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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
121/168

16.木の葉に宿る露〔6〕

 船底はたくさんのランタンで明るかった。

 そこは小亮太さんたちのオフの部屋。入ってみてびっくり、教室二つ分の空間に木製の二段ベッドがずらり。壮観だけど……不気味だった。


「ここに何人で」

「一度に五〇人、寝泊りできる」


 ひええ。私だったらうんざり。

 私たちのが「一等客室だ」ってのもこれ見たら納得だ。

 その五十人とは水夫(かこ)や船大工、低い階位の神官たちで構成されている。御目見武士はひとりずつ部屋持ちだ。

 なお、安賀島大地は下級神官扱いでここに寝泊りしているそう。尊敬ものだ。

 船大工は整備技師として必ず船に同乗するそうで、小波さんがほのかに好きだった「イケメン三郎」への期待が高まる。右近さんもこの船を設計したの、三郎だって言ってたし。


 部屋の中心にぽっかり空間があり、今そこには人(+幽霊……が多勢)が集まっていた。

 スミタカさまはその中心に座って船大工や水夫たちと話をしている。ターバンもエリマキもない今日のいでたち、改めて見るとかなりイケメンだ。

 イケメン……あ。


「イケメン三郎!」


 そっくり。まさかの同一人物説、浮上。


「またなに騒いでんの」


 安賀島大地、あきれてる。

 小波さんはずっと無言だし。この人に聞いてみるか。


「三郎さんって知ってますか」

「澄隆の幼名だろ」


 まさか。


「この船、設計した大工さんって、右近さんが」

「それも澄隆だよ」


 同一人物だった。

 なんでも、七鬼が志摩を追われたとき、澄隆さんは志摩の船大工の棟梁にかくまわれ、仕事を覚えた。七鬼の武士団が志摩に戻ったら城主=「お(やかた)さま」になったものの、仕事は右近さんに丸投げで船の設計してたらしい。


 今まで見逃してたのは、半分顔が隠れてたからだ。エリマキやらカブトのほお当てで。

 改めて観察。

 スミタカさまはスマートながらどこか凛々しい顔立ちをしている。小波さんが胸キュンになんの、分かるわ。

 そんなイケメン三郎スミタカさまのかたわらには細い花瓶があった。さっき私が持ってた木枝――しきみという木らしい――が生けられている。


 ここに武士以外の船員が集まったのは理由がある。場所がスミタカさんたちが会議をする楼閣の大広間じゃないのも、武士以外が入れないからだ。つまり今回は水夫さんや船大工、神官たちを集める意図によるもの。

 ぱん、と拍手がひとつ、響きわたる。

 しんとこの場が静まった。


「さて、みなの衆」


 と言ってスミタカさまがぐるりと周囲を見渡した。

 船底は熱気に包まれていた。幽霊ばかりで熱気も変だけど。それもみな黙っているのに、静けさは熱っぽさ度合いと逆行するようだった。

 スミタカさまは穏やかに切り出した。


「いざこざの話は聞いている。古来よりの戒めに反し女性(にょしょう)を船には乗せしことと。みなも存じているだろうが、その戒めがある所以(ゆえん)はその身の(けが)れを忌んだためだ。景童子の申し分、古来より神に舞を捧げ奉る神官なればもっともと思う」


 安賀島大地と久瀬くんが渋い顔をしている。

 冗談だろ、船に必要だって言い切ったのに。とかなんとか。

 でも……なにか考えあって、順番に話そうとしているのだろう。スミタカさまはちらっと私を見た。私は首をかしげる。

 ほんわかと微笑したスミタカさんだったが、再び語るときりっと凛々しくなった。


「されどもっともだと思う者はなおさら、今から私が申すことをまず頭に叩きこめ。この船の『神』とは、私だ」


 ……あ。確かにそうだ。


「この澄隆は穢れなど忌みはしない。刀を片手にいくさ船をして大海をゆくわれ等水軍が、どうして穢れなど恐れようか。

者ども、しっかと肝に銘じよ。恐れは捨て、一刻一里の先を見よ、わが身の命は惜しめども、我が為誰が為注ぐ血は必ず惜しむな!」

「ははっ!」


 全員、平伏する。

 私も思わず頭を下げちゃった。反射的にそうしなきゃって、思ったんだよね。

 しんと静まりかえったままだ。


「みな顔をあげよ」


 言われたとおり顔を上げる。

 スミタカさまはうって変わって、おだやかな笑顔だ。

 

「じゃ、堅苦しい話はここまで。あとは互いの無事を喜んで、飲め、歌え、舞い踊れ!」


 うおぉー、と野太い声があたりに満ちた。

 歓声なのか怒号なのか。ともかくはじけた大騒ぎには違いなく、一気にパーティ会場状態に突入だ。

 我々も遠慮なく流れに乗った。


「わーい、どぶろく」

「こら、そこの高校生」


 久瀬少年、濁り酒を前に風邪は消失か。


「快気祝いってことで」

「胸に手を当て、自分の良識に問うてみ?」


 彼は言った通り胸に手を当てた。そして神妙な顔で「かんぱーい」。

 あかんわこら。


「でも良かったな。ほんまにすぐ雨やんで」

「はい? すぐやむて言うたん久瀬くんやん」

「理論的にはやむよ。でも自然は人の思うとおりにはならんし」


 ちょっと待て。私うまくのせられた?

