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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
112/168

15.白砂の浜辺から〔2〕

 白い砂浜での和平会談。

 双方、船から降りて対面していた。

 見た目で敗北ってカンジ。相手はすらっと長身ヨーロピアンが三人。白シャツに黒ズボン、全員腰に剣を捧げもつ。

 中央のおっさんは紅い口ひげとあごひげがいかめしい。一番偉そうだった。

 両脇にいるのは若いお兄さん。ブロンド碧眼と黒髪とび色の瞳の持ち主で「美形の剣士」……とつづりたい……とこだけど、ホウレン草ポパイ系と形容すべき残念な容貌だった。ファンタジーなお話なのにハンパに現実的だ。

 かたや着ざらし和服三人のナナツギ陣営。

 ちょんまげとふつうのまげ。身長は向こうの三分の二、横幅四分の三。これは誇張でもなんでもない。

 取っ組み合いになったら、ナナツギ陣営敗北しそう。中でもスミタカさまは一番若い……ように見える。安賀島大地、そして私をのぞけば、だけど。

 その最若年のスミタカさまが穏やかに告げる。


「大地、まずはわれらの出自を語り、そして次のごとく主張せよ――我が方は貴艦の砲撃を受けて応戦したものである。よって、責は旗艦にあるものと存ずる」

「承知した」


 安賀島大地は通訳として立ち会った。

 私は、場に花を添える係。ちなみにここ、笑うとこじゃないです。


「彼はサー・ウィリアム、スコットランドの人だ。一七世紀にマカオへ回航中、嵐で転覆した」


 ヒゲオヤジの紹介だった。スコットランドってイギリスだっけ。

 一方、スミタカさまはどう紹介しているかというと、


  In the end of the 16th century,

  Nanatsugi was the prince of Sima, Japan ・・・

  (十六世期末に日本の志摩の王子だった、ナナツギです)


 プリンス。王子様っ。

 スミタカさまが王子様。ことばのマジックだ。

 確かに彼の鷹揚さは王子様向きとは思う。でもなんとなくイメージじゃない、気もする。というよりスミタカさまのキャラが未だにつかめないのだが。

 残念ながらヒアリングは、ていうか英語は全然苦手なので、ほかはなにを言っていたのかは聞き取れなかった。

 しかしことばよりボディー・ランゲージ最優先。表情から言ってることを読み取ろうと、つとめて注視した。

 そこで思ったのは、イングランドさんたち、まげの集団を見下してるかも、ってこと。

 身長差の話ではない。見る目が、だ。

 うさんくさい連中。そんなまなざしを投げているように見えた。

 それは私の卑屈、または気のせいか?


「彼らは、そちらが領域を犯したのだ、と言っている」

「領域。<農場>の意味ではないな」

「そうみたいだな。で、どこの者という旗も示さないのは非合法の船である確かな証拠で、攻撃する権利が我々にはある、と」

「これは異なこと」


 スミタカさまが扇をひらめかせた。


「聞かせたもう。法とは、なにを指すのかと。権利、とはなんぞやと」

「東洋の者……では知らないだろうが、このあたりの海の幽霊船はみな、ミシェルの庇護を受けて……ちょっと待て。海はだれの<農場>でもないはずじゃないのか」


 安賀島大地がブロンド青年にツッコミを入れる。

 でもそれ、日本語ですけど。

 彼も気づいて英語で言い直すのだが、かなりあわてていた。

 ブロンド青年はつばを飛ばして強く主張していた。安賀島大地も強気の対応だが、迫力と気合いの点では明らかに負けている。彼も現代っ子だ、しゃあない。そんな彼らの横ではヒゲオヤジことサー・ウィリアムがふんぞりかえっている。

 何回も問い直して説明を求めるものの、安賀島大地はかすかに顔をしかめる。要領を得ないようすだ。意志疎通がうまくいかないらしい。こみいった話になっているのかも。


「分っかりにくぅ」


 ぽそりともらしたひとことは、関西弁。

 心のそこからの本音だろう。

 それでも、


「要はショバ代らしい」

「ショバ代とは」

「通るなら魂なり呪なりを、差し出せとか」

「伝左」


 はっ、と勢いよく答えたのはナナツギのおふたりさん。

 スミタカさんの横に侍ってらっしゃる。スマートな感じのまげが右近さんで、ごつい感じのちょんまげが伝左さんだ。


「挨拶がわりに一転移相当の呪を用意させよ。大地はその値でミシェルとやらのもとに案内を頼め。高値を申さば交渉を」

「若殿っ」


 右近さんが反論の声をあげる。


「我らは勝ったのですぞ」

「そうだ」

「こちらが下手に出るなど」

「先ほどかの者は、このあたりの船はみな、と申しておった。なにやら認可を得ねばこの先も撃ち払われるということになる」

「そんなもの、叩きつぶせばよい!」


 スミタカさまに従う方々は強硬意見だ。

 だけどスミタカさまは一笑に付した。


「今後行く先々で撃ち合いなんぞやらかしていたら、ノルウェーに着く前に<呪>が尽きてしまうだろうよ」

「案内を頼めばいいんだな」


 安賀島大地がもう一度、確認を求める。


「ああ待て待て、大地。案内を請う前に私から申したいことがある。そなたはわざと訳さなかったようだが」


 スミタカさまは瞬時に険しい顔を見せる。


「この者、我らをこう評していただろう。‘Eastern Unexplored Savage’――東洋の未開の野蛮人、と」


 そして今度は直接、サー・ウィリアムに告げる。


「I demand sorry of you(貴下に謝罪を要求する)」


 英語だ。

 しかもよどみない。なぜわざわざ安賀島さんに通訳させてるんだろ、ってくらい。

 ただ、私も英語苦手なので以降の会話はあとから確認した内容。

 このときの私は少なくとも一触即発の状況下とだけは、察していた。

 サー・ウィリアムは額を上げた。


「なんだと」

「貴下の科白、明らかに侮辱」

「私の家は先祖代々、謝罪などしたことはない。祖父はスコットランド王宮の侍従を務め、曾祖父は王位継承権も持っていた」

「では今ここでそのつまらない伝統を絶っていただこう――謝罪したまえ」


 スミタカさまは冷ややかにくり返した。


「黙れ!」


 サー・ウィリアムが血相を変えて立ち上がった。

 瞬間、横の二人が目にも止まらぬ速さで長剣二本を突きつけた。

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