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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
111/168

15.白砂の浜辺から〔1〕

 船旅。素敵な響きだけど、実際は全く素敵ではない。


「暗いっ、狭いっ、窓もないっ」

「がまんしろよ。これでも一番通気のいい場所を用意したんだぞ」


 安賀島大地いわく、一等船室らしい。

 それでも、暗くて狭くて窓がないのは動かしがたい事実だ。物置に箱のようなベッドをしつらえたよう。刑務所の独房みたいだ。刑務所なんて入ったことないけど。


「日中は梅の間にいればいい。眺めはいいし菓子もある」


 スミタカさまがすすめてくれた。

 梅の間とは最上階の広間だ。この船の中、身分とか序列とかがあるらしい。指揮官にあてはまる御目見得(おめみえ)という武士は広間に入れる。船のこぎ手である水夫(かこ)という人たちはお呼びでなかった。

 客分(きゃくぶん)という待遇の私たちは、みなさんの邪魔さえしなけりゃ、出入りは自由。そんなわけで眺めのいい最上階でクルーズ気分を味わっている。

 ……私だけが。

 あわれなり。久瀬くんは暗い部屋で綿ぶとんを重ねて、じっと丸くなっていた。そして同室の橘先輩は私に「面会謝絶」を申し渡したのだった。

 そもそも私、彼らとは別室で一人部屋。


「ひとりでいるの、暗くて怖いし。看病するけど」

「ダメ」

「でも」

「暗い密室に女の子一人とかアカンに決まっとうでしょっ。どーしてもっつぅなら入れたるけど、今の久瀬は助けにならんぞ。犯っても泣くなよ」


 橘先輩、前科あり。おかん属性、幼女オタ無節操。……引き下がることにします。

 ただ、二次感染防止の意味もあると信じよう。せりちゃんは「意外と気ィ使いよ」と橘先輩を高評価している。確かに気は使ってるかもしれない。が、毎度、表現に問題ありだ。

 ともあれ私はしゃべる相手もなく、一人ぽつんと、大広間のすみっこでしょぼくれていた。

 魔法でウイルス退治できへんのかな、とか思ったりしながら。


 格子の間から暖かい風がすりぬける。

 青く澄んだ空と深いエメラルド色の海が風景にとけあう。

 水平線ははるか遠く、小さな島らしき点がいくつか見える。島影がはっきり輪郭を見せたときは、白い海鳥が空を心地よく舞っていた。

 暑かった。

 コートを脱ぎ捨てた。コートの下はフリース。

 まだ暑い。

 あとは下着的な白綿シャツ、フリースを脱ぎ捨てると恥ずかしい。途方に暮れる。

 ひたすらぼーっと、水平線を眺めた。

 今、どこを船は進んでいるのだろう。南の島、亜熱帯の海か。一晩でえらい気候の変化。ワープとやらをしたに一票入れておこう。


「のどかだな」


 GパンにTシャツ、ショルダーバッグのいで立ちで登場したのは、安賀島大地さんだ。


「のどかやないです。眠くて目、とけそうです」

「あんだけ寝倒しておいてかよ」

「そんなん関係ないです」


 光の差しこまない船室は、昼も夜もない。かくも眠いのは、体内時計が狂っているに違いない。


「野郎連中は」

「寝ております」

「具合でも悪いのか」

「え、いや。なんか船酔いらしく」


 ふーんと言って彼は黙りこくった。

 うろたえてしまったけど、不審に思われんかったかな。船酔いで通せとのお達しだし。

 安賀島大地はよそ見中だった。なにか物思いにふけるようで。心ここにあらず、というような。


「ところでさ」

「は、はいっ?」


 油断していたから、思わず声が裏返った。


「もしかして、ふたまた、かけてんの?」

「はあ?」


 さらにさらに声が裏返る。


「久瀬少年とデストロイヤー橘君をさ」

「な、なんですかそれは!」

「久瀬少年とはお泊まりはしてるだろ。俺んちで」

「そそそ、それはっ」


 うろたえるな自分。動じるな自分。……やっぱり無理。


「あれ、ホンマに寝さしてもらっただけなんですけど!」


 まったくウソはない。

 かのんたちには信じてもらえなかったけど、本当の話だ。

 安賀島大地、眉間にしわを寄せてひとこと。


「信じらんねぇな」

「でもそうとしか」

「信じられないのは久瀬君のほう」

「と、申しますと」

「健全な十代高校生なら、となりに仲いい女がいるシチュでグースカ寝られんのは普通じゃねえ。あいつどっかおかしいぞ。俺ならこの機会に一線越えてやれと思う。理性? なにそれ」

「自分の感想百パーセントで力説されても」


 逃げるかどうするか困っていると、突如、安賀島大地はするどく言った。


「来た」

「なにが?」


 彼は無言かつ早足で廊下に出る。

 私、鮮やかに無視される。

 廊下のすみにおもちゃのラッパみたいなのが天井から吊り下がっていた。それをひっつかんで、


「ヒツジの前方、一(せき)


