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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
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Interlude 15.

 苅野の雪はちらほら程度でも、神鍋(かんなべ)高原ではがっつり降っていた。

 かなり根性の入った降り方だ。目の前は真っ白。無理に車を走らせると危ない。降りの合間の視界回復まで待つことにした。

 運転席の女性が少しあきれたように言う。


(もとい)くん、なんでまた急に」

「ばあちゃんにどうしても会いたくなってん」

「ホントおばあちゃん子ねえ。しかもクリスマスに。そんだけアイドル顔負けの見てくれで、彼女もおらんの」


 助手席の橘先輩はあはは、と笑っただけだった。

 先輩。そこで「いる」と答えるのが筋ではないでしょうか。


「晶子おばちゃん、アップかんなべもう営業しとうかな」

「やっとうよ。明日は快晴やっていうから最高やろね。昨晩七十センチ積もって今日もこれやからパウダースノーで」

「お、めちゃラッキー」

「あんたおばあちゃんに会いたいて言うといて、本命はスキーなん?」

「両方」


 運転席の晶子さんはますますあきれ顔。と思いきや、やがて大笑いをはじめた。


「来年は部活はキャプテンやし大学受験もあるし。暇なうちばあちゃんにも火口の神社にも顔出しとうなって」

「基くんて、小さい頃から御参りしてぼーっとしてるん、好きやったもんねえ」

「今の時期にぼーっとしたら凍死するわ……明日、晴れるんやったらスノーシューで登ろかな」

「暇なら翔真らも連れてったってよ」

「俺は引率の先生か」


 思い思いの話に花が咲くうち、雪は穏やかになっていた。

 晶子さんは車を再び動かし始める。



  *  *  *



 橘先輩いわく「伝説の勇者」おばあちゃんは美人だった。

 顔にしわはあれど肌はとてもキメ細やか、シミもあまりない。なにより透きとおるほど色白だった。若かりしころはほんと美人やったんやろな。

 この祖母にしてこの美少年タチバナモトイありなのだが、


「もといにいちゃん、花札」

「もといっ。次はマリオカート勝負」

「ちゃうわ、もっかい花札やるんや」


 と背中から足から襲撃してくる従弟たちは、さほど似ていなかった。

 橘先輩は彼らの挑戦にこたえてゲームの二人プレイバトルと花札に交互に参加。「アホ攻撃すんな死ぬ」「おまえ本気だしすぎ」と、負け犬同然のせりふを連発しながら真剣勝負を挑んでいた。


「翔真、和真、おふろ入り」

「まだもうちょっと」

「そうや、まだもうちょい。……おらあっ、よっしゃあぁ!」


 橘先輩ガッツポーズ。

 翔真くんが気を取られたスキにボコっての勝利。最低。


「バトル終了っと。明日は山登るし早よ風呂入って寝ぇや。俺? 今からばあちゃんの部屋行くから」

「うっわひっでえ、勝ち逃げ」

「もといにいちゃんばあちゃんとこ逃げるんか」


 橘先輩は小学生の非難を一身に受けつつ、おばあちゃんのひとり部屋に押しかけた。

 そこは「禁足の地」だった。

 祖母はだれもこの部屋に入れない。同居している孫の翔真、和真も追い出される。おばあちゃんの留守中に忍びこんでも、なぜかバレて逆鱗に触れるのだ。

 でも「苅野の橘の基くん」だけは特別だった。ただ一人、通行自由。タチバナモトイが親戚中から「おばあちゃん子」と認識されるゆえんだ。


「はあ、やれやれ」


 橘先輩、おばあちゃんの前で苦笑い。そしてこたつに対面に座ると、いきなり本来の目的である、物語の核心に切り出した。


「魔物さんから勧誘されて、かれこれ十ヵ月ほどになる」


 おばあちゃんはぴくりと動く。


「でもばあちゃんが心配するほどでもない」

「安堵する心の影に潜み、やがてその身を侵食してゆくんが、魔物のやりかたや」

「侵食――ばあちゃんの言うとおり確実に魔物に傾いてっとおな」


 彼は両手をかざす。

 瞬間、両手の上には青白い炎がゆらめく。それはやがてひとつになり、大きく成長し、天井に届く寸前まで火柱が上がる。

 おばあちゃんは世も末や、と嘆息する。


「基……受諾したんやな」

「もともとそういう『契約』」

「だれからそないなこと聞いた」

「神鍋の山神たちから。どうしようか、この火。そうやそこのお餅のせて」

「ほんまに、世話の焼ける孫や」

「そいで餅も焼ける孫や」


 橘先輩はベタなネタを披露するや、火を小さくしておばあちゃんから丸いお餅を受け取った。彼の手の上にはお餅がふたつ。鼻歌まじりに焼けるのを待つ。シュールな光景だ。


「その魔物、実は超大物らしい。そんなやつや山神たちとで争奪戦になったばあちゃんは、ホントすごかったんやな」

「迷惑な話や。グスタフも麻衣子も、それで」

「じいちゃんも母さんも不慮の事故。それで納得してる」


 おばあちゃんはきな粉をお皿に乗せた。

 話の深刻さとは裏腹に、お餅を食べる準備は淡々と進んでいる。


「魔物は代替りしてる。俺と同年代。もしかしたら、話せるかもしらん。だから今、手を尽くしてそいつを捜してる」


 必ず藤生皆を捜しだす。そして契約の『解約』を求める。

 藤生皆に断わられる可能性は十分に考えられる。なにしろ藤生皆がどんな性格か分からない。相手は世に言う「魔王さま」だ、一筋縄ではいかないだろう。

 YESと言わせるために今は力をつける。やがて彼と対面した時、平和裏に運べば幸い。最悪は自分が本当の『上主様』となり、自らの手で望みはかなえる。そのために宿願の邪魔となる藤生皆は消す。使い捨ての『身代り』だとしても、最後は強い者が勝つ。


 お餅が美味しそうにふくらんでいる。

 火を握りつぶして消し、重力に従って落下するお餅を両手で受け止めた。


「あつっ」

「ほら見い。人が魔を操ろうなぞ、必ずや痛い目にあう」

「でもないよ。なにもしなくたって手のひらの上で踊らされる。俺も……顔を拝んだこともない藤生皆(そいつ)も。そんならあとで後悔せんよう、楽しく全力で勝ちにいく」


 しばらく橘先輩の両手で踊っていたお餅はきな粉のお皿にのせられた。

 おはしでお餅をひっくりかえし、きな粉をまぶす。それを何回かくり返すうちに、白いもち肌も黒い焦げ目もきな粉がかぶさって見えなくなった。

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