15.白砂の浜辺から〔2〕
白い砂浜での和平会談。
双方、船から降りて対面していた。
見た目で敗北ってカンジ。相手はすらっと長身ヨーロピアンが三人。白シャツに黒ズボン、全員腰に剣を捧げもつ。
中央のおっさんは紅い口ひげとあごひげがいかめしい。一番偉そうだった。
両脇にいるのは若いお兄さん。ブロンド碧眼と黒髪とび色の瞳の持ち主で「美形の剣士」……とつづりたい……とこだけど、ホウレン草ポパイ系と形容すべき残念な容貌だった。ファンタジーなお話なのにハンパに現実的だ。
かたや着ざらし和服三人のナナツギ陣営。
ちょんまげとふつうのまげ。身長は向こうの三分の二、横幅四分の三。これは誇張でもなんでもない。
取っ組み合いになったら、ナナツギ陣営敗北しそう。中でもスミタカさまは一番若い……ように見える。安賀島大地、そして私をのぞけば、だけど。
その最若年のスミタカさまが穏やかに告げる。
「大地、まずはわれらの出自を語り、そして次のごとく主張せよ――我が方は貴艦の砲撃を受けて応戦したものである。よって、責は旗艦にあるものと存ずる」
「承知した」
安賀島大地は通訳として立ち会った。
私は、場に花を添える係。ちなみにここ、笑うとこじゃないです。
「彼はサー・ウィリアム、スコットランドの人だ。一七世紀にマカオへ回航中、嵐で転覆した」
ヒゲオヤジの紹介だった。スコットランドってイギリスだっけ。
一方、スミタカさまはどう紹介しているかというと、
In the end of the 16th century,
Nanatsugi was the prince of Sima, Japan ・・・
(十六世期末に日本の志摩の王子だった、ナナツギです)
プリンス。王子様っ。
スミタカさまが王子様。ことばのマジックだ。
確かに彼の鷹揚さは王子様向きとは思う。でもなんとなくイメージじゃない、気もする。というよりスミタカさまのキャラが未だにつかめないのだが。
残念ながらヒアリングは、ていうか英語は全然苦手なので、ほかはなにを言っていたのかは聞き取れなかった。
しかしことばよりボディー・ランゲージ最優先。表情から言ってることを読み取ろうと、つとめて注視した。
そこで思ったのは、イングランドさんたち、まげの集団を見下してるかも、ってこと。
身長差の話ではない。見る目が、だ。
うさんくさい連中。そんなまなざしを投げているように見えた。
それは私の卑屈、または気のせいか?
「彼らは、そちらが領域を犯したのだ、と言っている」
「領域。<農場>の意味ではないな」
「そうみたいだな。で、どこの者という旗も示さないのは非合法の船である確かな証拠で、攻撃する権利が我々にはある、と」
「これは異なこと」
スミタカさまが扇をひらめかせた。
「聞かせたもう。法とは、なにを指すのかと。権利、とはなんぞやと」
「東洋の者……では知らないだろうが、このあたりの海の幽霊船はみな、ミシェルの庇護を受けて……ちょっと待て。海はだれの<農場>でもないはずじゃないのか」
安賀島大地がブロンド青年にツッコミを入れる。
でもそれ、日本語ですけど。
彼も気づいて英語で言い直すのだが、かなりあわてていた。
ブロンド青年はつばを飛ばして強く主張していた。安賀島大地も強気の対応だが、迫力と気合いの点では明らかに負けている。彼も現代っ子だ、しゃあない。そんな彼らの横ではヒゲオヤジことサー・ウィリアムがふんぞりかえっている。
何回も問い直して説明を求めるものの、安賀島大地はかすかに顔をしかめる。要領を得ないようすだ。意志疎通がうまくいかないらしい。こみいった話になっているのかも。
「分っかりにくぅ」
ぽそりともらしたひとことは、関西弁。
心のそこからの本音だろう。
それでも、
「要はショバ代らしい」
「ショバ代とは」
「通るなら魂なり呪なりを、差し出せとか」
「伝左」
はっ、と勢いよく答えたのはナナツギのおふたりさん。
スミタカさんの横に侍ってらっしゃる。スマートな感じのまげが右近さんで、ごつい感じのちょんまげが伝左さんだ。
「挨拶がわりに一転移相当の呪を用意させよ。大地はその値でミシェルとやらのもとに案内を頼め。高値を申さば交渉を」
「若殿っ」
右近さんが反論の声をあげる。
「我らは勝ったのですぞ」
「そうだ」
「こちらが下手に出るなど」
「先ほどかの者は、このあたりの船はみな、と申しておった。なにやら認可を得ねばこの先も撃ち払われるということになる」
「そんなもの、叩きつぶせばよい!」
スミタカさまに従う方々は強硬意見だ。
だけどスミタカさまは一笑に付した。
「今後行く先々で撃ち合いなんぞやらかしていたら、ノルウェーに着く前に<呪>が尽きてしまうだろうよ」
「案内を頼めばいいんだな」
安賀島大地がもう一度、確認を求める。
「ああ待て待て、大地。案内を請う前に私から申したいことがある。そなたはわざと訳さなかったようだが」
スミタカさまは瞬時に険しい顔を見せる。
「この者、我らをこう評していただろう。‘Eastern Unexplored Savage’――東洋の未開の野蛮人、と」
そして今度は直接、サー・ウィリアムに告げる。
「I demand sorry of you(貴下に謝罪を要求する)」
英語だ。
しかもよどみない。なぜわざわざ安賀島さんに通訳させてるんだろ、ってくらい。
ただ、私も英語苦手なので以降の会話はあとから確認した内容。
このときの私は少なくとも一触即発の状況下とだけは、察していた。
サー・ウィリアムは額を上げた。
「なんだと」
「貴下の科白、明らかに侮辱」
「私の家は先祖代々、謝罪などしたことはない。祖父はスコットランド王宮の侍従を務め、曾祖父は王位継承権も持っていた」
「では今ここでそのつまらない伝統を絶っていただこう――謝罪したまえ」
スミタカさまは冷ややかにくり返した。
「黙れ!」
サー・ウィリアムが血相を変えて立ち上がった。
瞬間、横の二人が目にも止まらぬ速さで長剣二本を突きつけた。