあるけど、得たものだってある。
そう思いたい。
そんなこんなで、午後三時。
今日の茶菓子は巨大なかしわもちのような代物だ。
「なにこれ」
「ヘラパ」
へ・ら・ぱ? 聞いたことないや。
なんでも安賀島大地がスリランカに密航して仕入れた品のひとつらしい。
彼は船をどこかに接岸させたら、自転車で上陸していろいろ物資を調達してくる。学生時代は旅が趣味だったそうで、買い物くらいお手の物らしい。
幽霊船で沿岸警備にひっかからないから入国の手間もない。船を降りるまでは同乗する現代人も見えないってのが、理屈不明だが。
買ったお菓子の巨大な葉をめくると、小豆色の巨大おはぎが登場した。
「あれ。なんでみんな、引いてる」
「圧倒的な存在感すぎて恐れ入ってるというか」
「いいから食ってみ。和菓子好きにはどツボだから」
おそるおそる食べてみる。
……むむっ、これは。
勇者・橘が切り分けて一口食べると、わなわなと手をふるわせる。
「これはまさかの、きんつばッ」
「ホンマや。蒸した小麦の薄皮に小豆と砂糖の甘さがほどよいバランスで、品がいい」
茶菓子ひとつに久瀬くんらしい分析と評論が展開される。心身と頭、ともにすっかり健康だ。
私も紅茶を味わってヘラパをまた一口食べる。
「これ、紅茶もいいけど煎茶があいそう」
「本当だ。スリランカは茶葉の産地だからって紅茶にしちまったが」
安賀島さんはいそいそと立ち上がる。煎茶取ってくる。そういい残して。
彼の去ったあと、橘と久瀬くんの会話がひどかった。
「安賀島さん、いい嫁になりそう」
「そやな。久瀬おまえ、鹿嶋やめて安賀島さんにしろ。芽の出ん詩人より下っ端神官のほうがまだ甲斐性ある」
「毎日いじめられそう」
「そうでもないやろ。あれ絶対、女に甘いタイプやぞ」
「ツンデレで彼女には甘いけど、ある日唐突に『今日で別れるから』てしれっと言いそう」
「タチ悪いなそれ」
「先輩よりはましちゃいますかね」
言いたい放題だな。特に久瀬くん。
鹿嶋くんの名前が出たこともあって、気になった。
「なつき、どうなったんかな」
「武崎さん情報なら連絡受けとうぞ」
と橘が携帯電話をちらつかせる。
「え、なんて情報」
「千円」
「はあ」
「情報料、千円」
「金取るんかい!」
「先輩」
久瀬くんが片ひざをかかえて笑って言った。
「借り、今すぐ返してください」
橘は数十秒ほど目線を泳がせた。口はポカンと開けたまま。
やがて……顔をしかめ、なにか言いたげな顔をした……ものの、むぅーとふくれたまま黙りこくってしまう。口もとをきゅっとひき結んでじっと長考に入る。
そこへさらなる久瀬くんの攻撃。
「結局、晴乞いの件では先輩てまったく使えん人やったやないですか」
「ちょっ、使えん人て」
「借りを返すどころか、小波さんの祈りの舞が効いてるからってスルーして、酷使する結果に」
「ちょ、おま、ひでえわ、久瀬」
「そうですか?」
「おまえキライ」
「僕もです」
久瀬くん容赦ない。
対する橘は切りかえすべき攻撃的せりふがなかった。
しかたなさそうに橘は携帯電話をいじりだす。
ほれ、と見せた画面はせりちゃんからのメール。出発した日のお昼の着信だった。
『なっちゃんは念のため三日ほど入院するんだって。明日お見舞い行ってきまーす。
> あいつらは大丈夫じゃね?便りのないのはいい便り
ならいいんだけど。。。
せんぱいはまだ帰ってこない?