 確かに久瀬くん「絶対に」とは言ってない。でも言うとおりでなきゃ命が危なかったという状況で、そんな無責任な。微妙に行き場のない怒りがわき上がってくるような。


「とっとと雲が消えたんも先輩のおかげです。感謝感謝」


 橘はミネラルウォーター入りのコップを口の手前で止めた。そのまま少し考えるようだった。が、目だけ私のほうに動かし、


「俺、風はおこしてへん」

「え。でも風、けっこうキツかった」

「空に別の力が働いてたし干渉するのはやめた」


 別の力。

 思い当たるフシはある。起こすの気が引けたけど、せっかくの宴だ、聞いてみようと呼びかけた。小波さん。

 ……だけど。

 まわりがうるさいから聞こえないのか。

 自分に呼びかけているんだ。騒音はあまり関係ない。とりあえずもう一度呼んでみた。

 でも答えてくれると思っていた声は、かえらない。


「えっと……いるの?」


 不安を覚えた。ぽつねんと取り残された気分。

 いやな予感がひらめく。もしかして。


「力を使い果たされたんだろう」


 その声は喧噪の中でなぜかよく聞こえた。

 スミタカさまとは一瞬、目が合った。五メートルは離れている。なのになぜかそのつぶやきが分かったし、手もとのおちょこがふるえているのも見えた。

 スミタカさまはおちょこを置いた。空いたその手で木の枝を花瓶から抜き取った。

 木枝の葉は点々と輝いている。水滴がカンテラに反射しているのだ。雨露がまだ葉に残っているのだろうか。もうとっくに乾いてもいいはずなのに。

 スミタカさんは少しの間、木の枝をじっと見つめた。指先でくるくる回し、目を離さずにいた。

 木の枝が動きを止める。スミタカさまは立ち上がった。


「呼び出しておいてすまないが、先に休ませてもらう。みなはつづいて大いに飲んで、楽しめよ」

「お疲れ様でございましたっ」


 みんな、てんでばらばらに返事を返した。お酒が入って盛りあがっている。

 船の主がいた場所。

 そこには空の花瓶だけがぽつんと残されていた。


「泣くなよ」


 橘先輩が私の頭をなでた。ふんわりと、やわらかく。

 泣いてなんかいない。

 でも涙が出ていた。言われるまで気づかなかった。急いで涙をふいた。


「天宮さんのせいやない」


 久瀬くんが言った。

 泣いていいのは、スミタカさまだ。私なんかじゃない。無理なことお願いした、私なんかじゃ。小波さんに全部まかせて。小波さんは力いっぱい舞って、それで。

 私は……なにをしたんだろう。


「私のせいとか、そんなん、思ってないよ」

「俳優よりプロデューサーの方が、重いよ」

「……」

「やあアマミヤハルコ!」


 ふと顔を上げると小亮太さん。ほおを真っ赤にしてホクホク顔だ。

 小亮太さんもうまく立ち回ってくれたのだ。お礼を言わねば。


「小亮太さんにすごく助けてもらって」

「助けたなぞ。あんたの祝詞に舞、すばらしかったぞ」


 すると小亮太さんの周囲がいっせいに私たちのほうを向いた。


「ええもの見せてもろうた」

「わしも、感涙した」

「しかも晴れた」

「安賀島衆、みな無事だったらしいな。良かったよ」


 安賀島大地が労わるように言った。

 あの少年には「先祖なんか」と言ってたくせに。ま、この人も味方になってくれたし、黙っておくけど。


「ああ、子孫のこなたに喜ばれるとは光栄だ」

「しかし俺も見たかったなあ。その祝詞舞」

「唐国の天后かと思うたぞ」


 次々と賛辞の声をあびせられる。

 ……でも本来、ほめられるべきなのは私じゃない。申し訳なさを感じる。


「おぬしの声も、また聞きたいぞ」


 久瀬くんはお酒を注がれていた。

 彼はちびりと口につけて、笑顔で答えてみせた。


「そんなら今度、船上ライブでもしましょっか」

「せんじょうらいぶ?」

「音曲の集会です。橘先輩といっしょに音曲を奏でて聞かせましょっか」


 久瀬くんと橘先輩は、笑顔をふりまいた。

 私もにこにこ、受け答えをしてみせた。

 宴会はいっそう盛り上がる―――空っぽの花瓶に目をやった。スミタカさまのいた場所に、ぽつんと取り残されたままの花瓶。

 スミタカさまはきっと分かっていた。木の枝を持って祈った人を。

 だれも他に気づいていなくても、自分自身で見ていなくても、あの不思議な神さまは気づいていたに違いない。残された木の枝に宿った気持ちも。


「あの木の葉の雨露」橘先輩が杯を一気に空けて言った、「永遠に消えへんのなら、ええのにな」


 久瀬くんが少しため息をついた。


「なに気取ってんです先輩」

「っるさいな、黙れや後輩」


 そしてツッコミもそこそこに二人は黙りこんだ。

 ああ、ここにもいる。木の枝の露に宿った気持ちを受け止めた人、きっとほかにもいるよ。

 そんなことを思っているうちに……私はいつの間にかまどろんでいった。

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