 とたんにそこら中で小太鼓の音が数回、響いた。

 ラッパは内線電話のようだ。糸電話っぽい見かけだが。


『一七世紀の西洋帆船のようだな』


 スミタカどのだろうか。すぐに判別できなかった。ラッパもどきの音質はいまいちだ。

 安賀島大地はしばらく格子の外、遠くに目をこらしてから、自信たっぷりにひとこと。


「呪の量はさほどでもないが敵意が感じられる」

『手を出してくれば応じる。初陣(ういじん)の貴重なデータだ、そなたは記録に専念せよ』

「了解した。お手並み拝見」


 会話はそこで終了。安賀島大地はラッパ電話を手放した。

 ぷらりぷらり、とラッパ電話は揺れていた。


「なんなの」

「世にも珍しい和洋、幽霊船のいくさ、こいつははじまるぜ」


 安賀島大地はショルダーバッグからタブレットパソコンを取り出し、あとビデオカメラっぽいもの――距離計らしい――を置いて窓に陣取った。

 外を見ると、確かにいた。

 白く大きな帆を広げた船。おしゃれな感じ、高そうな模型みたいだ。ちょうどガラスボトルの中の『ボトル・シップ』を連想させる。

 どん、と低い太鼓のような音がした。

 音は遠いけど。

 水面から水柱が噴きあがったのは、そこそこ近く。


「うわわ」

「来なすったな」

「もしかして攻撃されとんの」

「初弾は威嚇だな。だがうちの澄隆さまは見かけによらず、けんかはきっちり買うぞ。倍返しでな」


 安賀島大地は話しながらも指をパソコンの画面上で動かしている。画面上には、今の時間、いくつもの謎の数字がどんどん書きこまれていっている。

 ラッパ電話の揺れが止まった。

 かと思うとすぐ、どーん、と重低音。

 鼓膜が痛くなり、おなかに響いた。間近で打ち上げ花火が上がったよう感じ。ラッパ電話も衝撃で大きく揺れ、踊り狂いはじめた。

 しかも高波ができたのは、相手の船のすぐそば。派手に船体におそいかかっていた。

 船をねらってはずしたのかしら。それともわざとはずした?


「射程距離は断然圧勝、と。当然だ、こっちは近代戦装備まで研究してる」


 安賀島大地、さっと時計を見て、再びブラインドタッチを継続。

 さらにナナツギの船は動いた。二隻がすばやく波を切る。

 洋風の帆船からも、仕返しの砲撃。近づくふたつの船をねらっていた。

 だけど攻撃を巧みに避け、切りかえし、確実に距離を縮め、相手方の側面に回りこむ。

 再び、轟音に楼閣がふるえた。


「うわあ」


 不覚にも私、しりもちをついてしまう。

 二度目の大砲の砲撃だ。きっと。つづいて高い破裂音がのべつなしに鳴り響いた。

 はね起きて格子窓に顔をこすりつける。

 と、派手に<海賊船>が傾いていた。

 近づいていたナナツギの船が長鉄砲を放つ。あちらこちらで爆竹のような音。

 まるで映画のドルビーサウンドみたいだ。遠近の音が共鳴しあう。

 洋風の船の向こう側に回り込んだ二隻も、長い鉄砲を撃ち放っているらしい。

 接近戦もこちらに分があるのかも。


「降伏か」

「え、もう? どっちが?」

「あっち。白旗を上げ出した。万国共通、降伏の意志表示だ」


 白い旗はゆっくりと、よじのぼるようにマストの頂点を目指していた。

 ゆるやかな風にあおられて。おいでおいでをしているように、ひらりひらりと、ひるがえる。


「あきらめ早いなあ」

「まともな指揮官なら致命傷を負う前に止めるさ」

「これからどうなるん」

「さあ」

「さあって」

「平和主義者・澄隆さまのご差配、R18展開にはならんやろ」


 ナナツギの船たちは帆船を取り囲んだ。西洋帆船とひとつの集団になって、ゆるやかに進む。

 前方には島。少しだけ緑が盛り上がりを見せる、小さな陸地だった。

 幽霊船の集団は島を目指す。


「ところで質問なんですけど」

「あいよ」

「『デストロイヤー橘』って一体」

「はあ?」


 安賀島大地がなんだコイツと言いたげに私を見下ろす。

 でも橘先輩みたく高飛車ではない。底意地の悪いお兄ちゃんて感じがする。私にはお兄ちゃんって、いないけど。


「なんとなく気になって」

「……今朝、突如そのあだ名が天から降りてきた」


 この人も妙な言動を口走る系の人だったか。

 これも苅野人魂か。安賀島さんちも数百年単位の生粋苅野人やし。本人はなぜか関西弁やないけど。


「しょぼいプロレスラーのリングネームみたい」

「全日の往年のレスラーぽいな」

「絶対、橘先輩、嫌がると思う」

「なお良し。全身全霊で嫌がってもらおう。わが神への慰めになる」


 船団は島の入り江に(いかり)を下ろした。

 海の底の砂が白いと分かるほどに透明な海辺だ。小さく静かな砂浜には、低く連なる岩と低木が待っていた。

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