せんぱいのおばあちゃん、大丈夫?』
さほど重くない文面だし、なつきは無事だったんだろう。
良かった。気になってメールしようかと思ったものの、携帯電話のアンテナは全滅やったし。どうしようもなかったんよね。
「先輩は田舎に行ってる設定でしたっけ。危篤のおばあちゃんを見舞って」
「実際に行ってたから、全くの嘘はついてへん」
ビー玉で見た。兵庫県の神鍋ってところだ。
おばあちゃんは危篤でもなんでもない。ただ顔を出しただけだ。でもそのおばあちゃんは、橘先輩が魔法を使っても驚かず、しかも魔かなにかとの『契約』に関係がある。橘先輩はその『契約』をなんとかする、そう決意表明をしに神鍋の田舎に行ったんだと思う。
せりちゃんには言ってない。
でも私は知っている。
また、せりちゃんに顔向けできないことができてしまった。
「『あいつら』って天宮さんと僕のことよな。今どういう扱いなんやろ」
……そっちも気になるな。
メールで安否を知らせようにも、携帯電話の(以下同文)。
思えば私たちって、いきなり姿を消したも同然な状態なんよね。「神隠し」みたいな。橘のおばあちゃんみたく、神隠しのあと生還して「伝説の勇者」と言われるならいいけど。
『兵庫県苅野市の三高校生、行方不明』
そんな新聞の三面記事が頭をよぎる。
危険だ。男子二名女子一名。この構成は世間的にまずい。マスコミにあることないこと書かれそう。いや、ないことないこと書かれるかも。
あ、違う。橘先輩は神鍋の田舎にいる設定だから。
『兵庫県苅野市の二高校生、行方不明』
対象は久瀬くんと私だ。
安賀島さんち一泊で勝手に認定な展開になったし。今回は一泊どころじゃない。すでに一週間を経過している。
今さら帰るに帰れへん気が。
もう……「かけおち」とか言っちゃうほうがいいのか。私はいいが、久瀬くんはすごい苦労しそうだ。まずお父さんに投げられる。将来でも約束しない限りは必ずひどい目に……。
「天宮さん」
「いやそれはまだ無理もうちょっと考えてから」
「なに言うてんの」
その久瀬くんにきょとんとされた。
ごめんなさい。誇大妄想だった。忘れよう。
藤生氏、会えたらこの点もきちんと片づけていただけると助かります。
「大地はどこ行った」
ひょこっと板ふすまの間から顔を出したのはスミタカさまだ。今日はエリマキして顔がかくれてる。残念だ。
「食料庫に煎茶取りにいってますけど、すぐここ戻ってきますよ」
「ならここで待ってようかな」
「このお菓子、おいしいですよ」
スミタカさまは少し考えてから、入ってきた。
「なにこれ」
「へらぱ」
「大地だな。甘いものはきっちり買うくせ、必要なものは買い忘れ……うまい」
安賀島大地に文句をつけにきたのかな。
でもこの人(神)も甘党らしい。へらぱの魅力に陥落してる。
さすがにエリマキは食べるのに邪魔と「なにこれ」の直後に取っていたので、今はイケメンさらし中。見惚れるなあ。芸能人のカッコよさにピンとこない私だけど、スミタカさまにはやられた。
「スミタカさまお菓子好きですね」
「供奉品に菓子が多いんで、いつしか甘党になってた」
「神社の奉納て米と酒がデフォかと思ってましたけど」
「式日で表に出してるのは、そういうのだけど。毎日のお供えは宮司一家の好みが出てくるな。あ、ふだんは今の安賀島の奥方がチャレンジメニューを供えてくれて面白いんだ。胡麻団子やらちまきやら、毎回楽しみ」
安賀島夫人、そこでも中華なのか。そのこだわりに脱帽するほかない。
だが、その夫人の強いこだわりは空しい結果のようだ。イケメン神スミタカさまの好みは意外なところにあった。
「今一番気に入ってるのは、ラトリエ・デュ・ブリックのヴァン・ショーのパンだな」
「南が丘のブリック、私も好き!」
「あれにスモークサーモンがあると至高だな。あ、食べたくなってきた」
橘は目が点になっている。
久瀬くんは聞いたことあるけど、とつぶやいている。
ラトリエ・デュ・ブリックとは、苅野のハード系パン唯一にして至高の店だ。といってもすごく小さい店。職人のおじさんが石臼で挽いた全粒粉やライ麦で朝から順番に焼き、おばさん一人で店員さんをやっている。商品の内容や保存のしかたとかを丁寧に説明してくれる、いい店だ。
ヴァン・ショーってのはワインを練りこんだパン。すごく香りがいいんだけど、私はちょっと酔っちゃう。
ともあれ、スミタカさまは洋風好みのグルメであった。安賀島夫人のお手製もほめてあげてよ。
そんなこんなで異国のお菓子の試食に興じていたところ、
「煎茶持ってきた」
大地さんがひょっこり戻ってきた。
待望の煎茶とへらぱの味のコラボを堪能する時、来たり。と期待を高めたところ。
「大地!」
いきなりスミタカさまが立ち上がって彼に詰め寄ったのだった。
「買い物に、ベアリングとエンジンオイルがなかった」
「は?」
「頼んだはずだ。これから厳冬の海域に行くのだから、予備品が必要だと」
「そんなの『おつかいメモ』になかったぞ」
多少腰がひけてる大地さんだったが、ズボンのポケットをもぞもぞと、あさる。出てきたのはスマートフォンだ。なにやら画面を触っている。
やがて大地さんは顔を上げるや、スミタカさまの眼前にその画面をつきつけた。ドヤ顔で。
「ほら見ろ。今回調達分の発注入力されてない」
「ないとオルタネーターが壊れるだろっ」
「知るか! 文句は入力もらした伝左に言えよ」
「知るかってなんだよアホ大地。寒いとこ行くのにあれ故障したら凍え死ぬのはそなたらだって分かってないな」
「だれがアホだっ。あーもう、うぜぇ。もっかい買いに行きゃいいんだろ」
「うぜーだとぉ! だいたい大地は……」
仲のよいことで。
騒動を聞きおよんだ右近さんやら他の方々がやってくる。
が、その口論の低レベルぶりに、一言。
「いつものことですね」
「そのようで」
認識は一致した。
久瀬くんは煎茶を入れはじめている。いつの間に受け取ったんだ。橘は適当な目分量でへらぱをおはぎ大くらいに切り分けている。この二人、私よりいいお嫁さんになりそう。
まだまだ余っているへらぱと煎茶とのハーモニーを、みんなで堪能。
そんなあれこれが、日課だったりする。