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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
117/168

16.木の葉に宿る露〔2〕

「世話の焼ける女め」


 人間からの攻撃、幽霊も痛がるらしい。

 少年は苦痛に顔をしかめ、左肩をおさえつけている。左腕をぶらりと垂らし、前かがみ気味になっていた。涼しそうな目もとが血走り、怨念すら感じられた。

 一瞬だけ視線をそらした。

 一歩ふみ出すと海。水は夜のように黒く見えた。

 コップを揺らしたときのように水面は動いていた。船団のほかの船が視界に入る。船は波にもてあそばれ、とんでもなく傾いていた。次々と波がぶつかりあい、白いしぶきが絶え間なく巻きあがり、船はそのぶつかりあいに巻きこまれている。

 緊張を解いたら、私は海に吸いこまれ、そして波にもまれ沈んで消えていく……それは絶対にイヤだ。

 逃げ場はない。助かるには全員を殴り倒す。私も標準より背は低いけど、昔の人も背は低い。腕も足もこっちの方が長い。絶対、負けるか。

 道は自分で作れ!

 枝を左手に持ちかえ、ぎゅっと握りしめた。

 にじり寄る六人に手当たりしだいに枝をふり回した。

 腕をつかまれた。

 その瞬間、つかんだ幽霊の顔をひっかき、グーで殴った。それでひるんだスキに奥えりをとって、足払いに大外刈りだ。

 そいつと私はまとめて倒れた。

 腕からつかんだ手が離れ、私はすぐさま立ち上がろうとした。が、頭上から髪の毛をひっぱられた。


「痛いたいたいーっ」


 叫びながらも頭を動かして抵抗した。

 するとすぐ、髪の毛から手はすべって離れた。雨のせいだ。

 再度、立とうとして今度は足首をつかまれる。さらに両腕をつかまれ、背中、そして後頭部までおさえこまれ、完全に動きを封じられた。

 覚悟せいと言われた。が、覚悟なんてできるもんか。


「そのへんでやめとけ」


 なんて絶妙な助け舟。ヒロインを危機から救う、お約束の神様、ありがとう!

 さてヒーローはだれだ?


「いい光景だな」


 声の調子が明らかにからかい半分。

 どんな表情で言うとんのやろ。腹立つわ安賀島大地。当然、ヒーローの称号は撤回だ。


「邪魔だてするな!」

「いいけど足もと見れ」

「くうっ」


 幽霊たちが小さくうなった。

 私を押さえこんでいた力がゆるむ。頭だけは動かせた。

 幽霊たち、そして少年は明らかに動揺していた。ひざから下がない。正確にはうっすらと、見えてはいるけれど。彼らは苦悶の表情を浮かべ、恨みがましさを漂わせていた。全体像は見えないが、怨念を安賀島大地に向けていた。

 怖いよう。足のないうらめしや。

 日本の幽霊、ここにありって感じで。

 対する安賀島大地はというと、きわめて軽い口調で返す。


「ほれ、今生(こんじょう)から消すよ」

「そなたは」

「もう一度言うよ。そのへんでやめとけ。君らを黄泉(よみ)よりこの世に甦らせたのは若殿とこの俺だって知ってるだろ」


 そ、そうなんだ。

 少年の低い声がつづく。


「先祖たるわれより、この女に組みするか」

「先祖がどうしたって? 現代人は論理性を重じるものでね」


 バチあたり男だが今は大いに賛同。

 彼は淡々とつづけた。


「個人的見解ながら苦言を呈するとだな。この嵐を鎮めんのは、あんたの仕事。それができなきゃ、あんたの能力不足。できないのをこの子のせいにすんのは、あんたの責任転嫁。違う?」


 少年は歯がみした。

 子孫らしき若造の論理的な苦言とやらに返す言葉もない。反論ができないのはあながち、まとはずれではないのだ。

 拘束がゆるんだ。というより幽霊たちが拘束できなくなった、というほうが正しい。足だけではない。手首から手にかけても、ゆるやかにシースルー化は進んでいる。「よせ」「やめろ」と彼らは口々に言うのだが、その現象は止まりはしない。

 私は立った。

 抵抗は受けなかった。

 むしろ風にはばまれた。横風をもろに受ける。

 一刻も早く離れようとするものの、風にあおられ身体が押される。急ぐどころか、歩くにもつらい。四方八方から叩かれているみたいだ。


「待てい」


 幽霊のひとりが捕まえようと腕をのばす。

 が、その手もむなしく空を切る。空を切って、私の背中からおしりへとすり抜けた。

 うわ、気持ち悪っ。

 内蔵に手をつっこまれているような。実害なしでも、寒イボ出そう。寒イボが出なかったのは、雨が痛いせいだ。

 風は強さを増していた。

 安賀島大地のいでたちはモスグリーンとオレンジのTシャツにクラップパンツ。たたんだ傘をステッキ代わりにし、ずぶぬれになっていた。

 傘をさしても邪魔なだけなのだ。この風雨では。

 そんな彼の背後に回る。

 安賀島大地の後ろにもう一人だれかがいた。


「嬢ちゃん無事かい」

「小亮太さん」


 酔い止めくれた幽霊さんだ。

 小さな顔に笑みをうかべていた。とても愛嬌がある。


「当然裁断は若が行うけど、若が戻ってくるまではそのままそこに縛っておくから、そのつもりで」


 安賀島大地は淡々と告げた。

 そして言い終えると、幽霊たちに背中を向けた。

 船内に戻るよううながされ、ようやく実感する。


「た、助かった」


 全身から一気に力が抜けた。ひざが、がくがくいっている。

 立ったそのままでふるえたまま動けない私に、安賀島大地は妙な顔をした。


「どうした」

「動かれへん」

「怖かったか」


 安賀島大地、ニヤリと笑っている。

 ハラたつぅー!


「あぁ怖かったわ、怖かったともさっ」

「そーかそーか」


 さらにニヤリ。小亮太さんまでニヤリ。

 めっちゃハラたつわ、もう!

 彼らから顔をそむけた先に、再び視界に入る、少年と幽霊たち。彼らは船首から動いていない。

 安賀島大地は彼らを「縛っておく」と表現した。縄とかでぐるぐる巻きにするわけじゃない。しばる、シバル。「その地点に縛りつけておく」ってことだろう。

 地縛霊ってわけだ。船だけど「地縛霊」。

 おおかたの地縛霊ってやつは、この世に心残りがあるらしい。雑誌の心霊写真特集なぞで見かける。


『ここで事故に遭った男性の霊です。なぜ自分が死んだのかが信じられずさ迷っており、道行く人に訴えています』


 少年、幽霊たちはどうなんだろう。

 なんで私を。私に、なにを訴えようとしたのだろう。

 私は彼らに向き直った。


「なんで、私のせいなん」

「おい、やめとけ」


 安賀島大地があわてて止めようとする。


「なんで私のせいやって思ったん。この嵐を」

「そんなのあいつらの責任転嫁だから。気にするなよ」


 なんであわてる。聞かれたくない?

 彼らの攻撃には理由があるはずだ。なんの解決もないまま「ハイさよなら」じゃ、ずっと恨まれる。

 理由を知ったところで解決しないかもしれない。でも、そのまんまにしとくのは、気持ちが悪い。


 少年は一度口ごもり、うつむいた。

 素直に答えるのが嫌なんだろうか。

 少年が顔を上げた。目があった。顔をしかめ、見下すような態度で私をにらみつける。

 そしてようやく口を開く。

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